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ナノ純薬による抗癌剤の開発 ~副作用の無い次世代ドラッグデリバリーを目指して~

2012年9月6日

 村上達也 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)助教らは、笠井均 東北大学多元物質科学研究所准教授らとの共同研究により、強い抗癌特性を有することで知られるSN-38(図1)の2量体化合物(図2)を新規合成し、難水溶化とした後、同化合物を再沈法という独自のナノ化技術を駆使して、抗癌性PND(約50nm:図3)を作製することに成功しました。

 薬理効果を有する難水溶性化合物のみで構成されたキャリアフリーのナノ粒子「ナノ純薬(Pure Nano Drugs(PND))」を創製すれば、副作用の無いドラッグデリバリーシステムを構築し得ますが、これまでにこのような発想が抗癌剤として試用されたことはありませんでした。

 今回作製した抗癌性PNDには、癌細胞内への浸透性が向上するという特徴が見られることが分かったため、現行の抗癌剤として広く使用されているイリノテカン(SN-38に化学的に水溶化を施した分子:図1)と比較する目的で、約10倍希薄な低濃度の水分散液を癌細胞(HepG2)の培地に投入したところ、癌細胞をイリノテカン以上に死滅させることができることが判明しました(図4)。将来的には、少量の使用で、効果的なPNDによるドラッグデリバリーの実用化を目指します。

 今回の研究成果は、国際学術誌Angewandte Chemie(アンゲバンテ・ケミー)の電子版に掲載されました。

これまでの経緯

 薬剤用に合成される化合物に対しては、水に溶解するような置換基を導入することで、水溶性薬剤として使用することを目指すのが一般的です。ところが、最近の合成技術の高度化もあり、一見複雑な置換基を有する化合物が増えてきており、約半数が難水溶性を示すという現状があります。この場合、高い分散安定性を有しつつ、Enhanced Permeation and Retention(EPR)効果のような効率的な薬理効果を発現させるためには、ナノ製剤化が不可欠です。ちなみに、EPR効果は、20~100nmのナノ製剤に発揮しやすいとされますが、その中での最適サイズは明らかになっていません。このような状況下、我々は、難水溶性で、抗癌性を有する化合物として知られたSN-38に着目しました。実は、SN-38に水溶性置換基を付けたイリノテカンは既に上市されていますが、人体に投与後、カルボキシエステラーゼにより、薬理活性を有するSN-38に転換し、抗癌作用を示すというプロドラッグです(図1)。そこで、SN-38について、研究チームが20年間以上追及してきた「有機ナノ結晶の作製技術」である再沈法(対象化合物の溶液を貧溶媒中に急速注入し、溶質を再沈澱させる手法)を用いて、SN-38のみで構成されるキャリアフリーで、かつ疎水性表面を有するナノ純薬(「Pure Nano Drugs」:PND)を作製すれば、EPR効果を発現しつつ、高い細胞浸透性を有する次世代薬剤となり得ると着想しました。これは、一般に、細胞膜を構成するリン脂質においては、親水性の物質に比べて、疎水性の物質の方が細胞内への透過性が良いとされていることに基づくものです。

本研究の内容

 上記のアイデアをSN-38に適用し、「再沈法」によりナノ粒子化を試みた結果、SN-38のナノファイバーしか得られないことが明らかとなりました(図5)。再沈法の特徴としては、貧溶媒である水に対する溶解度がより低い化合物を対象としたとき、ナノ粒子化が速くなり、微小化しやすくなることが既に判明しています。そこで、図2のようなSN-38の2量体化合物を新規合成し、水に対する溶解度を下げることにより、再沈法にてナノ粒子を作製することを着想しました。果たして、SN-38カルバメート結合やエステル結合で連結した2量体化合物を合成することに成功し、それらの化合物のナノ粒子化を試みた結果、走査型電子顕微鏡観察により、図3のような約50nmのナノ粒子が得られることが分かりました。加えて、2量体ナノ粒子の水分散液は、安定な分散性を示すことや冷凍保存後、超音波照射で、分散液に戻ることが明らかになりました。

 作製されたSN-382量体ナノ粒子やイリノテカンを用いて、HepG2細胞による細胞試験を行った結果が図4です。図4の縦軸に薬剤投与の48 時間後の癌細胞の生存率を、横軸にSN-38の単量体の濃度を示しました。その結果、再沈法により作製したSN-382量体ナノ粒子(■、●)が、現在上市されているイリノテカン(◆)よりも、高い抗腫瘍効果を示すことが判明しました。

 ドラッグデリバリー(DDS)技術に関する先行報告例は多数ありますが、ポリマーに包接する研究が一般的であり、キャリアフリーのナノ薬剤粒子に関する既報研究論文の数はごく少数であり、抗癌性ナノ薬剤に関する研究は皆無といえます。また、本研究のように、癌細胞内部までDDSすることを念頭に入れている技術もこれまでにありませんでした。

 本研究で開発されるナノ純薬の優位性としては、キャリアフリーであるゆえにポリマーによる副作用が無い上、「再沈法と2量体化によるナノ純薬の作製」という独自に開発した技法は、低コストで、大量生産が可能な手法であることが挙げられます。さらに、EPR効果やステルス効果が発現しやすいサイズであり、図4のように上市薬であるイリノテカンの1/10以下の投与量としても優れた薬効を発揮できる可能性を有します。今後、副作用の無いドラッグデリバリーシステムに向けて、企業への技術移転を図るとともに、マウスなどの小動物を用いたin viboの実験系に進む予定です。ちなみに、本研究における発想は、JSTから「特願2010-133486」に特許出願中であり、PCT出願も決定済みです。

論文情報など

[DOI] http://dx.doi.org/10.1002/anie.201204596

題目

Creation of Pure Nanodrugs and Their Anticancer Properties
(ナノ純薬の創製とそれらの抗癌特性)

著者名

笠井均1)*、村上達也2)、幾田良和1)、小関良卓1)、馬場耕一3)、及川英俊1)、中西八郎1)、岡田正弘4)、庄司満5)、上田実6)、今堀 博3,7)、橋田 充3,8)

所属名

1)東北大学多元物質科学研究所、2)京都大学WPI-iCeMS、3)大阪大学大学院医学研究科、4)中部大学応用生物学部、5)慶応義塾大学大学院薬学研究科、6)東北大学大学院理学研究科、7)京都大学大学院工学研究科、8)京都大学大学院薬学研究科

掲載誌

Angewandte Chemie International Edition

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のさきがけおよび研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)、旭硝子財団研究奨励費による支援を受けて実施されました。

関連リンク

ナノ純薬による抗癌剤の開発(東北大学のプレスリリース)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2012/09/press20120906-01.html

 

  • 日刊工業新聞(9月12日 21面)および科学新聞(9月28日 4面)に掲載されました。