3次元多孔性材料で規則配列したナノ結晶薄膜の成長に成功 -機能集積ナノデバイスへの応用に期待-

3次元多孔性材料で規則配列したナノ結晶薄膜の成長に成功 -機能集積ナノデバイスへの応用に期待-

2012年7月19日

 京都大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、物質・材料研究機構の共同研究グループは、3次元的に頑丈な多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer:以下、PCP)を特定の方向に配列(配向)させたナノメートルオーダーの膜厚を有する結晶薄膜の作製に成功し、この薄膜が可逆的なガス吸脱着反応の機能を有することを確認しました。

 高いガス吸着特性と高い規則性(結晶性)を有するPCPは、ガス分子の高効率分離・濃縮機能や空孔内部での反応など様々な機能が期待できるため、異なる機能を持ったPCPを集積することで、高効率な燃料電池など、様々なエネルギー関連素子を作製することが可能となります。このような素子構築には、異種PCPを密着して集積するために、複数のPCP膜の結晶の向きをそろえて作製(配向成長)することが必要不可欠です。しかし、これまでは平面的に剛直なPCP以外での配向成長には成功しておらず、機能の多様性と作製した素子の耐久性、集積時の異種PCP間の密着性を実現するためには、3次元方向に剛直なPCPの結晶を配向成長させる技術の実現が切望されていました。

今回、本研究グループは、配向成長に適切な基板とその表面加工、3次元方向に剛直性を示しながらも成長方向が制御できる骨格形成材料を選ぶことで、配向成長した3次元PCPのナノ薄膜作製に成功しました。また、このナノ薄膜において、可逆的なガスの吸脱着反応が起こることに加え、骨格構造の変化を伴わずに吸脱着反応がおこなわれるといった剛直性を確認しました。これらナノ薄膜の配向成長や吸脱着時の構造変化は、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線による精密な回折実験により初めて確認できたものです。

この研究成果は、異なる機能を持ったPCPを集積した新たな機能素子を作製する基盤技術となるため、ナノ薄膜での機能素子の研究開発が大きく加速され、燃料電池の高性能化などへの応用が期待されます。

本研究成果は、大坪主弥 理学研究科特定助教、北川宏 同教授らの研究グループによるもので、米国科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」の6月13日号に掲載されました。

研究の背景

 活性炭に代表される吸着剤は、分子を取り込み吸着する役割を果たす物質であり、物質内部に多数の細孔を有することから「多孔性物質」と呼ばれ、幅広く利用されています。なかでも、細孔サイズが2nm以下でのものを「ミクロ孔」と呼び、細孔サイズが分子サイズに近いことから様々な分子の吸着・分離(分子ふるい)への応用研究が盛んに行われてきました。

 高いガス吸着特性と高い規則性(結晶性)を有するPCPは、ガス分子の高効率分離・濃縮機能や空孔内部での反応など様々な機能が期待できるため(図1)、従来の多孔性物質である活性炭やゼオライトに比べ幅広い応用が期待されています。更に、設計性や物質群の多様性に優れるため異なる機能を持ったPCPを作製することも可能です。これら異なる機能を有するPCPを集積することで、高効率な燃料電池など、様々なエネルギー関連素子を作製することが可能となります。このような素子構築には、異種PCPを密着して集積するために、複数種類のPCP膜の結晶の向きをそろえて作製(配向成長)することが必要不可欠です。しかし、これまでは2次元方向に剛直なPCP以外での配向成長には成功しておらず、機能の多様性と作製した素子の耐久性、集積時の異種PCP間の密着性を実現するためには、3次元方向に剛直なPCPの結晶を配向成長させる技術の実現が切望されていました。


図1:多孔性配位高分子(PCP)の構築と多様な機能

PCPは、金属イオンと配位子が自己集合することで規則的な骨格を形成します(図下部)。このようにして形成されたPCP内細孔では、ガス分離、貯蔵、凝縮から触媒反応、高分子合成などが期待され、光など外部刺激による状態や機能変化も期待できます。

研究内容と成果

 本研究グループは、配向成長に適切な基板とその表面加工、3次元方向に剛直性を示しながらも成長方向が制御できる骨格形成材料を選ぶことで、配向成長した3次元PCPのナノ薄膜作製に成功しました(図2)。薄膜の作製は以下の手順で行いました。まず、4-メルカプトピリジンのエタノール溶液に金を蒸着した単結晶シリコン基板を浸すことで、自己組織化単分子膜を作製し、その後、配位高分子の構成要素となる鉄イオン、テトラシアノ白金錯体、ピラジンを含む三種類のエタノール溶液に次々に浸します。これらの一連の手順を30サイクル繰り返すことにより(Layer-by-Layer法)、鉄イオンとテトラシアノ白金錯体から構成される2次元レイヤー構造と、柱となるピラジンが交互に導入され、レイヤーが柱によって支えられた剛直な3次元の骨格(ピラードレイヤー構造)が基板上に精密に層数が制御されて生成します。


図2:結晶配向性3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜の作製

単結晶シリコン基板上金薄膜(シリコン/クロム/金基板)に4-メルカプトピリジンで形成された自己組織化単分子膜(SAM)の上に、薄膜の構成要素を交互に導入します。鉄イオンとテトラシアノ白金錯体で形成された2次元レイヤー(赤色、灰色、青色で示した正方格子状の面)と、柱をなす配位子のピラジン(六員環で図示)が交互に積み上げられ、この操作を30サイクル繰り返すことで、基板上に3次元配位高分子ナノ薄膜が形成されます。層内、柱構造ともに配位結合しているため、3次元的方向に剛直な骨格を持つ配向結晶の成長に成功しました。

 得られたナノメートルオーダーの膜厚を有する薄膜は、薄膜を構成する原子数が極めて少ないため、大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いた精密なX線回折(XRD)を実施することで、初めて結晶構造を評価することが可能となりました。配位高分子ナノ薄膜のXRDを測定することで、基板面に平行方向の情報を含むin-plane配置、基板面に垂直方向の情報を含むout-of-plane配置共に明瞭なピークが観測され、得られた薄膜は面内方向、面外方向共に結晶性であることが分かりました(図3)。また、バルクの結晶構造から計算して求められるシミュレーションと今回の実験で得られたXRDパターンを比較することで、in-planeで観測されるピークは、鉄イオンとテトラシアノ白金錯体から構成される2次元レイヤー内の周期性のみを反映し(図3(a))、一方のout-of-planeで観測されるピークは柱となるピラジンを介した2次元レイヤー間の周期性のみを反映している(図3(b))ことが分かり、得られたナノ薄膜は完全な結晶配向性を有していることが明らかとなりました。

 さらに、得られた結晶性ナノ薄膜を分子サイズの大きいベンゼンを用いて、様々な蒸気圧下でXRD測定を行ったところ、ベンゼンの蒸気圧に応じて、骨格構造を維持しながらも2次元レイヤー間の距離が可逆的に伸び縮みしていることが明らかとなり、ナノ薄膜状態においてもベンゼンの吸脱着が起こっている直接的な証拠を得ることに成功しました。また、分子サイズの大きなベンゼンの吸脱着過程おいてもこのナノ薄膜の構造が安定しており、3次元PCPの特徴である高い剛直性をもつことが明らかとなりました。以上の通り、高輝度な放射光を用いることで、3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜結晶の配向成長の様子、得られたナノ薄膜のガス吸脱着機能および構造の剛直性を、世界で初めて確認することに成功しました。


図3:結晶配向性3次元多孔性配位高分子ナノ薄膜のXRDプロファイル

(a) 基板面に平行方向の情報を含むin-plane(面内)配置、(b)基板面に垂直方向の情報を含むout-of-plane(面外)配置におけるXRDプロファイル (青丸:実験結果、赤線:実験結果のフィッティング、緑線:シミュレーション結果、十字:実験結果における回折線のピーク位置、挿入図左:測定配置の模式図、挿入図右:各プロファイルから得られる高分子の周期構造) 。各プロファイルにおいてそれぞれ独立な回折線が観測されており、得られた薄膜は面内方向、面外方向共に結晶性であることが分かりました。また、バルク構造から求められるシミュレーション(緑線)と本実験で観測されるプロファイル(青丸)は非常によく一致しています。つまり、in-planeで観測されるピークは2次元レイヤー内の周期性のみを反映し (a)、一方のout-of-planeで観測されるピークは柱となるピラジンを介した2次元レイヤー間の周期性のみを反映している (b)ことから、完全な結晶配向性を有していることが明らかとなりました。

今後の展開

 本研究成果は、高い機能を有しながらも配向成長の難しい3次元多孔性配位高分子を配向成長することに成功し、得られたナノ薄膜の持つガス吸脱着機能と構造の剛直性を大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いたX線回折手法とシミュレーションにより検証したものです。この成果により、異なる機能を持ったPCPをナノサイズの精密さで集積することで、新たな機能を持った素子(例えば、酸素・水素ガスの分離・輸送・混合・反応の機能要素を効率よく集積した燃料電池など)を作製することが可能であることが明らかになりました。今後、ナノ薄膜で作製する素子の研究開発が大きく加速されることが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ナノ界面技術の基盤構築」における研究課題「錯体プロトニクスの創成と集積機能ナノ界面システムの開発」(研究代表者:北川 宏)の一環として、また大型放射光施設SPring-8の利用研究課題として行われたものです。

論文情報

・[DOI] http://dx.doi.org/10.1021/ja304361v

・題名:Step-by-Step Fabrication of a Highly Oriented Crystalline Three-Dimensional Pillared-Layer-Type Metal–Organic Framework Thin Film Confirmed by Synchrotron X-ray Diffraction
(日本語訳:放射光X線回折で検証されたピラードレイヤー型3次元多孔性金属‐有機構造体高配向結晶性薄膜の層ごとの構築)
・著者:大坪主弥、原口知之、坂田修身、藤原明比古、北川宏
・ジャーナル名:Journal of the American Chemical Society, 134 (23), pp 9605–9608
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja304361v

用語解説

多孔性配位高分子(PCP:Porous Coordination Polymer)

 活性炭やゼオライトに次ぐ第3の多孔性材料として注目されている金属錯体。金属-有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)とも呼ばれる。活性炭やゼオライトに代表される吸着剤は、分子を取り込み吸着する役割を果たす物質であり、物質内部に多数の細孔を有することから「多孔性物質」と呼ばれている。PCPは、ゼオライトに比べて空隙率が高く、また、活性炭に比べて規則性(結晶性)が高いことが特長である。設計性や物質群としての多様性にも優れ、構成要素の置換による細孔のサイズや形状、細孔壁の親水性・疎水性など形状と物性の制御が可能なため、現在盛んに研究されている。

大型放射光施設SPring-8

 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのESRFの三つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。

 

  • 日刊工業新聞(7月26日 21面)に掲載されました。