ATP特異性の獲得メカニズムの解明~新薬と新しい物質生産系の開発に期待~

ATP特異性の獲得メカニズムの解明~新薬と新しい物質生産系の開発に期待~

2013年9月11日


左から、河井助教、中道大学院生、吉岡大学院生、村田 摂南大学教授

 河井重幸 農学研究科助教、中道優介 同博士後期課程学生、吉岡彩 同修士課程学生、村田幸作 摂南大学理工学部教授(京都大学名誉教授)らのグループの研究で、酵素のATP特異性の獲得メカニズムが発見されました。

 この成果が、2013年9月11日付の英国科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」誌に掲載されることになりました。

研究の背景と目的

 ポリリン酸は、リン酸分子が直鎖状あるいは環状に結合した高エネルギー化合物です。また、ATPは生物の普遍的なエネルギー担体(エネルギー通貨)です。NADP合成酵素(NADキナーゼ:NADK)は、ATPまたはポリリン酸(図1)を用いてNADをリン酸化し、NADPを合成する反応を触媒します。ポリリン酸/ATP-NADKは、ATPとポリリン酸の両方をリン酸供与体として用い、ATP-NADKは、ポリリン酸を利用せずATPに特異的な性質を有します(よりATPを好む)。一方、細菌は、グラム陽性細菌からグラム陰性細菌へと、さらにグラム陰性細菌の中ではγ-プロテオバクテリアへと進化しました。大腸菌や病原菌(サルモネラ菌、赤痢菌、コレラ菌など)は、γ-プロテオバクテリアの中でもさらに最も進化した細菌群と考えられています(図2)。進化的に古い細菌(古細菌やグラム陽性細菌)はポリリン酸/ATP-NADKを有しますが、他方、より進化したグラム陰性細菌や真核生物はATP-NADKを有します。このことから、ポリリン酸/ATP-NADKからATP-NADKへ進化したと想定されますが、「なぜ?」「どのように?」進化したか(ポリリン酸利用能を喪失し、ATPへの特異性を獲得したか)、そのメカニズムは不明でした。


図1:ATPとポリリン酸の構造

 


図2:GGDGN配列をもつATP-NADKは最も進化した細菌群に集中する

細菌は、グラム陽性細菌からグラム陰性細菌へと進化し、さらにグラム陰性細菌の中ではγ-プロテオバクテリアが最も進化した細菌である。その中でも、大腸菌、赤痢菌、サルモネラ菌、コレラ菌は最も進化した細菌群であり、まさにこの細菌群がGGDGN配列を有するATP-NADKを保持している。

研究の成果

 細菌のポリリン酸/ATP-NADKはGGDGT保存配列を有しますが、細菌ATP-NADKのGGDGN保存配列のNをTに置換すると、ATP-NADKはポリリン酸利用能を獲得し、ポリリン酸/ATP-NADKへ「先祖返り」することを見出しました。例えば、大腸菌のATP-NADKのATP依存NADK活性に対するポリリン酸依存NADK活性の比は、わずか2.8%程度に過ぎませんが、NからTへの置換により、43%へと跳ね上がり、十分なポリリン酸依存NADK活性を示すようになりました。すなわち、ポリリン酸/ATP-NADKのGGDGT保存配列のT(スレオニン残基)のN(アスパラギン残基)への変化により、ポリリン酸利用能を喪失し、ATPへの特異性を獲得したことが分かりました。

 さらに、GGDGN保存配列を持つATP-NADKは、最も進化したγ-プロテオバクテリアの中でもさらに「最も」進化した細菌群(赤痢菌、サルモネラ菌、コレラ菌など病原性細菌群を含む)に集中していました(図2)。注目すべきことに、ヒトATP-NADKはポリリン酸依存NADK活性を示さないにもかかわらず、GGSGT保存配列を持っていました。すなわち、細菌とヒトでは、ATP特異性の獲得機序(ATPへの特異性を決める構造要因)は明らかに違っており、図3に示すGGSDT→GGDGS→GGDGNと進化する進化過程が想定されました。

 結核菌ポリリン酸/ATP-NADKとポリリン酸を用いたNADP(診断薬などに使用)の大量生産法を確立してきました(特許第4088251号)。しかし、本NADKの活性は大腸菌NADKのATP依存活性よりも低いです。今回、「先祖返り」(図3)させた大腸菌NADKは、結核菌NADKよりも強力なポリリン酸依存活性とより強力なNADP生産能を示しました。


図3:細菌NADKの推定進化過程

細菌において、ポリリン酸/ATP-NADKからATP-NADKへ図に記載の過程で進化したと推定される。したがって、ATP-NADKからポリリン酸/ATP-NADKへの転換は酵素タンパク質の「先祖返り」である。

学術的・社会的重要性と波及効果

 細菌ATP-NADKとヒトATP-NADKの「違い」に着目した新薬(病原性細菌のATP-NADKのみに作用して細菌を殺す薬)の開発、「先祖返り」させたNADKとポリリン酸を用いたNADP生産法の開発が期待されます。本成果はポリリン酸そのものを利用する仕組みの解明にもつながります。この仕組みが分かれば、他の多くのATP依存酵素にポリリン酸利用能を与えて「先祖返り」させ、ポリリン酸を用いた多くの有用物質の生産も可能になります。本成果はまた、生化学エネルギー担体のポリリン酸からATPへの化学進化が「なぜ」起きたのか、その進化の生理的意義(病原性など各細菌の特性との関連)という問題に関しても解決の糸口を与えます。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep02632

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/178764

Nakamichi Yusuke, Yoshioka Aya, Kawai Shigeyuki, Murata Kousaku.
Conferring the ability to utilize inorganic polyphosphate on ATP-specific NAD kinase.
Scientific Reports 3, Article number: 2632, 2013/09/11/online