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被曝ゼロで癌の早期診断が可能な革新的「分子標的MRI法」の開発

2013年3月8日

 近藤輝幸 学際融合教育研究推進センター先端医工学研究ユニット教授、山田久嗣 同特定助教、長谷川嘉則 工学研究科修士課程学生および青山安宏 名誉教授らの研究グループは、松田哲也 情報学研究科教授、今井宏彦 同特定助教らの画像チームとの連携により、安定同位元素の特定の配列のみを観測する「分子標的MRI法」を世界に先駆けて開発しました。

背景

 疾病の早期発見と予防医療を実現する医療分野のイノベーションは、世界の人々に健康なくらしを約束し、生活の質(QOL、Quality of Life)を飛躍的に向上させます。例えば、癌であれば、放射性トレーサを用いる陽電子放射断層撮影法(PET法)が現状では最も優れた画像診断法ですが、患者や医療スタッフは確実に被曝します。したがって、医療機関での普及率が高く、より安全かつ低侵襲性で、人体深部の情報を得る磁気共鳴イメージング(MRI)の革新的高度利用法の開発が社会的に強く要請されています。

今回の研究成果

 従来の1H MRI法では、生体内の全ての1Hシグナルを基に画像化を行いますが、これが致命的な欠点でもあり、生体内に膨大に存在する水や脂質中の1Hシグナルがバックグラウンドノイズとして観測されます。そこで研究グループは、まず生体に適合した新しい「安定同位元素ラベル化MRIプローブ」の設計と合成を行い、このプローブを選択的に観測するための革新的「分子標的MRI法」の開発に成功しました。

 すなわち、これまで蛋白質の構造解析にのみ用いられてきた「多重共鳴NMR法」をMRIに応用した「分子標的MRI法」では、生体深部での「安定同位元素ラベル化MRIプローブ」の機能に加えて、生体内代謝反応の過程を低侵襲かつ選択的に可視化・画像化できます。本研究の基礎となる多重共鳴NMR法、特に三重共鳴NMR法では、図1に示したように、まずラジオ波パルスにより発生した1H核の磁化(シグナル情報)を隣接するNMR活性な13C核や15N核(安定同位元素)へ移動(シグナル情報の移動)させた後、再び1H核に戻すことにより、13C核および15N核で標識した分子プローブに含まれる1H-13C-15Nという配列の1Hシグナルのみを選択的に観測することできます。1H-13C-15Nという化学結合は、生体内にわずか0.004%(1H:100%、13C:1.1%、15N:0.37%)しか存在しないため、生体内に含まれる水や脂質由来の膨大な夾雑物の中から分子プローブ由来の1H核のみの観測が可能となります。


図1 三重共鳴NMR法の概略

 研究グループは、まず「安定同位元素ラベル化MRIプローブ」として、細胞膜脂質の一部であるホスホリルコリン骨格を13C核と15N核で標識し、その重合によりホスホリルコリンポリマー(13C/15N-PMPC)プローブを合成しました。三重共鳴NMR法により本ポリマープローブのシグナル感度を評価した結果、nMオーダーでも十分にシグナルを観測でき、モノマーに比べてポリマーではシグナル感度が3桁向上していることが明らかとなりました。また、生体内に膨大に存在する水や脂質由来のバックグラウンドノイズは完全に消去できることも明らかとなりました。

 さらに、Colon-26大腸癌細胞を右肩に担癌したマウスに13C/15N-PMPCプローブを尾静脈から投与し、投与2日後に「分子標的(二重共鳴)MRI法」による画像化を行いました。その結果、13C/15N-PMPCプローブが集積した癌のみが画像化され、肝臓、腎臓、脳などの一般の臓器は画像化されないことが、従来の1H MRI法での画像との重ね合わせにより確認できました(図2)。この結果は、今回用いた分子量63,000の13C/15N-PMPCプローブが、EPR効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)の発現に適した分子サイズを有しており、癌のみに選択的に集積したことを示しています。また、13C/15N-PMPCプローブには急性毒性はなく(マウス投与時の痙攣、肺塞栓等による死亡はゼロ)、高い生体適合性が実証されているポリエチレングリコール(PEG)と同程度の低い細胞毒性しか示しませんでした。


図2 13C/15N-PMPCプローブを投与したマウスのin vivo MRI画像化。a) 従来の1H MR画像(T2強調画像)。b) 分子標的MR画像(1H-{13C}二重共鳴MR画像)。c) 画像a)と画像b)の重ね合わせ

 本研究で開発した「分子標的MRI法」は、今後の医療分野にイノベーションをもたらすことが期待されます。その理由としては、

  1. 生体内の水を観測する従来の1H MRI法とは異なり、「安定同位元素ラベル化MRIプローブ」のみを観測する新しい画像診断法であり、MRIという汎用性の高い一つのモダリティで、癌に代表される疾患の位置情報と病態の機能情報が同時に得られる
  2. 分子標的MRI画像は、原理的には既存のMRI装置の改造で撮像可能になる
  3. 「安定同位元素ラベル化MRIプローブ」は、放射線を発生しない「天然に存在する元素」のみから構成されており、生体適合性に極めて優れている

という3点が挙げられます。

 すなわち、「分子標的MRI法」には、PET法に匹敵する高感度と選択性が期待され、被曝ゼロで数ミリ~の癌の早期診断が可能であること、従って繰り返し検査が行えること、および本質的にMRI装置であり、省スペースで安価であることから、地域医療の中心を担う小・中規模病院や診療所への導入が期待されます。また、検査費用はPETの1/10程度であり、将来的には、医療費の削減に繋がると考えられます。

本研究は、文部科学省 地域産学官連携科学技術振興事業費補助金(イノベーションシステム整備事業)先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「高次生体イメージング先端テクノハブ」 プロジェクトの支援を受けて行った研究の成果です。

 

  • 日本経済新聞(7月9日 14面)に掲載されました。