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チンパンジーも脳の右半球に優位に依存して顔を認識することが明らかに-顔知覚様式および脳の左右脳非対称性の進化的基盤の解明に期待-

2013年8月14日

 足立幾磨 霊長類研究所助教、友永雅己 同准教授らのグループは、進化的にもっともヒトに近縁であるチンパンジーを対象に、彼らが顔を知覚する際に脳の半球優位性が見られるのかを非浸襲的な方法で分析し、その結果、(1)チンパンジーにおいても、顔知覚処理が脳の右半球で優位に行われていること、(2)チンパンジーの年齢がこの反応傾向に影響を与えていること、すなわち、特定の種に対する接触経験が、この脳の半球優位性と関連していることを発見しました。これらの発見は、ヒトの顔知覚様式と非常に類似したもので、ヒト以外の霊長類における初めての報告であり、ヒトの顔近くの進化的基盤を探る上で非常に重要な発見です。

 本成果は、2013年8月14日(アメリカ東部時間)に、米国科学誌「Journal of Neuroscience」に掲載されました。

概要

 まず、図1の上の写真を、その後、下にある2枚の写真を見てください。


図1:ヒトのキメラ顔の例

上の写真がオリジナルの顔写真。左下の写真は、オリジナルの左半分の情報から構成された左-左キメラ顔、右下は、上の写真の右半分の情報から構成された右-右キメラ顔

 下の2枚の写真のうちどちらが上の写真と似ていると感じられるでしょうか? なんとなく左の写真のほうが似ているような印象を持たれるのではないでしょうか。実は、下の2枚の写真は、上の顔の左半分のみ、右半分のみの情報を持つように加工した「キメラ顔」です。左のほうがなんとなく似て感じられるのは、ヒトが顔を認識するときに、脳の右半球により依存していることを反映しています。目に映る情報のうち、左視野への入力は右脳に、右視野への入力は左脳に最初に送られます。最初に顔を見た際に、脳の右半球により依存して顔の認識を行うため、左視野からの(つまり写真の左半分)からの情報がより印象に残るのです。一方で、図2で同じように写真を見比べてください。


図2:チンパンジーのキメラ顔の例

上の写真がオリジナルの顔写真。左下の写真は、オリジナルの左半分の情報から構成された左-左キメラ顔、右下は、上の写真の右半分の情報から構成された右-右キメラ顔

 この場合は、おそらく印象の差異はほとんど生まれないのではないでしょうか? ヒトの顔認識が、同種であるヒトの顔により特化したチューニングがされているため、チンパンジーの顔に対しては、それほど左視野の情報に対して印象が残るということはないと考えられます。なお、ヒトの顔認識のチューニングは、生後6か月から9か月頃の発達の初期段階の経験がとても重要なことも知られています。

 ヒトの顔認識の進化的基盤を明らかにするため、これまでに数多くの研究が、ヒト以外の霊長類の顔認識様式を分析してきました。しかしながら、顔認識に脳の非対称性はヒト以外の霊長類ではみつかっていません。そこで、本研究では、わたしたちヒトの進化の隣人であるチンパンジーについて、顔認識にかかわる脳の左右非対称性が存在するのかを分析しました。その結果、以下のことが明らかになりました。

  1. チンパンジーも、ヒトと同様に、顔の左半分の情報で構成されたキメラ顔を、より元の顔に近いと答えた。つまり、顔認識が脳の右半球により依存していることを示唆する結果が得られた。これは、ヒト以外の霊長類における世界初の報告である。
  2. チンパンジーの年齢がこの反応傾向に影響を与えていること、つまり、それぞれの種(ヒト・チンパンジー)に対する接触経験が、それぞれの種の顔を認識する際の脳の左右非対称性と関連していることがわかった。この結果は、チンパンジーとヒトの顔認識様式が、その獲得過程も含めて、極めて類似していることを示唆しており、ヒトの顔認知様式の進化的起源解明に大きな貢献をするものである。

背景

 ヒトは顔を見れば、それが誰かといったことが瞬時に認識できます。さらに、顔からその人の感情や心の状態など、非常に多くの情報を読み取ることができます。顔はヒトの社会生活において不可欠な情報源なのです。ヒトは、一体どのようにしてこうした顔の認識を行っているのでしょうか。ヒトの顔知覚の特徴は、大別して下記の4点にまとめられます。

  1. 目・鼻・口の全体的な配置に高い感受性を持ち、これを元に非常に効率よく顔を見分けている。
  2. この感受性は、顔が上下さかさまになると減少する。
  3. この感受性は、特定の顔(種、人種)に対する接触経験の中でチューニングされる。
  4. ヒトが顔を認識する際には、脳の右半球により依存する。

 こうしたヒトの顔知覚の進化的基盤を探るため、これまでにさまざまな霊長類の顔知覚様式が分析されてきました。その中で、上記(1)、(2)については多くの種において共有されていることが報告されているものの、(3)については、やや限定的でした。さらに、マカクザル(ヒトとおよそ2500万年前に分岐)を対象に、顔知覚時の脳活動が盛んに分析されてきましたが、(4)については、ヒト以外の霊長類ではこれまでのところ認められていません。これは、マカクザルもヒトに良く似た顔知覚様式を示しますが、その神経基盤はヒトとは完全には一致していない可能性を示唆しています。そこで、本グループは、進化的にヒトにもっとも近縁であるチンパンジーを対象に、彼らの顔認識様式について、(3)、(4)に焦点を当てて研究を行いました。

研究手法・成果

 タッチパネルを用い、遅延見本あわせ課題(図3)により、チンパンジーに顔を見分けることを訓練しました。その際、チンパンジーの顔、ヒトの顔を刺激に用いました。最初に750ミリ秒1枚の写真が呈示されます。その写真が消えた後、500ミリ秒たつと、2枚の写真が呈示されます。この2枚の写真のうち、最初に見た写真と同じ個体の写真を選べば正解です。


図3:見本あわせ課題

最初に750ミリ秒1枚の写真が呈示される。その写真が消えた500ミリ秒後に呈示される2枚の写真のうち、最初に見た写真と同じ個体の写真を選べば正解

 チンパンジーがこの課題を学習したところで、テストを行いました。テストでは、訓練した課題にまじって、ときおり「左右キメラ顔」が選択肢として呈示されました。「左右キメラ顔」とは、顔写真を顔の真ん中で半分に切り、垂直軸上に反転させて合成することで、顔の左半分のみ(左-左キメラ顔)、右半分のみ(右-右キメラ顔)の情報をもつ顔のことです(図1、2)。顔をまっすぐ見たとき、顔写真の左半分は左視野に、右半分は右視野にそれぞれ投影されます。つまり、チンパンジーも脳の右半球により依存して顔を認識するならば、顔の左半分の情報のみをもつ左-左キメラ顔のほうが、元の顔に似ていると感じられるでしょう。実験の結果、すべてのチンパンジー、ヒト被験者において、この予測に沿う結果が得られました(図4)。


図4:チンパンジーおよびヒトの結果

Aはチンパンジー被験体の結果、Bはヒト被験者の結果。横軸は試行回数、縦軸は、左-左キメラ顔選択バイアス(左-左キメラ顔選択数から、右-右キメラ顔選択数を引いたもの)をあらわしている。すなわち、300試行の段階で、100という値は、300回のうち、200回左-左キメラ顔を、100回右-右キメラ顔を選択したことを意味する。O1、O2はオトナ個体、Y1、Y2はコドモ個体の結果を表している。また、Cは、このバイアスの強さが、顔の弁別成績と良く相関していることを示している。すなわち、チンパンジーの顔弁別が得意な個体は、チンパンジーの顔に対してより左-左キメラ顔への選択バイアスが、ヒトの顔の弁別が得意な個体は、その逆の傾向を示す。

 また、左-左キメラ顔を選ぶ度合いは、ヒトの場合は、ヒトの顔に対してより強いことがわかりました。一方、チンパンジーでも全個体が同様に左-左キメラ顔をより選択しましたが、その度合いは年齢によって異なっていました。コドモでは、チンパンジーの顔に対してより、オトナではヒトの顔に対してより左-左キメラ顔を選択しました。また、この選択の度合いが、ヒト、チンパンジーの顔の識別成績と良く相関していることもわかりました。つまり、チンパンジーの顔を見分けるのが得意な個体は、チンパンジーの顔に対して、ヒトの顔の弁別が得意な個体は、ヒトの顔に対して、より左-左キメラ顔を選択しました。

波及効果

 本研究は、脳の右半球が顔認識により用いられることを、ヒト以外の霊長類において示した初めての研究です。ヒトの顔知覚様式の進化的基盤にかかわる大きな発見といえます。また、チンパンジーにおいては、ヒトの顔知覚様式の特徴4点すべてが確認できました。こうしたチンパンジーをモデルにすることで、逆にヒトの顔知覚様式へも示唆が与えられるでしょう。たとえば、ヒトでは、初期経験とその後の長期的な経験が通常同じ対象(自種、自人種など)に向いています。これでは、顔認識様式のチューニングに対して、それぞれの経験がどのように寄与しているのかを切り分けることは難しいです。一方で、飼育下の動物であれば、この経験をある程度正確に記述することが可能です。たとえば、本研究の被験体は、群れで生まれ育ち初期経験は同種に強く偏向していますが、長期的経験は同種は13頭と限られています。一方で、ヒトに対する接触量はは実験者、飼育者等、常に増加し続けます。こうした経験量を記述することで、初期経験とその後の経験がどのように顔知覚様式のチューニングに寄与するのかを計算論的に記述することが可能となります。ヒトの顔知覚様式の包括的な理解が進むと期待されます。

今後の予定

 今後は、顔の知覚様式の進化的基盤を探るため、さらに比較対象種を広げていきます。さらに、脳の機能局在に対し、顔認識以外の側面からもアプローチしていくことで、ヒトの認知能力の進化の道筋を明らかにしていく予定です。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0590-13.2013

Christoph D. Dahl, Malte J. Rasch, Masaki Tomonaga, and Ikuma Adachi.
Laterality Effect for Faces in Chimpanzees (Pan troglodytes).
The Journal of Neuroscience, 14 August 2013, 33(33):13344-13349

 

  • 京都新聞(8月14日夕刊 1面)、産経新聞(8月14日夕刊 9面)、中日新聞(8月14日夕刊 10面)、日本経済新聞(8月14日夕刊 14面)および毎日新聞(8月14日夕刊 8面)に掲載されました。