統合失調症に神経回路の異常が関わることをMRIで同定—最新の解析技術を用いて病態の解明に貢献—

統合失調症に神経回路の異常が関わることをMRIで同定—最新の解析技術を用いて病態の解明に貢献—

2012年9月4日


左から村井教授、高橋准教授、宮田助教、久保田博士課程学生

 統合失調症は、およそ100人に1人の割合で発病する精神疾患です。精神疾患は厚生労働省が指定する国民の5大疾病の一つですが、その中でも特に中核的な病気とされています。よくみられる症状としては、幻聴(自分の悪口が聞こえてくる)、妄想(自分が狙われている)、思考の障害(考えがまとまらなくなる)、意欲の障害(やる気が起こらなくてひきこもってしまう)などがあります。脳の病気と想定されていますが、非侵襲的に実際の患者の脳内を調べる方法や検討できる項目が限られ、その詳しい病態や発症メカニズムは未だわかっておらず、治療法も限られているのが現状です。

 このたび、村井俊哉 医学研究科教授、高橋英彦 同准教授、宮田淳 医学部附属病院助教、久保田学 医学研究科博士課程学生らのグループは、福山秀直 医学研究科附属脳機能総合研究センター教授らと共同で、統合失調症患者と健常被験者を対象としてMRI撮像を行いました。そして、最新の脳画像解析技術を組み合わせることによって、脳内の異常を多面的に検証し、統合失調症の病態に重要な役割を担うと考えられる特定の神経回路の異常を同定しました。

 この成果は、米国医学誌Archives of General Psychiatry(アーカイブス・オブ・ゼネラルサイキアトリー)誌のオンライン版にて9月3日付け(米国中部時間・夏時間9月3日15時)で発表されました。

研究の背景および概要

 精神疾患は、国民の5大疾病の一つです。統合失調症はその中でも特に重要な疾患で、およそ100人に1人の割合で主に思春期に発症することが知られています。幻聴(自分の悪口が聞こえてくる)、妄想(自分が狙われている)、思考の障害(考えがまとまらなくなる)、意欲の障害(やる気が起こらなくてひきこもってしまう)などを特徴として長い経過を示しますが、発病の原因は未だ不明で治療法も限られているため、その後の人生への影響も少なくありません。

 これまでの患者の死後脳の研究や動物モデルからは、脳内神経回路の不調、特に視床と呼ばれる部位と前頭葉と呼ばれる部位を結ぶ回路に異常がある可能性が指摘されています。さらに、視床の投射先の前頭葉において、大脳皮質の層構造にも異常があると報告されてきました。これらの知見は重要ですが、どこまで統合失調症患者の生体内で起こっていることを反映しているか不明でありました。

 一方、MRIなど神経画像を用いた研究は、実際の患者の脳の形態を非侵襲的に調べることができる貴重な方法です。しかし、一般的なMRI研究では脳の形態の異常や体積を検討するに留まり、統合失調症でも、脳の様々な部位の形態や体積の異常を検討する研究が主流でした。そのため、死後脳や動物モデル研究で想定されている神経回路や大脳皮質の異常を詳細に検討する研究が不十分でした。しかし近年、MRI画像の解析手法が進歩し、神経回路を構成する神経線維や大脳皮質を詳細に検討することが可能になってきました。

 そこで、今回研究チームでは、37人の統合失調症の患者と36人の健常被験者に対して頭部MRI撮像を行い、最新の画像解析方法を組み合わせ、統合失調症患者における視床と前頭葉を結ぶ神経線維や前頭葉の大脳皮質について多面的に解析を行いました。

結果

 患者群では、視床(図1、3の赤色の部分)と眼窩前頭皮質(前頭葉の中でも下面、眼球の奥の少し上の部分)をつなぐ神経線維(図3の青色部分)の結合が弱まっていました。また、患者群においては、この結合の弱まりの度合いと、神経線維が直接結合している大脳皮質領域の厚みの減少が強い相関を示していましたが、健常被験者のグループではそのような相関は見られませんでした。


図1:視床(赤色)と前頭葉の内側(黄緑色)を結ぶ神経線維


図2:a(左)、b(右):大脳皮質の厚みの測定(赤色部分と青色部分の距離)


図3:視床(赤)と眼窩前頭皮質(前頭葉の下面)を結ぶ白質神経線維(青色部分)

患者群ではこの神経線維の結合の弱まりがみられた。患者群においてのみ、その神経線維の結合の弱まりは、直接結合している大脳皮質領域(黄緑色・水色の部分)の厚みの減少と強い相関を示した。

まとめと意義

 今回の結果から、統合失調症患者においては、視床と前頭葉を結ぶ特定の神経回路内において、神経線維の異常と、直接結合している大脳皮質の異常とが関係していることが示されました。実際の患者を対象とし、最新のMRI解析技術による多面的な検討を行った結果、このような神経回路における神経線維の病変と大脳皮質の病変をともに巻き込むような病態を明らかにしたことで、統合失調症の発症の機序の理解や、これをターゲットとする新たな治療開発へとつながる可能性が期待されます。

用語解説

視床

脳の深部に位置する。脳内の様々な情報を統合する役割を持ち、前頭葉など脳の多領域と多くの神経線維連絡を持つ。

前頭葉

脳の前半分にある領域で、思考・意欲・創造性など人間で高度に発達した、脳の最高中枢と考えられている部位。

眼窩前頭皮質

前頭葉の内側前下面領域。前頭葉の中でも特に意思決定や学習に関わるとされる部位。

論文情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1001/archgenpsychiatry.2012.1023

[書誌情報]
Manabu Kubota, Jun Miyata, Akihiko Sasamoto, Genichi Sugihara, Hidefumi
Yoshida, Ryosaku Kawada, Shinsuke Fujimoto, Yusuke Tanaka, Nobukatsu
Sawamoto, Hidenao Fukuyama, Hidehiko Takahashi, Toshiya Murai
Thalamocortical disconnection in the orbitofrontal region associated
with cortical thinning in schizophrenia. Archives of General Psychiatry.
Published online September 03, 2012.
doi: 10.1001/archgenpsychiatry.2012.1023

 

  • 朝日新聞(9月13日 17面)、京都新聞(9月4日 25面)、産経新聞(9月4日 20面)、日刊工業新聞(9月6日 21面)、毎日新聞(9月4日 23面)および読売新聞(9月4日 33面)に掲載されました。