若年性骨髄単球性白血病の新規原因遺伝子を発見-若年性骨髄単球性白血病の診断・治療法の開発と、病態の多様性解明に期待-

若年性骨髄単球性白血病の新規原因遺伝子を発見-若年性骨髄単球性白血病の診断・治療法の開発と、病態の多様性解明に期待-

2013年7月8日

 小川誠司 医学研究科教授(2013年3月まで東京大学医学部附属病院がんゲノミクスプロジェクト特任准教授)、小島勢二 名古屋大学医学系研究科教授、村松秀城 同助教、宮野悟 東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター教授らの共同研究チームは、小児にみられる白血病の一種である若年性骨髄単球性白血病の新規原因遺伝子を発見しました。

 本研究成果は、米国科学誌「Nature Genetics(ネイチャージェネティクス)」(米国時間2013年7月7日付の電子版)に掲載されました。

要旨

 若年性骨髄単球性白血病は乳幼児期にみられる予後不良な白血病で、たとえ骨髄移植をうけても、半数の患者さんは再発してしまいます。本症の発症メカニズムの解明と効果的な薬剤の開発が待ち望まれていました。

 共同研究チームは、次世代遺伝子解析装置を用い、92例の若年性骨髄単球性白血病に対して網羅的遺伝子解析を行い、本症にみられる遺伝子異常の全体像を解明しました。その結果、新たな原因遺伝子としてSETBP1およびJAK3遺伝子変異を新たに発見しました。

 これまでに若年性骨髄単球性白血病で変異があることが知られていた、がんの発症に関与するRAS経路の遺伝子変異と、今回発見した二つの遺伝子の変異割合を比較しました。その結果、SETBP1JAK3遺伝子変異は、若年性骨髄単球性白血病の発症に関わる主要な遺伝子とは別の遺伝子要因、いわゆるセカンドヒットとして腫瘍の進展に関与していることが示唆され、実際にこれらの遺伝子変異をもつ患者さんは治る確率が低いことがわかりました。

 今回の研究成果は、本症の診断法の確立と治療法の選択に役に立つほか、新規薬剤の開発につながることが期待できます。

発表のポイント

  • 若年性骨髄単球性白血病の進展に関与するSETBP1JAK3遺伝子を発見した。
  • SETBP1JAK3遺伝子に変異がある患者群では、これらの遺伝子の変異がない患者群に比べて生存率が低い傾向にあった。
  • 同種造血幹細胞の移植を検討する際など、若年性骨髄単球性白血病の診断や治療に貢献することが期待される。

背景

 若年性骨髄単球性白血病(Juvenile Myelomonocytic Leukemia; JMML)は、年少児に発症する予後不良な白血病の一病型であり、異型性を有する単球の増加、肝脾腫、末梢血中への幼若骨髄球系細胞の出現や顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)への高感受性などを特徴とする疾患です。80%以上の症例で、RAS経路に関連する遺伝子群(NF1、NRAS、KRAS、PTPN11、CBL)の遺伝子変異が報告されていましたが、残りの20%の症例にはいまだ遺伝子変異が報告されていませんでした。また、ほとんどの症例で治癒のために同種造血幹細胞移植が必要ですが、一部では移植を受けることなく長期生存可能な症例があることも報告されており、どのような症例に移植が必要か予測することがJMMLの患者さんの治療を行う上で大変重要です。

研究成果

 共同研究チームは、13例のJMML症例に対して次世代シークエンサーを用いた全エクソンシーケンスを行い、その遺伝子変異の網羅的解析を行いました。全エクソーム解析で同定された体細胞遺伝子変異数はJMML1症例あたりわずか0.8個であり、これは他のさまざまな腫瘍と比較してはるかに少数でした。13例のうち、これまでに既に報告されていたRAS経路遺伝子変異が12例で確認されるとともに、これまでに報告のない遺伝子変異(SETBP1JAK3)が4例から検出されました。

 この結果を受けて、全部で92例のJMMLについても次世代シークエンサーを用いた解析を行ったところ、うち16例でSETBP1およびJAK3変異を認めました。次世代シークエンサーを用いて、変異部分の遺伝子配列を何千回も読みこむことで、既に知られていたRAS経路の遺伝子変異と、SETBP1およびJAK3遺伝子変異の両方を有する症例において、遺伝子変異の割合を計算・比較しました。その結果、RAS経路の遺伝子変異を有する細胞の割合よりも、SETBP1およびJAK3遺伝子変異を有する細胞の割合の方が低いことがわかりました。これは、SETBP1およびJAK3遺伝子の変異は、若年性骨髄単球性白血病の発症に関わる主要な遺伝子とは別の遺伝子要因、いわゆるセカンドヒットとして、腫瘍の進展に関与していることを示唆します。


図1:SETBP1変異によるJMMLの進行モデル

 実際に、これらの遺伝子変異を有する症例(n=16)は、有さない症例(n=76)と比較して全生存率は低い傾向にあり、また移植をしないで生存できる確率(無移植生存率)は有意に低いことがわかりました。


図2:二次性変異が無移植生存率に及ぼす影響

今後の展開

 今回の成果によって、JMMLの患者さんの症例に応じて同種造血幹細胞を移植する必要があるか否かを予測し、治療する道が拓けます。これは、JMMLの移植適応を検討するうえで、大きな意義を持ちます。また、新規の遺伝子異常が判明したことで、これらの遺伝子を標的にした新たな治療法の開発が期待できます。

用語解説

全エクソンシーケンス

ヒトのすべての遺伝子のうち、タンパク質をコードする領域(エクソン)の配列を抽出し、その塩基配列を高速に決定する方法

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ng.2698

掲載誌

Nature Genetics, 2013/07/07/online

著者

Sakaguchi Hirotoshi, Okuno Yusuke, Muramatsu Hideki, Yoshida Kenichi, Shiraishi Yuichi, Takahashi Mariko, Kon Ayana, Sanada Masashi, Chiba Kenichi, Tanaka Hiroko, Makishima Hideki, Wang Xinan, Xu Yinyan, Doisaki Sayoko, Hama Asahito, Nakanishi Koji, Takahashi Yoshiyuki, Yoshida Nao, Maciejewski Jaroslaw P, Miyano Satoru, Ogawa Seishi, Kojima Seiji.

論文名

Exome sequencing identifies secondary mutations of SETBP1 and JAK3 in juvenile myelomonocytic leukemia
(全エクソンシーケンスによる若年性骨髄単球性白血病における2次変異としてのSETBP1およびJAK3遺伝子変異の同定)

 

  • 中日新聞(7月8日 29面)、日刊工業新聞(7月8日 15面)および読売新聞(7月14日 29面)に掲載されました。