オスとメス、どちらが得か? 昆虫社会の損得勘定-シロアリで初めて血縁選択理論の実証に成功-

オスとメス、どちらが得か? 昆虫社会の損得勘定-シロアリで初めて血縁選択理論の実証に成功-

2013年6月28日


左から松浦教授、小林研究員

 松浦健二 農学研究科教授、小林和也 産学官連携研究員、長谷川英祐 北海道大学准教授、吉村仁 静岡大学教授、エドワード・バーゴ ノースカロライナ州立大教授らのグループは、生物の社会性の進化を説明する中心理論である血縁選択理論を2倍体の生物で検証する方法を確立し、シロアリの社会に血縁選択がはたらいていることを初めて実証することに成功しました。

 これまで、血縁選択理論はアリやハチなど半倍数性という特殊な遺伝様式の社会性昆虫では実証研究が進められてきましたが、われわれヒトと同じように両性とも2倍体のシロアリでは検証する方法がありませんでした。今回の研究成果は、2倍体の生物で血縁選択理論を検証する新たな道を開くとともに、シロアリの社会進化においても血縁選択がはたらいていることを示す決定的な証拠であり、さまざまな生物の社会進化を理解する上で、きわめて重要な意味を持ちます。

 本研究成果は、2013年6月28日(ロンドン時間)に、英国科学誌「Nature Communications」電子版に掲載されました。

背景

 ダーウィンの自然選択理論は、より多く子供を残すような(適応度が高い)性質が進化すると予測しています。しかし、アリやハチ、シロアリなどの社会性昆虫では、働きアリは自分では繁殖せず、もっぱら女王(シロアリでは王も存在)の繁殖を手助けしています。なぜ自分で子を産まない働きアリが進化したのでしょうか? この疑問に対して、1964年にW.D.ハミルトンは、働きアリは自分の親の繁殖を助け、同じ遺伝子を共有する兄弟姉妹を増やすことで、次世代に自分の遺伝子をより多く残す戦略をとっていると考えました。この血縁選択理論の実証研究は、アリやハチなど半倍数性(メスは2倍体、オスは半数体)の社会性昆虫で多くなされてきました。しかし、同じく高度な社会を発達させたシロアリは、われわれヒトと同じように両性とも2倍体であり、半倍数性の生物と同様の方法で血縁選択理論を検証することは不可能でした。

 アリやハチの仲間(ハチ目)は、半倍数性という遺伝様式であるため(図1)、働きアリ(娘)にとって弟よりも妹の方が自分と同じ遺伝子を持っている確率(血縁度)が高くなります(図2)。もし血縁選択理論が正しいのであれば、働きアリにとって弟よりも妹の価値が高くなるため、妹を育てるのにより多くの資源を投じると予測されます。この予測通り、アリやハチの性比がメスに偏ることが示され、血縁選択理論を支持する強い証拠と考えられています。

 シロアリは、ハチ目とは全く独立に高度な社会性を発達させたグループです。シロアリはオスもメスも2倍体であるため(図1)、ハチ目のように血縁度が弟と妹で異なるような状況はありません(図2)。そのため、性比を手がかりにして血縁選択理論を検証する術がなく、研究の空白を生んでいました。


図1:アリ・ハチの仲間とシロアリの遺伝様式の比較


図2:アリ・ハチの仲間とシロアリの血縁関係の比較

研究手法・成果

 もしシロアリの社会にも血縁選択がはたらいているならば、単に子どもの数を増やすというだけではなく、自分の遺伝子をより多く伝える子どもにより多く投資することが予測されます。シロアリはそのような行動をとっているのでしょうか、また、それをどうやって検証すればよいでしょうか。本研究では、巣の中で起きる近親交配と羽アリの性比に着目し、シロアリで初めて血縁選択理論の実証に成功しました。

 シロアリの巣は、オスとメスの羽アリがペアになり、一夫一妻で創設されます。このはじめのペアが創設王と創設女王になり、産まれる子は働きアリ、兵隊アリ、そして新たな羽アリとなります。巣が成長して、創設王や創設女王が死亡すると、巣のメンバーの中から新たな王や女王が出現して、二次王、二次女王として繁殖を引き継ぎます。このとき、創設王と創設女王で寿命が異なるならば、父-娘、母-息子の近親交配のどちらか一方が起きやすくなります。例えば、創設女王の寿命が創設王の寿命よりずっと長ければ、母-息子の近親交配が生じ、それによって産まれる子どもは、創設女王の遺伝子を創設王の遺伝子よりも3倍多く持っていることになります(図3)。このような場合、創設王よりも創設女王の方が、より多く次世代に遺伝子を残すことになります。創設王や創設女王は、もともとオスとメスの羽アリですから、巣のメンバーにとって、オスの羽アリを作るより、メスの羽アリを多く作る方が自分たちの遺伝子を次世代に伝える上で有利になります。本研究では、まず血縁選択理論に基づいて、どのようなタイプの近親交配が起きているとき、どのような性比の配分が有利になるか、数理モデルを構築して理論的な予測を行いました。


図3:性非対称な近親交配(母-息子交配)によって生じる遺伝子伝達率の性差

 北海道から九州まで日本に広く分布しているヤマトシロアリなどでは、女王が自分の後継者となる女王を単為生殖で生産するという驚くべき繁殖様式の実態が明らかになっています(図4)。創設女王が死亡しても、その分身が次の女王となるため、女王は遺伝的には不死身です。そのため、このような繁殖様式を持つ種では、母-息子の近親交配の方が父-娘の近親交配よりもずっと起きやすい状況にあります。数理モデルから予測される通り、単為生殖による女王継承システムをもつ種では、羽アリの性比がメスに有意に偏っていることが分かりました(図5)。逆に、女王が単為生殖能力を持たない種では、このような偏りはありませんでした。


図4:シロアリの単為生殖による女王継承システム


図5:性比のシロアリ種間比較

白抜きのバーは、単為生殖による女王継承を行う種、黒塗りのバーは単為生殖能力を持たない種

 この結果は、シロアリの巣のメンバーが、自分たちの遺伝子の運び手として、より優れた方の性に多く投資することで、包括適応度をより高めていることを示しています。これは、両性とも2倍体の生物でも血縁選択がはたらいていることを示す強い証拠であり、これまでの半倍数性のアリやハチの研究と併せて、昆虫の社会進化における血縁選択の重要性を支持するものです。

波及効果

 ハミルトンの血縁選択理論と包括適応度の概念は、ダーウィンの自然選択以降、進化生物学における最大のブレイクスルーだと考えられてきました。しかし、近年、血縁選択理論の一般性に疑義を呈する研究者もあり、その妥当性を巡って理論レベルの激しい論争が巻き起こっています。理論的な論争が加熱する一方で、血縁選択の実証研究はアリやハチなど半倍数性昆虫の性比に関する研究以降、停滞していました。特に、両性2倍体であり、高度な社会性を発達させたシロアリにおいて、血縁選択の検証が行われていなかったことが、血縁選択理論の研究に大きな空白を生んでいました。

 本研究によって、両性2倍体のシロアリでは、半倍数性のアリやハチのような兄弟姉妹間での血縁度の非対称はないが、性非対称な近親交配(SAI:Sex-Asymmetric Inbreeding)が遺伝子伝達率に性差を生み、性比の偏りをもたらすことが明らかになりました。この手法によって、シロアリ以外のさまざまな2倍体生物において血縁選択を検証することが可能になりました。また、本研究は、生物の性比の偏りをもたらす新たな理論を提示するものであり、幅広く生物の行動進化の理解に貢献するものです。今後、本研究で提示された新たな理論と実証手法が、多くの生物の研究に活用されることが期待されます。

用語解説

適応度

ダーウィンの自然選択理論では、「ある個体が生涯で生んだ子のうち、繁殖年齢まで生き残った子の数」を適応度と定義しています。

包括適応度

社会性昆虫では、自分では繁殖しない働きアリなどが存在するため、上記の適応度ではそれらの進化を説明できません。そこで、自分が生んだ子を通じて得られる直接の適応度に、自分と遺伝子を共有する血縁者を助けることによって増えた間接的な適応度(血縁者を通じて次世代に伝わる自分の遺伝子の増分)を足し合わせたものを包括適応度と呼びます。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ncomms3048

論文名

Sex ratio biases in termites provide evidence for kin selection

ジャーナル名

Nature Communications

著者

Kazuya Kobayashi1, Eisuke Hasegawa2, Yuuka Yamamoto1, Kazutaka Kawatsu1, Edward L. Vargo3, Jin Yoshimura4 and Kenji Matsuura1* *)責任著者

著者の所属機関

  1. 京都大学 農学研究科
  2. 北海道大学 農学研究院
  3. ノースカロライナ州立大学 昆虫学部
  4. 静岡大学 工学部

 

  • 朝日新聞(8月29日 18面)および京都新聞(6月29日 27面)に掲載されました。