選択的レーザー溶融法によるカスタムメード型医療機器開発に成功 -整形外科・歯科口腔外科での新規治療に期待-

選択的レーザー溶融法によるカスタムメード型医療機器開発に成功 -整形外科・歯科口腔外科での新規治療に期待-

2013年8月9日


左から、藤林講師、竹本特定助教、住田 九州大学病院講師、中村名誉教授

 松田秀一 医学研究科教授らのグループは、選択的レーザー溶融(SLM)法を用いた脊椎用カスタムメード型インプラントを開発し、現在、京都大学医の倫理委員会の承認を得た医学部附属病院における臨床試験が行われています。藤林俊介 同講師、竹本充 医学部附属病院特定助教らによりこれまでに4名の患者さんに手術治療が行われ、いずれも経過は良好です。

 また、この技術は、住田知樹 九州大学病院講師(前任は愛媛大学医学部)による歯槽骨欠損に対する歯槽骨造成術(GBR)および顎骨腫瘍切除後の顎骨再建術にも応用されており、本技術を用いることで術前に設計した形の骨を造成することができ、従来法に比べ、手術時間が短縮され、手技も容易です。

概要

 松田教授らの研究グループは選択的レーザー溶融(SLM)法を用いた脊椎用カスタムメード型インプラントを開発しました。術前にチタン製インプラントを患者個々の頚椎の病変部位に適合する形状に造形、さらにインプラントは表面処理により、周辺骨と早期に強固な固定が得られるので、従来行われていたような骨盤から骨を採取するなどの手術侵襲が不必要になります。また、患者個々に作製したインプラントであるため、形状の適合性に優れ、早期社会復帰が可能となります。現在、京都大学医の倫理委員会の承認を得た医学部附属病院における臨床試験が行われています。開発者の藤林講師、竹本特定助教らによりこれまでに4名の患者さんに手術治療が行われ、いずれも経過は良好です(図1)。

 


図1 左:術前のMRI写真、膨隆した椎間板により脊髄が圧迫されている(矢印)。 右:術後のレントゲン写真、手術により切除した椎間板にぴったり適合したカスタムメードインプラントが挿入されている(矢印)。

 

 同時にこの技術は住田講師による歯槽骨欠損に対する歯槽骨造成術(GBR)および顎骨腫瘍切除後の顎骨再建術にも応用されています。本技術を用いることで術前に設計した形の骨を造成することができ、従来法に比べ、手術時間が短縮され、手技も容易です。また、顎骨再建術では美容的にも機能的にも従来行われていた再建手術に比べて患者満足度が高い結果が出ました(図2)。

 


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図2 1.下顎歯肉癌術後の骨の状態。食事が困難 2.歯科インプラントを植えるためのトレイを作製 3.術後の3次元予想図 4.歯科インプラント支持の義歯が入り摂食可能となった。 5.カスタムメードチタンメッシュ

背景

 骨関節疾患の治療には様々な金属製インプラントが用いられていますが、いずれもモジュール化された既製品であるため、疾病部位への適合性に問題があり、インプラント形状に合わせて生体側の骨を削るなどの手術操作が必要でした。また、腫瘍切除などにより生じた大きな骨欠損に対する修復は困難であり、患者さんは美容的にも機能的にも障害を受けることが多くありました。近年の三次元プリンターの進歩によって、様々な形状の造形が可能になりました。研究グループは生体との親和性が良く、これまでに多くの生体内埋植用インプラントの素材として用いられているチタン金属を用いた造形技術を開発しました。研究グループの技術の独創的な点は選択的レーザー溶融法を用いることで、100ミクロン単位の微細な構造を造形できる点、表面の化学処理を組み合わせることで、チタン金属を生体骨と埋植早期に強固に結合させることができる点で。微細構造の造形によりインプラント外形状の精度は向上し、インプラント内部にも周囲の骨から新生骨が侵入しやすい格子状構造を造形することができます。表面処理はすでに人工股関節において臨床応用され、安全性と有効性が確認されています。本技術を脊椎疾患に用いることにより、手術侵襲が低減、手術の正確性・安全性が向上し、早期社会復帰が可能となることが期待できます。

研究手法・成果

 経済産業省の支援を受け、本学、九州大学、中部大学、佐川印刷による共同研究体制で研究開発が行われています。本学と九州大学ではインプラントのデザイン、臨床試験(本学)を行い、中部大学はインプラントの力学的評価試験や既存法よりも生体活性が高く、安定して機能を発揮する表面処理技術の開発を行いました。佐川印刷は研究の総括および造形技術の開発を行ってきました。これまでに国内外の学会で成果を発表し、両大学医の倫理委員会の承認を得たのち自主臨床試験が行われ、医学部附属病院整形外科では5例の手術を行うことにしており、九州大学病院顎顔面口腔外科(森悦秀 教授)では愛媛大学での実績にもとづいて現在、臨床試験を進めるべく準備中です。

波及効果

 今回、研究グループ頚椎と顎骨での臨床試験を行いましたが、カスタムメード型医療機器は様々な骨関節疾患の治療に応用できる技術であると考えています。今後は適応疾患を拡大し、欧米製品が95%以上を占める脊椎手術用医療機器業界における国内企業の活性化にもつなげたいと考えています。

今後の予定

 国産のカスタムメード型医療機器の薬事承認および市販化を目指します。カスタムメード型医療機器は個々に形状が異なるために強度などの安全域の担保が難しいです。現在、日本ではカスタムメード型医療機器の規格基準が無いため、市販化までにはカスタムメード型医療機器の規格基準を策定する必要があります。また、製造コストの削減も本技術を一般化させるためには重要な点だと考えています。将来的には本技術を海外にも発信していきたいと考えています。

 

これらの開発は経済産業省の支援(プロジェクトリーダー:中村孝志 名誉教授)を受け、中部大学生命健康科学部、佐川印刷株式会社の協力で行われました。

用語解説

SLM

選択的レーザー溶融法(Selective laser melting)、設計図から作成したスライスデータに基づきレーザー光を走査させ、散布した粉末層を所望形状に溶融する。この操作を繰り返して積層させることで三次元的な構造体を造形する技術

GBR

歯槽骨造成術(Guided bone regeneration)、顎の骨が薄くてインプラント治療ができない場合に用いられる「顎の骨量を増やして厚くする」治療のこと

MRI

核磁気共鳴画像法(Magnetic resonance imaging)、強力な磁石でできた筒の中に入り、磁気の力を利用して体の臓器や血管を撮影する検査

 

  • 朝日新聞(8月10日夕刊 4面)、京都新聞(8月10日 25面)、産経新聞(8月10日夕刊 8面)および日本経済新聞(8月10日夕刊 8面)に掲載されました。