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ヒトES/iPS細胞から作った心筋細胞シートで不整脈モデルを開発-心臓病メカニズムの解明と細胞治療の安全性評価に貢献

2012年12月3日


左から中辻拠点長、門田氏

 中辻憲夫 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長(幹細胞生物学)、コンスタンチン・アグラゼ 同教授(生物物理学)、門田真 医学研究科博士課程学生(アグラゼグループ所属、中辻グループ受入、循環器学)らは、ヒト胚性幹(ES)細胞・人工多能性幹(iPS)細胞から分化させた心筋細胞シートを用いて不整脈の心臓病モデルを作成し、薬剤による不整脈の治療効果を再現することに成功しました。この成果は、ヒトES/iPS細胞を用いた不整脈メカニズムの解明と新たな治療法の開発、さらには細胞治療への安全性評価に貢献することが期待されます。

 本論文は、欧州心臓病学会誌「ヨーロピアン・ハート・ジャーナル」電子版でロンドン時間2012年11月30日18時に公開されました。

概要

 本研究グループは、ヒト多能性幹細胞(ES/iPS細胞)から心筋細胞に分化誘導させた後、その心筋細胞を低密度で培養することで、心筋梗塞後などに出現する不整脈の原因となる旋回波(心臓内における興奮の旋回)を起こす心筋細胞シートが形成されることを発見しました。また、心筋細胞を比較的高密度で培養した場合は、興奮旋回を起こしにくい正常な心筋細胞シートが形成されました。さらに、旋回波が起こっている心筋細胞シートに抗不整脈薬を投与することで、その旋回波を止めることができることを示し、病状の再現だけでなく実際に臨床で使用されている薬剤の治療効果を再現することに、世界で初めて成功しました。これまで心筋細胞シートを用いた病態研究は動物モデルの研究のみであったため、ヒト心臓組織の病状を解明する手段は限られていました。本研究の成果によって、ES/iPS細胞からより臓器に近い形でヒトの心臓病メカニズムを解明することが可能になり、新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。またヒトES/iPS細胞由来の心筋細胞による移植治療を行う際、治療後の移植細胞に起こりうる不整脈の出現リスクを、本研究の心筋細胞シートを用いて事前に評価することができるため、心筋細胞移植治療における安全性評価にも役立つことが期待されます。

背景

 心臓病は世界の死因の1位であり、その中でも心筋梗塞や心筋症において出現する不整脈は突然死の原因とされます。とくに心室性不整脈(心室細動、心室頻拍)は生命にかかわる重篤な疾患であり、電気的除細動(電気ショック)を速やかに行って不整脈を停止する必要があります。しかし、除細動が有効でない場合や不整脈が繰り返し出現する場合には、薬剤治療が必要となります。それらの頻脈性不整脈(リエントリー性不整脈)の出現には心筋細胞の異常興奮が関わっており、持続する不整脈の形態として興奮が旋回することが知られています。こういった不整脈のモデルとしては動物の細胞や組織を使ったものが多く使用されていますが、心拍数や発現する遺伝子などがヒトと動物では異なることから、動物モデルではヒトの心臓における正確な病状の再現や薬剤効果の評価が困難です。そこで、本研究ではヒトES/iPS細胞由来の心筋細胞からヒト心臓モデル(心筋細胞シート)を作成することで、頻脈性不整脈と薬剤による治療効果を世界で初めて再現することに成功しました。

研究手法

 本研究グループは、以前に同グループが開発したヒトES/iPS細胞から高効率に心筋細胞を分化誘導する手法を利用して、大量に作成した成熟心筋細胞から直径12mmの心筋細胞シートを作成しました。シートを作成してから2日から1カ月間培養した後にカルシウム感受性色素を投与することにより、蛍光顕微鏡を用いて細胞興奮が波となってシート上を伝わる様子を観察しました。さらに、高頻度の電気刺激を行うことで不整脈を誘発し、誘発されやすい条件を検証しました。また、誘発された不整脈に対して、抗不整脈薬を投与することで、実際に治療効果を再現できるかを検証しました。また、作成した心筋細胞シートの性質を知るために、免疫抗体染色、遺伝子発現の解析、さらにジョン・ホイザー iCeMS教授らと協力して細胞内・細胞間構造解析などを行いました。

研究成果

 ヒトES/iPS細胞由来の心筋シートをカルシウム感受性色素で標識したところ、その興奮伝播の様子が、図1Aに示すように一様な波形(正常型の波形)として認められました。また、このシートに対し高頻度の電気刺激やナトリウムチャネル阻害剤の投与を行ったところ、伝播速度の低下がみられ、生理学的に正常な応答を示しました。また、シート作成後の培養日数に応じて伝播速度が上昇していることから、心筋細胞シートを長期培養することで組織的な成熟化が進んでいることが示唆されました。さらに免疫抗体染色の解析では約90%が心筋細胞であること、また細胞間にギャップ結合と呼ばれる電気的興奮の伝達に必須な構造が多く認められる(図2)ことなどから、この心筋細胞シートが実際の心臓の組織に比較的近いものであることが裏付けられました。


図1:心筋シートにおける興奮伝播波形。赤矢印は進行方向を示す。
A:一様に伝わる波形、B:細胞濃度の低いシートにおいて高頻度刺激により誘発された旋回波形(頻脈性不整脈モデル)


図2:心筋細胞間構造を示す電子顕微鏡写真。介在板とよばれるギャップ結合などの細胞間構造が多数認められた

 シート作成時に播く細胞数を調整すると、より低い濃度の細胞シートにおいて図1Bのような旋回する波形(不整脈モデル)が誘発されやすい傾向を示しました。これは、心筋細胞の密度が特に低い部分において興奮性が低下することで、一様な伝達が困難になり、結果として興奮が旋回するために起こります。このような興奮性の低下と旋回は実際の心臓においても心筋梗塞後などで見られる現象であり、この心筋細胞シートが病態を再現する不整脈モデルとして適切であることを示しています。

 さらに、誘発された旋回波(不整脈モデル)に対して種々の薬剤を投与したところ、特に抗不整脈薬であるいくつかのカリウムチャネル阻害剤による興奮波の消失(治療モデル)が認められました。抗不整脈薬の一つであるニフェカラントを投与すると、図3に示すように旋回する波の中央部で非興奮領域が増大し、その後旋回波が消失することが分りました。これらの反応は、一般的によく利用されるラット細胞シートを用いた不整脈モデルでは確認することができなかったため、ヒト由来の心筋細胞に特徴的な現象であると考えられます。このようにヒトES/iPS細胞由来の心筋細胞シートが、ヒトにおける薬剤効果の評価手段として大変利用価値の高いものであることが示されました。


図3:心筋細胞シートにおける旋回する興奮波(不整脈モデル)を示した連続画像と合成画像(右)。
A:薬剤投与前、B:薬剤(カリウムチャネル阻害剤ニフェカラント)投与後

 なお、この心筋細胞シートはこれまでにない再現性と簡便性を持ったヒトの頻脈性不整脈モデルですが、培養皿上の平面的な二次元モデルであり、実際の心臓のように三次元的に成熟した構造ではありません。これについては今後の課題となっています。

今後の期待

 本研究は、ヒト由来の心筋細胞シートを用いることで、頻脈性不整脈の病状と治療のメカニズム解明を可能にしました。今後は、不整脈治療に使える新薬のスクリーニングへの応用や、電気的除細動(電気ショック)による頻脈性不整脈に対する治療のメカニズム解析にも利用可能で、より有効で新しい治療法の開発が期待されます。また、将来的にヒトES/iPS細胞は再生医療に利用されることが期待されています。その心筋移植治療を行う前段階において、治療後の副作用の一つと考えられる不整脈の出現リスクを評価する手段として、細胞治療の安全性評価に役立つことが期待されます。

用語解説

リエントリー性不整脈

心拍数が100回/分を超える頻脈性不整脈のメカニズムの一つであり、異常興奮が心臓内を旋回することで起こることから、リエントリー(ぐるぐる回り続けるという意味)と呼ばれる。またその興奮旋回の様子は、渦を巻く様に見えるためスパイラル波とも呼ばれる。特に心室性の不整脈においては、興奮旋回の周期が心拍数に影響するため、持続すれば心室の収縮力を保てなくなり、血液の循環に破たんをきたし致死性になる可能性がある。

ヒトES/iPS細胞から高効率に心筋細胞を分化誘導する手法

本研究は、中辻憲夫 iCeMS拠点長、上杉志成 同教授、饗庭一博 同講師、南一成 同研究員らによる研究成果「ヒトES/iPS細胞から臨床応用に適した心筋分化誘導法を開発:安全・安価・高効率な再生医療の実現化に大きく貢献」(日本時間2012年10月26日、米科学誌「セル・リポーツ」電子版に論文掲載)を利用して行われた。

カルシウム感受性色素

心筋細胞では、カルシウムイオンチャネルを介してカルシウムイオンが細胞内に流入することにより筋収縮が起こる。カルシウム感受性色素は、カルシウムイオンが結合することで蛍光を発する化合物であり、これを用いて心筋組織において興奮が伝わる様子を観察することができる。

抗不整脈薬

一般的に不整脈に対する治療薬を指し、ナトリウムチャネルやカリウムチャネルなど、阻害する部位やその組み合わせが多種類ある。また、不整脈の種類によっても使用される薬剤が違い、投与することで別の不整脈を誘発する可能性や心拍数・心筋の収縮力を変化させる可能性がある。

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業・若手研究 (B) 課題「ケミカルスクリーニングによるES/iPS細胞-心筋分化促進化合物の発見と機能解析」(2011~2013年度/代表者:南一成)、特別研究員奨励費課題「興奮伝導性をもつ心筋組織の再生」(2010~2012年度/代表者:門田真)の一環として行われました。

論文タイトル・著者

[DOI] http://dx.doi.org/10.1093/eurheartj/ehs418

“Development of a reentrant arrhythmia model in human pluripotent stem cell-derived cardiac cell sheets”
Shin Kadota, Itsunari Minami, Nobuhiro Morone, John E Heuser, Konstantin Agladze, Norio Nakatsuji
European Heart Journal

関連リンク

iCeMSウェブサイトでのニュースリリース(2012年12月1日)
http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2012/12/01-nr.html

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  • 朝日新聞(12月1日 夕刊7面)、京都新聞(12月1日 30面)、産経新聞(12月1日 2面)、日刊工業新聞(12月3日 17面)、日本経済新聞(12月1日 42面)、毎日新聞(12月1日 2面)および読売新聞(12月1日 38面)に掲載されました。