金属ナノキャップを使った超小型光共振器-指向性をもつ高強度ナノ光源の実現に期待-

金属ナノキャップを使った超小型光共振器-指向性をもつ高強度ナノ光源の実現に期待-

2013年2月7日


左からMeng外国人共同研究者、藤田准教授、田中教授

 Xiangeng Meng 工学研究科外国人共同研究者、藤田晃司 同准教授、田中勝久 同教授の研究グループとUrcan Guler 米国パデュー大学大学院生、Alexander V. Kildishev同准教授、Vladimir M. Shalaev同教授の研究グループは共同で、ナノ(100億分の1)メートルサイズの誘電体微小球に金属キャップを被せた複合構造体が超小型光共振器として有望であることを数値計算の手法を用いて明らかにしました。金属ナノキャップ自体が光共振器として働き、また、金属ナノキャップの異方的な構造によって特定の方向への電磁波(光)の放出が促されることから、本研究成果は指向性をもつ高強度ナノ光源の開発につながると期待されます。

 この成果は、2013年2月7日(英国時間)に、英国ネイチャー系オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

背景

 1960年に発明されたレーザーは、光通信や光記録用光源として現代社会の高度情報化の一翼を担うと同時に、精度の良い計測、金属やセラミックスの加工、レーザーメスなど、さまざまな分野で実用化されています。レーザーの語源は、英語の「Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation」の頭文字LASERであり、その意味は「誘導放出による光の増幅」です。太陽光や電灯の光などの自然光とは異なり、レーザー光は指向性・単色性・干渉性に優れ、高いエネルギー密度をもっています。レーザー光を作り出すためには、光を発生する利得媒質と、それを閉じ込める共振器を必要とし、共振器の大きさは数十から数百マイクロメートル(1マイクロメートル=1000ナノメートル)のサイズになります。光共振器をさらに小型化することはできますが、光の回折限界により光の波長(1マイクロメートル以下)より小さくすることは困難であり、ナノメートルサイズに微細化された電子回路内では用いることができませんでした。

 このため、光の回折限界を超えてナノメートル領域で光を制御(生成や伝搬等)するための研究開発が世界中で行われています。特に、金属のナノ構造を用いると表面プラズモン共鳴により光をナノメートル領域に閉じ込めることができるため、回折限界を超えた微小領域における光の制御が期待されます。2003年に、金属ナノ構造の近傍に量子ドットや色素分子などの利得媒質を配置し、プラズモンエネルギーの損失を補償すると、スぺ-ザーと呼ばれる「誘導放出による表面プラズモンの増幅」が起こり得ることが理論的に示されました(参考文献)。スぺ-ザーの語源は、レーザーと同じくSurface Plasmon Amplification by Stimulated Emission of Radiationの頭文字SPASERから来ています。この機構に基づいて、金属ナノ粒子の表面プラズモンを利用したナノレーザーに関する実験が開始されています。しかしながら、レーザーの特徴である指向性をスぺーザーにおいても実現できるかどうかは明らかではありませんでした。

研究手法・成果

 今回、研究グループは、利得媒質を含む球状の誘電体ナノ粒子に金属キャップを被せたコア-シェル構造(図1)におけるプラズモン共鳴を数値計算の手法で解析し、電荷が+-+-と変化する電気四極子とよばれる共鳴モード(図2)が指向性をもつ発光をもたらすことを明らかにしました。具体的には、利得をもつ半径が100ナノメートルのシリカ(SiO2)粒子に10ナノメートル厚の銀(Ag)キャップを被せた構造に対して光を入射し、入射方向をさまざまに変えたときのプラズモンの挙動を調べました。その結果、電気四極子モードに基づく表面プラズモンの増幅が起こり、かつ、入射光の方向に依存せず、金属キャップの軸方向に沿って電磁波が放出される現象が見いだされました(図3と図4)。また、球状の誘電体ナノ粒子のまわりを完全に金属で覆った構造よりも、放出される電磁波の強度が高いことがわかりました(図4)。このような現象はコア-シェル型構造の対称性を球対称から低下させるだけで現れます。


図1:球状の誘電体ナノ粒子に金属キャップを被せたコア-シェル構造。計算では誘電体内に利得媒質の存在が考慮されている。


図2:金属ナノキャップにおける表面プラズモン共鳴モード。電気四極子モードが指向性をもつ電磁波の放出をもたらす。


図3:電気四極子モードの表面プラズモンの増幅により、金属ナノキャップの軸方向に沿って指向性をもつ電磁波が放出される様子。


図4:コア-シェル構造に対して、入射光の方向(θinc)をさまざまに変化させたときの電磁波の放出方向(θrad)と強度を表す極座標。円の中心からの距離が、放出される電磁波の強度を表す。金属ナノキャップの場合(左図)、金属で完全に被覆された構造(右図)と比べて、指向性をもつ電磁波が放出され、また、その電磁波の強度は高くなる。

波及効果

 指向性の電磁波の放出をもたらす非対称構造は、球のまわりを半分だけ金属で覆う単純なものであり、また、誘電体や金属の種類や大きさを変えることによってさまざまな光共振器を作製すれば、発光波長の制御が可能となることから、ナノ領域での光制御技術が発展し、情報通信からバイオまでさまざまな分野の研究が加速すると予想されます。特に、省電力の照明用光源、高密度の熱アシスト光磁気記録、イメージング技術への応用が期待できます。

今後の予定

 この研究では、数値解析の手法を用いて、利得をもった誘電体ナノ粒子を金属キャップで覆ったコア-シェル構造の基本的な光学特性を示しました。今後は、このナノ構造を実際に作製し、発光特性を評価してナノレーザーの実証に向けた取り組みを行います。現在、100ナノメートルサイズの誘電体ナノ粒子を得るための合成技術は確立されており、そのような粒子に金属キャップを被せることも原理的には可能であるため、指向性をもったナノレーザーが近い将来に実現すると期待できます。

本研究の一部は、日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」および科学研究費補助金基盤研究(B)、挑戦的萌芽研究の助成を受けて行われました。

用語解説

利得媒質と共振器

レーザー発振器は利得媒質と共振器から構成されている。共振器は典型的には2枚の鏡が向かい合った構造をもっている。光励起や電流注入により利得媒質から光が生成され、その光が共振器の中に閉じ込められて光増幅が起こる。

光の回折限界

光の波動性のために、光をレンズで絞り込んでも、スポットサイズは光の波長程度以下には小さくできない。これを光の回折限界という。

表面プラズモン共鳴

金属と誘電体の界面において、金属の伝導電子が電磁波と共鳴して協同的に振動する現象のことをいう。

参考文献

D. Bergman, and M. Stockman, Phys. Rev. Lett. 90, 27402 (2003).
DOI: 10.1103/PhysRevLett.90.027402

書籍情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep01241

Xiangeng Meng, Urcan Guler, Alexander V. Kildishev, Koji Fujita, Katsuhisa Tanaka & Vladimir M. Shalaev,
"Unidirectional Spaser in Symmetry-Broken Plasmonic Core-Shell Nanocavity"
(非対称プラズモニックコア-シェルナノ共振器における方向性をもつスぺーザー)
Scientific Reports 3, Article number: 1241, 2013/2/7/ online
DOI: 10.1038/srep01241


  • 京都新聞(2月8日 27面)および科学新聞(2月22日 2面)に掲載されました。