癌幹細胞を特定するマーカー同定に成功 ~新世代の癌治療法開発に期待~

癌幹細胞を特定するマーカー同定に成功 ~新世代の癌治療法開発に期待~

2012年12月3日


左から千葉教授、妹尾講師、中西氏

  千葉勉 医学研究科教授(消化器内科学)、妹尾浩 同講師、中西祐貴 同大学院生らの研究グループは、癌幹細胞を特定するマーカーとして「Dclk1」を同定しました。本研究グループは、遺伝子改変マウスを用いた実験でDclk1発現細胞を障害することにより、正常組織への副作用がなく、癌のみを縮小させる理想的な癌幹細胞治療の可能性を示しました。

 本研究成果は、癌幹細胞を標的とした治療法開発の障害となっていた諸問題を解決するもので、新世代の癌治療法開発へ向けた大きな進展が期待されます。なお、この研究成果は英国科学専門誌「Nature Genetics」オンライン版に2012年12月3日(日本時間)に掲載されました。

背景

 癌幹細胞は、癌組織をつくる「親」になる細胞であり、癌の再発、転移などの原因になると考えられています。癌を根絶するためには癌幹細胞の排除が必須であるとの考えに基づいて、癌幹細胞のマーカー(目印)を見いだす努力が精力的に行われ、色々な因子がマーカー候補として挙げられてきました。しかし、そのほとんどは癌幹細胞だけでなく、正常組織の幹細胞にも発現していることが問題でした。つまり、それら既知のマーカーを発現する癌幹細胞を排除して癌を治療しようとしても、正常組織の幹細胞も排除されるために、正常組織にも重大な副作用が生じます(図上)。そのような副作用をなくすためには、癌幹細胞のみに発現して、正常組織の幹細胞には発現していないマーカーを見いだして、治療の標的とすることが必要です。しかしこれまで、大腸癌などの固形癌では、そのような癌幹細胞特異的なマーカーは同定されていませんでした。

研究手法・成果

 千葉教授・妹尾講師らは、消化管幹細胞マーカーの候補遺伝子であるDclk1に着目し、Dclk1-creERT2ノックインマウスを作成しました。同マウスを用いたリニエージ解析によって、正常腸組織ではDclk1は分化したごく少数の細胞に発現しているだけなのに対して、腸に出来た腫瘍ではDclk1が発現している細胞から腫瘍細胞が長期間にわたって供給されることが判りました。重要なことに、遺伝子操作によってDclk1発現細胞のみを選択的に排除すると、正常組織では副作用は見られませんでしたが、腸腫瘍組織を劇的に縮小させることに成功しました(図下)。この研究は、Dclk1が発現する癌幹細胞を標的とすることによって、正常組織への副作用なしに癌のみを治療できる、理想的な癌治療法の可能性を示したものです。


図:従来の癌幹細胞マーカーと新しい癌幹細胞マーカーDclk1

波及効果

 本研究の成果は、癌幹細胞を標的とした治療法を開発する上で、これまで大きな障害になってきた問題を一挙に解決する可能性があります。Dclk1は人の大腸癌でもマウスとよく似た発現パターンを呈していたため、Dclk1発現癌細胞を標的とした人の大腸癌治療の可能性も示唆されました。したがって本研究をさらに発展させることによって、副作用の少ない、新たな癌治療法開発へ向けた大きな進展が期待できます。

今後の予定

 人の大腸癌を対象にした臨床応用を目指して、Dclk1発現細胞を効果的に障害する医薬品開発を検討しています。また、大腸癌に限らず、その他の多くの臓器の癌でも、同様にDclk1発現細胞を標的とした治療法が可能かどうか、検討を進めています。

用語解説

ノックインマウス

ある目的遺伝子を、特定の内臓や細胞で発現するように遺伝子操作したマウス。

リニエージ解析

ある特定の細胞に遺伝子操作を行って、その細胞から生じた子孫細胞を標識し、細胞の親子関係を追跡する方法。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ng.2481

Nakanishi Yuki, Seno Hiroshi, Fukuoka Ayumi, Ueo Taro, Yamaga Yuichi, Maruno Takahisa, Nakanishi Naoko, Kanda Keitaro, Komekado Hideyuki,Kawada Mayumi, Isomura Akihiro, Kawada Kenji, Sakai Yoshiharu, Yanagita, Motoko, Kageyama Ryoichiro, Kawaguchi Yoshiya, Taketo Makoto M, Yonehara, Shin, Chiba Tsutomu.
Dclk1 distinguishes between tumor and normal stem cells in the intestine.
Nature Genetics. 2012/12/02/online


  • 朝日新聞(12月3日 夕刊1面)、京都新聞(12月3日 24面)、産経新聞(12月3日 26面)、中日新聞(12月3日 3面)、日本経済新聞(12月4日 14面)および毎日新聞(12月4日 28面)に掲載されました。