あらゆる生物の名前をDNAに基づいて特定する「DNAバーコーディング」の理論的枠組みを確立

あらゆる生物の名前をDNAに基づいて特定する「DNAバーコーディング」の理論的枠組みを確立

2013年10月19日


左から田辺元特定研究員、東樹助教

 田辺晶史 元 地球環境学堂特定研究員(現 水産総合研究センター・中央水産研究所任期付研究員)、東樹宏和 人間・環境学研究科助教は、「DNAバーコーディング」という技術の理論的枠組みを構築するとともに、DNA情報をもとに自動的に生物種名を特定するコンピュータ・プログラムの開発に成功しました。この技術により、細菌、藻類、キノコ・カビ類、植物、動物といった、ありとあらゆる地球上の生物の種名を、迅速かつ簡便に特定することが可能になります。農地の微生物調査、感染症検査、食品検査、海洋資源管理といった広範な分野で、大幅な効率化に結びつくと期待されます。

 本研究成果は、米科学誌「PLoS ONE」誌(米国太平洋時間2013年10月18日14時)に掲載されました。

概要

 地球上のすべての生物が、その種に固有のDNAを持っています。そのため、特定の領域のDNAを「バーコード」として既知DNAの情報と照合し、種名の特定(同定)を行うことが可能です。これはDNAバーコーディングと呼ばれており、専門技能を持たない人でも高精度な同定が可能になる技術として期待されています。

 ところが、これまでに人類が得た既知DNAは膨大であり、今なお増加し続けています。その一方で、未知の生物種もまだ大量に存在すると予想されています。そのため、膨大な既知情報を生かして高速に既知生物の種名を特定でき、かつ未知の生物は「既知のどの生物群に含まれる未知種か」を判定できるしくみが求められていました。

 田辺元研究員と東樹助教は、このようなDNAバーコーディングを高速かつ自動で行うための、新しい理論的枠組みを構築することに成功しました。この枠組みに基づいたコンピュータ・プログラムはインターネット上で公開されており、生物多様性研究や農林水産業、食品、医療の各分野での応用が期待されます。


図:「DNAバーコーディング」解析の流れ

背景

 ゲノム科学の急速な進歩により、生物のDNAを簡単かつ大量に解読することができるようになってきました。DNAバーコーディングは、野生生物の調査、有用な微生物の探索、病原性微生物の同定、食品表示の正当性検査を含む幅広い分野で、その応用が急速に進んでいます。

 一方で、研究対象の生物から得られたDNAをデータベース上の膨大な既知DNAと照合して同定を行う際、どの程度似ていればその種と判定するかが研究者によって異なることが問題となってきました。また、DNA解読装置(シーケンサー)の進歩により、一度に大量のDNAを解読することが可能になってきたため、自動で高速にDNAバーコーディングを行えるシステムの必要性が高まっていました。

 また、地球上には人類がまだ認識していない生物種が無数に存在すると考えられています。生物は上位の大きい方から「界・門・綱・目・科・属・種」の七つの階層で分類されており、未知の生物種もほとんどは既知の綱や目に属するものと考えられます。属する綱や目がわかればおおまかな性質が予想できる上、その綱や目の専門家に新種としての記載を依頼できます。そのため、未知種を単に未知種としてではなく、既知のどの綱や目に属する未知種であるかを判定できるDNAバーコーディング法が求められていました。

研究手法と成果

 未知生物のDNAを、データベース上のすでに知られている生物種のDNAと照合すると、無数の似かよったDNAが見つかってきます。しかし、この段階のDNAも、さまざまな生物種のものが含まれており、この膨大な情報の中から未知生物の同定を行う作業は、「職人技」に近い状態でした。さらに、それぞれの種内にもDNAの変異がわずかに存在しています。

 今回の研究で、この同定作業における統一規準を作ることに成功しました。この統一された規準を用いると、種名を知りたい生物のDNAが、どの既知種の種内変異の中に収まるか探し出し、種名を特定します。そのため、誰がどんな生物を同定しようとしても、客観的で正確な結果が得られるようになります。

 さらに、この規準に基づくDNAバーコーディング法を実際の生物調査や研究に応用するため、独自のコンピュータ・プログラムを作成しました。このプログラムの有効性を、答えのわかっているDNAを用いて検証したところ、細菌・古細菌、カビ・キノコ類、植物、動物といったありとあらゆる生物の同定において、正確な同定が可能になることが実証されました。

 この新しいコンピュータ・プログラムは、「次世代シーケンサー」と呼ばれる最新のDNA解読装置にも対応しており、自動化された処理で効率のよいDNAバーコーディングを可能にします。

波及効果

 DNAという、生物なら必ず持っている物質を利用する技術であるため、広範な分野での応用が可能です。「池の中にどんな生物がいるのか?」、「農地の土壌中にどのような微生物が生息しているのか?」、「感染症の原因となっている微生物は何か?」、「材料となっている農林水産物は何か?」といった問題に応える上で、DNAによる生物同定が威力を発揮します。環境保護、農林水産業、医療、食品などの分野で活用されることが期待されます。

今後の展開

 自動DNAバーコーディングのプログラムをさらに使いやすくすることで、各種研究機関、企業、NPOによる利用を促進していく予定です。

 今回の研究によって、DNAバーコーディングの理論的枠組みと自動化の手法が整備されました。一方で、DNAバーコーディングの精度を今後さらに上げていくためには、データベースへのDNA情報の蓄積を加速していく必要があります。そのために、今回の成果を応用して、効率的なDNA情報整備戦略を提案していきます。また、DNA情報を蓄積している研究機関や企業には、人類の共通財産である公共のデータベースへのDNA情報登録を促していきたいと考えています。

この研究は、内閣府の「最先端・次世代研究開発支援プログラム」の研究資金を基に実施されました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0076910

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/179288

論文名

"Two new computational methods for universal DNA barcoding: A benchmark using barcode sequences of bacteria, archaea, animals, fungi, and land plants"

著者

Akifumi S. Tanabe and Hirokazu Toju

掲載誌

PLoS ONE 8(10): e76910, October 18, 2013.

関連リンク

田辺研究員のウェブサイト
http://www.claident.org/

 

  • 朝日新聞(10月21日夕刊 10面)、京都新聞(10月23日 23面)および日刊工業新聞(10月21日 16面)に掲載されました。