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絶対零度の量子ゆらぎにより重くなる超伝導電子-電子が特定の方向で重くなる異常な現象を発見-

2013年2月12日

 芝内孝禎 理学研究科准教授、松田祐司 同教授、橋本顕一郎 東北大学助教(元理学研究科博士課程学生)らの研究グループは、米国アルゴンヌ国立研究所、英国ブリストル大学、およびポーランド科学アカデミーの研究グループと共同で、磁性と密接な関係を持つ超伝導体において、超伝導電子がある特定の方向でのみ重くなり、非常に動きにくくなった特異な超伝導状態が実現していることを明らかにしました。磁性を示す物質の化学的組成を変化させるなどして磁性を消失させると、従来の超伝導とは異なる発現機構を持つ「非従来型超伝導」が出現する場合があります。磁性が消失すると、絶対零度(0ケルビン、マイナス約273度)において、ハイゼンベルグの不確定性原理に由来した量子力学的な「ゆらぎ」が出現します。この量子ゆらぎが超伝導とどのように関連しているのかを解明することが超伝導発現の理解の鍵と考えられてきましたが、今回の結果はこのゆらぎが超伝導電子に及ぼす詳細な機構を初めて明らかにしたものです。今回研究対象となった非従来型超伝導体の中には最近日本で発見された鉄原子を含む高温超伝導体も含まれており、今回の研究成果により、現代物理学における未解決問題のひとつである高温超伝導の発現機構を解明する手がかりが得られることが期待されます。

 本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS))」のオンライン速報版(Early Edition)2013年2月11日号に掲載されました。

研究の背景

 超伝導体は低温で電気抵抗がゼロになる物質で、消費電力なしに電流を流すことができるため、将来の省エネルギー技術を担う高機能材料として大きな期待が寄せられています。しかしながら、これまでに室温で超伝導を示す物質は発見されておらず、通常の超伝導現象は絶対零度付近の非常に低い温度でしか実現しないことが知られています。ところが近年では銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導体のように、従来の超伝導発現機構では説明できない高い超伝導転移温度をもった非従来型の超伝導体が発見されるようになり、その発現機構を解明しようと世界中で活発な研究が行われています。

 非従来型超伝導の特徴は、磁気秩序を持った状態の近傍に現れることで、図1のように化学元素置換などにより磁気秩序を消失させることにより、ドーム型の超伝導の領域が出現します。このような磁性と隣り合う非従来型の超伝導は、鉄系高温超伝導体だけでなく、有機化合物や、希土類化合物などの強相関電子系とよばれる物質群で広く出現することが知られており、その共通の理解が求められています。磁気秩序の境界が絶対零度に近づくことにより、量子力学的な磁気ゆらぎが増大することが知られていました。このゆらぎが非従来型超伝導の引き金となって高温超伝導が出現するという磁気的な機構が提唱されており、この量子ゆらぎと超伝導の関係を明らかにすることが非常に重要です。しかしながら、超伝導状態では電気抵抗がゼロになるなど、多くの物理量が観測困難となるため、これまで磁気的な量子ゆらぎが超伝導電子にどのような影響を及ぼすのかはほとんど明らかにされてきませんでした。我々のグループは最近、量子ゆらぎが超伝導に与える影響を直接観測することに成功しましたが(参考文献)、その詳細はまだ明らかではありませんでした。


図1:組成比と温度を変化させたときの状態相図の概念図

反強磁性などの磁気秩序の領域が組成を変化させると抑制され、消失する近傍で超伝導相がドーム状に出現する。反強磁性の消失する組成で絶対零度近傍において最も量子ゆらぎが発達し、この組成での超伝導転移温度は最も高い。

研究成果と意義

 超伝導では二つの電子がペア(クーパー対)を組んで結合した状態となっており、この超伝導電子ペアの結合が壊れると超伝導状態は壊れてしまいます。この結合の強さは「超伝導ギャップ」と呼ばれており、磁気的な機構によって生じる非従来型の超伝導体では、ペアを作る超伝導電子の動く方向によってその値が異なります。その結果、ある特定の向きをもつ超伝導電子のペアでは、絶対零度においても超伝導ギャップの大きさがゼロとなることが知られています。例えば、d波超伝導体とよばれる非従来型超伝導体では、図2のように超伝導ギャップの大きさはクローバーのような形をしており、縦横の方向では最大に、斜め方向ではゼロになっています。

 研究グループはこのような磁気秩序消失点(図1中の矢印)の近傍に位置する様々な超伝導体(希土類化合物、鉄系化合物、有機化合物)において、磁場侵入長とよばれる物理量の温度変化を60ミリケルビンという極低温まで精密に測定しました。磁場侵入長は超伝導が磁場を遮蔽する能力を表す物理量で、超伝導電子の密度と重さ(有効質量)と密接な関係にあり、超伝導を記述する上で最も基本的かつ重要な量です。その結果、クローバー型の超伝導ギャップの形のみを考慮した理論で期待されていた温度に比例した変化ではなく、温度の3/2乗に比例した異常な温度変化を普遍的に示すことを発見しました。

 このような異常な振る舞いは、超伝導電子の重さや速さが方向によって変化すると考えると、うまく説明することができます。研究グループは、図2のようにクローバー型の超伝導ギャップに応じて、電子の速さもクローバー型に変化する時の磁場侵入長の温度依存性を計算し、実験結果を非常によく再現することに成功しました。このことは、特定の方向(ギャップがゼロの方向)に動く電子は重さが重く、速さが遅くなり、非常に動きにくくなっていることを示しています。このような電子の重くなる原因は磁気的な量子ゆらぎによると考えられ、量子ゆらぎが超伝導電子に直接影響を及ぼしていることが本研究によって初めて明らかとなりました。

 磁気秩序近傍の多くの超伝導物質では、量子ゆらぎが最大となるちょうど磁気秩序が消失する点で転移温度が最も高くなる振る舞いを示しており、今後、本研究結果の理論的な理解により、現代物理学における最重要課題の一つである高温超伝導発現機構の解明への手がかりが得られることが期待されます。


図2:電子の動く方向の角度を変化させたときの超伝導ギャップ(超伝導電子対の結合の強さ)を模式化したもの

水平・垂直方向でギャップは大きく、斜め方向でゼロとなるクローバー型を示すものはd波超伝導とよばれる。ギャップが大きい方向では超伝導電子は動きやすいのに対し、ゼロ点付近で量子ゆらぎが発達し(赤色でその度合いを示す)、電子が重く、動きにくい状態となっている。

本研究の一部は、文部科学省新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」、グローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」、科学研究費補助金の助成を受けて行われました。

用語解説

量子ゆらぎ

物質の温度を変化させると、一つの状態(相)から別の状態(相)に変化します。例えば磁石を暖めると、ある温度において急に磁力が消失してしまいます。このような現象は相転移と呼ばれ、物理学の中心的課題の一つです。相転移の近傍では、均一な状態からのずれ(ゆらぎ)が大きくなりますが、通常これは熱によってゆらぎが引き起こされていると考えることができます。しかしながら、この相転移は熱ゆらぎの存在しない絶対零度でも、圧力、化学組成などの温度ではないパラメーターを変化させることによって起こすことが出来ます。このような相転移は量子相転移と呼ばれ、ハイゼンベルグの不確定性原理に由来する量子ゆらぎによって起こるものであり、相転移を起こす点は量子臨界点と呼ばれます。

超伝導ギャップ

超伝導電子のペアを破壊するのに必要なエネルギーで、超伝導対の結合の強さを表す度合いと言えます。従来の超伝導体では超伝導ギャップは方向によらず一定ですが、非従来型の超伝導体では電子の動く方向により大きく変化し、図2のようにゼロとなる方向(ゼロ点)を持つ場合があります。

磁場侵入長

超伝導物質では、転移温度Tc以下の温度に冷却すると、電気抵抗がゼロになり電力消費なしに電流を流すことができ、それと同時に磁場を完全に遮蔽することができる性質(マイスナー効果)を示します。この磁場を遮蔽する能力は、「磁場侵入長」とよばれる物理量で決定づけられます。磁場侵入長の長さ(通常数十~数百ナノメートル程度)は超伝導電子の密度と重さ(有効質量)と密接な関係があり、超伝導状態を記述する上で最も基本的かつ重要な量となっています。

参考文献

[1] K. Hashimoto, K. Cho, T. Shibauchi, S. Kasahara, Y. Mizukami, R. Katsumata, Y. Tsuruhara, T. Terashima, H. Ikeda, M. A. Tanatar, H. Kitano, P. Walmsley, A. Carrington, R. Prozorov, and Y. Matsuda, Science 336, 1554-1557 (2012).

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1221976110
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/169766

"Anomalous superfluid density in quantum critical superconductors"
(量子臨界超伝導体における異常な超伝導電子密度)
橋本顕一郎1, a, 水上雄太1, 勝股亮1, 宍戸寛明1, b, 山下穣1, c, 池田浩章1, 松田祐司1,
J. A. Schlueter2, J. D. Fletcher3, A. Carrington3, D. Gnida4, D. Kaczorowski4, 芝内孝禎1
所属:1 京都大学理学研究科、2 アルゴンヌ国立研究所、3 ブリストル大学、4 ポーランド科学アカデミー、a 東北大学金属材料研究所、b 現大阪府立大学工学研究科、c 現理化学研究所
[DOI] 10.1073/pnas.1221976110