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水と油を効率的に分離できる柔軟多孔性物質(マシュマロゲル)の開発に成功 -原油回収や分析化学での応用に期待-

2013年1月11日


左から中西准教授、金森助教、早瀬大学院生

 中西和樹 理学研究科准教授、金森主祥 同助教、早瀬元 同大学院生(博士後期課程)、梶弘典 化学研究所教授、福地将志 同特定研究員(当時)のグループの共同研究の成果として、原油回収における水/油分離や分析化学における分離媒体として有効な新しい柔軟多孔性材料(マシュマロゲル)を開発しました。本研究成果は、独化学誌「アンゲヴァンテ・へミー・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition)」誌に掲載されました。

概要

 物質内部に多数の細孔を有する「多孔性物質」は、多量のガス・液体を吸着することから広く利用されています。しかし、スポンジなど高分子発泡体以外には柔軟な多孔性物質はほとんど存在せず、水と油の混合物から油のみを吸着し、かつ迅速に取り出すことはこれまで容易ではありませんでした。本研究チームは、簡単に合成可能でマシュマロのように柔軟な多孔性物質の開発に成功しました。この物質表面は高い疎水性をもつため、スポンジを絞るように水から油を迅速に分離回収することが可能です。

 マシュマロゲルは、多くの有機高分子よりも高温まで安定であり、低温でも脆くならないシリコーン組成のネットワークをもつことから、この材料はこれまでの有機高分子では不可能であった低温・高温での使用も可能です。このことから、これまでにない領域での分離媒体としての応用が期待されます。

背景

 2010年のメキシコ湾原油流出事故は、海域沿岸部に大きな被害を与えました。原油使用量の増加に伴い、このような事故への対応策は重要になってきています。 日本で問題となった1997年のナホトカ号重油流出事故時の沿岸部での対応は、大人数を動員した柄杓での回収作業でした。原油回収用の油/水分離媒体は古くから研究されていますが、たとえば有機高分子発泡体は高温では使用不可能であるなど、使用条件が限られてしまうため、決定的な素材が存在しませんでした。

 一方、先端技術においても油と水の分離は重要なテーマです。製薬や食品産業とも密接に関わる分析化学分野においては、生体試料からの脂質分離など、迅速分析のための高性能な分離・精製ツールが求められています。

研究手法・成果

 私たちのグループは昨年度、有機基としてメチル基をもつメチルトリメトキシシラン(MTMS)とジメチルジメトキシシラン(DMDMS)を前駆体とし、世界的にも珍しい柔軟多孔性材料の合成を発表しました。今回の成果は、メチル基以外にもさまざまな有機置換基を導入(図1)したゲルを作製し、超撥水性・親油性や柔軟性に焦点を合わせて物性面を調べたものです。


図1: マシュマロゲルの前駆体(モノマー)となるケイ素アルコキシド。R1・R2はメチル基、ビニル基、メルカプトプロピル基など有機基を指す。


図2: 2.5リットルスケールのマシュマロゲル(左)と微細構造(右、直方体の大きさは73.1×73.1×30.8μm3

 マシュマロゲルは、シリコーンゴム・樹脂の主成分として知られるポリジメチルシロキサン(PDMS)に似た高分子構造をもっています。私たちはまず、PDMSがもつ撥水性に注目しました。撥水性には、物質表面の分子構造と凹凸が大きな影響をおよぼします。マシュマロゲルの表面はPDMS同様、水を寄せ付けにくい有機基で覆われており、多孔性物質由来の表面の凹凸面はハスの葉のように水を弾く効果を生み出します。実際に水の接触角を調べたところ、超撥水性を示すことがわかりました(図3左)。一方で、有機物(油)に対しては高い親和性を示します。水とヘキサンを混ぜた液体にマシュマロゲルを浸したところ、ヘキサンのみがゲルに吸着され、スポンジのように繰り返し吸着・圧搾することで、水から完全に分離できることを確認しました(図3右)。ヘキサン以外の有機物に対しても同様の効果が確認され、マシュマロゲルを使うことで迅速に水から油を分離できることがわかりました。


図3: マシュマロゲルの超撥水性(左)とOil Red Oで着色したヘキサンを圧搾している様子(右)

 さらにPDMS同様、幅広い温度域で安定な物質であることがわかりました。マシュマロゲルはポリスチレンやポリウレタンなどの有機高分子が分解してしまう300度超の高温から、ほとんどの有機高分子が柔軟性を保つことができない−130度付近の低温でも、柔軟性をはじめとした物性はほとんど変化しません。それどころか、液体窒素中(−196度)でも可逆的に形状を回復できる柔軟性を保つことがわかりました(図4)。


図4: マシュマロゲルから液体窒素を絞り出している様子

 骨格を形成する前駆体の種類を変更することで、機能性をもつ有機鎖を導入することも可能です。スポンジなど高分子発泡体よりも、より厳密に広い範囲で、骨格や細孔の大きさを制御することができるのも特徴です。このことにより、吸着する油の粘性に適した細孔サイズにする、マシュマロゲル表面の有機基を利用して特定物質を吸着させるなど、目的に応じた材料設計を簡単に行うことができます。

 このような優れた特性をもつマシュマロゲルですが、一般にゾル-ゲル法と呼ばれる方法で得られ、前駆体などの薬品を一度に混ぜて出発溶液とし、一定の温度(典型的には80度)に保つだけで、簡単に所望の形に合成(ワンポット合成)することができます。原料は工業的に広く使われている薬品であり、合成方法も特殊な装置や条件は必要ないので、たとえば原油流出現場でも迅速に作製できる材料といえます。


図5: 漏斗の形に合成したマシュマロゲルの作製方法

波及効果

 「油と水の分離」は単純なようで実際には複雑な問題であり、古くから研究されてきたテーマです。原料が安価、合成過程が簡便、用途に合わせて物性設計することも容易なことから、原油回収から最先端の分析化学まで幅広い分野での利用が期待されます。低温条件下での柔軟性を利用すれば、これまでに考えられてこなかった応用も期待できるでしょう。

今後の予定

 この研究では、柔軟多孔性物質マシュマロゲルの分離媒体としての基本特性を示しました。今後はさまざまな有機基をもつマシュマロゲルそれぞれについて、分離媒体としての詳細を解明していく予定です。これらの成果により分析化学技術が発展し、水質測定をはじめとした環境化学や製薬など、さまざまな分野の研究が加速することが期待されます。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1002/anie.201207969

Gen Hayase, Kazuyoshi Kanamori, Masashi Fukuchi, Hironori Kaji and Kazuki Nakanishi.
Facile Synthesis of Marshmallow-like Macroporous Gels Usable under Harsh Conditions for the Separation of Oil and Water.
Angewandte Chemie International Edition. (2013)

 

  • 朝日新聞(1月12日夕刊 6面)、京都新聞(1月11日夕刊 8面)、産経新聞(2月14日 23面)、日刊工業新聞(1月18日 23面)、日本経済新聞(1月13日 30面)、毎日新聞(1月12日 28面)、読売新聞(4月8日 19面)および科学新聞(2月1日 2面)に掲載されました。