DNA/RNAを分離・濃縮する熱泳動の分子構造依存性を解明 -温度勾配で分子を操作、構造変化を検出する新技術へ-

DNA/RNAを分離・濃縮する熱泳動の分子構造依存性を解明 -温度勾配で分子を操作、構造変化を検出する新技術へ-

2012年10月16日


前多 特定助教

 前多裕介 白眉センター特定助教らの研究グループは、高分子溶液中に温度勾配を形成することで起こる熱泳動現象がDNAやRNAの折り畳み構造に応じて分離するメカニズムを明らかにしました。DNAやタンパク質、コロイド粒子などの物質が温度勾配のもとで低温側に一方向に泳動される熱泳動現象が知られています。近年、熱泳動の物理的機構の研究が世界中で活発に行われるとともに、熱泳動を利用した新しい分析技術の開発が進められています。

 本研究では、高分子溶液中における熱泳動が添加高分子の濃度勾配を形成することで異なる大きさのDNAやRNAを分離・濃縮する「分子ふるい」が起こり、このプロセスにはDNAの凝縮構造やRNAの塩基対形成など立体構造の影響が顕著に現れることを明らかにしました。分子の折り畳み構造により泳動の輸送方向を制御できることから、温度勾配の元で複雑な構造をもつ核酸高分子が輸送を介して選択される機構を示唆します。明らかにされた分子構造と輸送の密接な相関は、温度勾配を形成するだけで分子構造の変化を検出し捕捉する、新しい分子操作・分析技術に発展することが期待されます。

 本研究成果は、2012年10月15日(米国東部時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA(米国科学アカデミー紀要)」のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景

 高温と低温で温度の差がある二つの場所の間には、温度勾配が生じます。物質が温度勾配にさらされると、高温側もしくは低温側へと一方向的に運ばれ、濃度勾配が生じる輸送現象が知られています。これは熱泳動またはソーレ効果と呼ばれ、水溶液や電解質中に分散する荷電コロイド粒子やDNAなど荷電高分子をモデルとして、粒子表面の静電的性質や水の流体相互作用を考慮した熱泳動の理論が考案され、実験により定量的な検証が行われるなど世界中で活発に研究が行われています。さらに、タンパク質複合体の解離定数を熱泳動から計測するといった分析技術への応用も進められています。

 水溶液中に分散するDNAやコロイド粒子は高温側から低温側へと熱泳動されますが、溶液中に高分子ポリエチレングリコール(PEG)などを添加すると泳動の方向が逆転して高温側に捕捉されることが知られていました。これは熱泳動によって溶液中のPEGが濃度勾配を形成し、DNA表面やコロイド表面のPEG濃度勾配に比例した静水圧の不均衡が誘起されることでコロイド粒子らが低PEG濃度領域へ泳動(拡散泳動)され、熱泳動に逆らって高温側へと押し戻されるためです。本研究グループは2.5%程度のPEG10,000溶液中で0.25K/µmの温度勾配(最大温度差5K)を形成すると、大きい分子ほど高温側に、小さい分子ほど低温側にと異なる大きさのDNAやコロイド粒子が異なる場所に集まり、サイズ依存的な局在パターンがうまれることを発見していました(図1)。局所的に温度勾配を形成するだけで物質をその大きさに応じて分離する「分子ふるい」となることを示しており、コロイド粒子(20nmから2µm)やDNA(100bpから48kbp)まで異なる大きさの物質を幅広く分離・濃縮できるため、新たな分子操作技術の開発につながることが期待されています。

 しかし、DNAと固体粒子で大きく異なる点があります。それは、DNAは”紐”であり、球形に定まったコロイドとは異なり立体構造を取りえます。これまで紐状の高分子の立体構造が熱泳動による分子分離・濃縮に与える影響は未解明でした。


図1:局所温度勾配作成に用いた装置と高分子溶液中でのDNAの熱泳動

(A) 本研究で用いた温度勾配形成装置。赤外線レーザーで水を局所加熱し、0.25K/µmの温度勾配を構築する。(B) PEG溶液中におけるT4 DNAが示す定常分布。DNAを蛍光色素で染色し、その分布を定量的に測定した。左:局在(2.5%PEG)、中央:濃縮(5.0%PEG)、右:DNA濃度の分布。(C) 異なる長さのRNA分子を温度勾配で分離(4.0%PEG)

研究の内容

  本研究グループは6kbpを越える長鎖DNAを2.5%PEG溶液中で熱泳動させると、10kbpを越えるDNAがあたかも0.2kbpまで小さくなったかのように低温側に局在し(図2)、4.5%を越えるPEGを加えなければ長鎖DNAを完全に高温側に捕捉できない変則点が存在することを見出しました。T4 DNA(T4ファージのゲノムDNA、全長166kbp)を用いて、PEG溶液中のDNA一分子の様子を蛍光顕微鏡で観察することでサイズ変化を定量的に評価しました。その結果T4 DNAはPEG溶液中でコンパクトに凝縮し粒状の状態をとるコイル-グロビュール転移を起こしていることを突き止め、熱泳動に駆動される際にも小さく凝縮した構造をとることを明らかにしました(図2)。したがって見出された変則点はDNAが粒状に折り畳まれることに伴う流体力学的半径の減少から、拡散泳動の駆動力が減じたことに起因すると考えられます。


図2:DNAの熱泳動の特異点とコイル-グロビュール転移

長鎖DNAが示す変則的な熱泳動(左図)。コイル-グロビュール転移により長鎖DNAの実効的サイズが小さくなるため(右図)、10kbp付近を境にDNAが低温側へと変則的に局在するようになる。

 さらに、20塩基以下の小さなRNAのPEG溶液中の熱泳動を計測したところ、ステム-ループ構造をもつRNAは高温側に捕捉されるのに対し、立体構造を持たないpoly-U RNAは低温側へと輸送され、構造の有無によりRNAの輸送方向が逆転することを発見しました(図3)。7bpより長い二本鎖RNAは高温側に捕捉され、その鎖長に対し指数関数的に濃縮率が増大することから、塩基対を介した剛直な二本鎖構造が分子濃縮の駆動力発生に寄与していると考えられます(図3)。以上の研究から、局所温度勾配による熱泳動を計測することで、DNAの構造相転移と分子輸送の相関、RNA構造と分子輸送の方向制御を世界で初めて確認しました。得られた知見はDNAやRNAという立体構造がその機能(遺伝情報の保持、酵素活性)に重要な役割を果たす”紐状”高分子に特徴的であり、熱泳動が高分子の微小な構造変化を検出するポテンシャルを備えることを意味します。


図3:RNAの熱泳動とステムループ構造依存性

ステムループ構造をもつRNAは高温側に捕捉され、塩基対形成をしないpoly-U RNAは逆方向に輸送される(左図)。RNAの折り畳み構造の有無によって分子ふるいが実現される。

今後の展開

  T4 DNAのように大きな高分子の局在と濃縮を拡散泳動と熱泳動の拮抗から説明できるのに対し、20塩基程度のRNAのように小さな分子が輸送される際には拡散泳動の仕組みを直ちに適用することができません。本研究で得た構造依存性を手がかりとして、熱泳動の微視的メカニズムを理解することが今後の課題です。また温度勾配は自然界によく見られ、海底の熱水噴出孔付近では豊富な化学物質と大きな温度勾配があることが知られています。本研究で得た知見は、温度勾配によりRNA分子のプールから構造や機能を持つRNA酵素が選別され、RNAワールドの誕生に向かう”生命の起源”への物理的シナリオを示唆します。さらに、本研究で明らかにした熱泳動/拡散泳動による分子の濃縮は、物質の荷電状態などによらないことを確認しています。これは光ピンセットや磁気トラップなど従来の分子操作法に比較して、マテリアル依存性が弱いという優位性を持ちます。本研究で明らかにしたメカニズムを基礎に、温度勾配による分子構造の新しい分析手法や、生体分子や細胞を巧みに制御する組織工学に資する新しい操作技術への利用が期待されます。

 本研究はJST(科学技術振興機構)戦略的創造研究推進事業 個人研究(さきがけ)研究領域「細胞機能の構成的な理解と制御」(研究総括:理化学研究所発生再生科学総合研究センター プロジェクトリーダー 上田泰己)における研究課題「分子輸送から解く生命の起源:構造、情報、輸送の動的結合の解明と新たな分子操作技術の確立」の一環として行われ、アルバート・リップシャーバー ロックフェラー大学教授と共同で行ったものです。

論文情報

論文名

Effects of long DNA folding and small RNA stem-loop in thermophoresis

掲載誌

Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA
[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1215764109

著者

Yusuke T. Maeda(京都大学白眉センター、JSTさきがけ)、Tsvi Tlusty(イスラエル・ワイズマン研究所)、Albert Libchaber(米国ロックフェラー大学)


  • 日刊工業新聞(10月22日 17面)に掲載されました。