物体からの熱輻射スペクトルの大幅な狭帯域化に成功 ―高効率太陽電池応用など、エネルギーの有効利用に向けた重要な一歩を達成―

物体からの熱輻射スペクトルの大幅な狭帯域化に成功 ―高効率太陽電池応用など、エネルギーの有効利用に向けた重要な一歩を達成―

2012年7月9日

 野田進 工学研究科教授、浅野卓 同准教授、メーナカ・デ・ゾイサ 同研究員等の研究チームは、熱輻射スペクトルの制御による熱エネルギーの有効利用を実証することに成功しました。

 物体を熱することにより発せられる熱輻射は、一般に、極めて広いスペクトルをもつことが知られています。例えば、太陽光スペクトルは、約5800Kの黒体からの熱輻射スペクトルに近く、紫外から赤外に至る極めて広い波長スペクトルをもちます。この広いスペクトルのうち、我々は、通常、一部の波長成分のみを利用し、その他の成分は無駄に捨ててしまっています。自然エネルギー利用に向けて最近大きな注目を集めている発電方式の一つに太陽電池がありますが、広い太陽光スペクトルには、太陽電池が吸収して電力に変換できない波長成分が多く存在するため、一般に光電変換効率は10~20%程度に留まっています。ここで、もし太陽光スペクトルそのものを、エネルギー損失なく、極めて狭いスペクトルへと変換・圧縮出来れば、利用可能なエネルギー成分が増大し、発電効率の大幅な高効率化(>40%)につながるものと期待されます。より一般には、物体からの熱輻射スペクトルを、エネルギーの損失なく、狭帯域の所望のスペクトルへと変換・集中できれば、上記、太陽光発電の高効率化のみならず、地熱等を利用した熱光発電、熱の出ない高効率ランプ、各種分析用高効率赤外光源の実現など、その波及効果は極めて大きいと言えます。本研究では、このような、物体からの熱輻射スペクトルの制御を可能にする新しいコンセプトの構築とデバイスの試作を行い、さらに、実際にそのデバイスを用いて、外部から投入した電力を極めて狭い輻射スペクトル(黒体輻射の1/30)に集中可能であることを示し、熱輻射スペクトルの制御による熱エネルギーの有効利用を実証することに成功しました。

 この成果は、英科学誌ネィチャー・フォトニクスの電子版速報に掲載されました。

概要

 一般に、物質を加熱すると、物質内の電子の動きが活発になり、光を放出するようになります。こうして電子系から発せられた光は、物質内部で再び電子系と相互作用し吸収されます。このような光の放出と吸収は、物質内で繰り返し行われ、やがて熱的に安定した状態に落ちつき、物質から、その温度に応じたスペクトルをもつ光が放出されるようになります。通常、このような熱輻射は、連続した周波数をもつ電子系と光のランダムな相互作用により起こるために、極めて広いスペクトルをもつことになります。良く知られるプランクの黒体輻射の式は、全ての波長において熱平衡状態に至った時の熱輻射スペクトルを記述しており、幅広いスペクトルを与えます。このように、熱輻射スペクトルが幅広い波長域を示すという特徴は、電子や光等の基本的な性質から生じているため、これを制御することは通常は大変難しいと考えられてきました。

 しかし、上記の原理から考えると、逆にもし物質内部での電子系と光の相互作用が、ある特定の波長のみで起こるように制御することが出来れば、その波長のみで熱輻射が生じると期待されます。つまり、光の放出・吸収が特定の限られた波長域でのみ強く起こるように、電子の状態、光の状態、さらに両者の相互作用の強さを制御することが出来れば、物質の熱エネルギーを狭帯域の熱輻射スペクトルとして取り出すことが可能となるはずです。


図1:熱輻射制御のための人工物質の構造

 上記のような考えのもと、今回、研究チームは、物質中の電子と光の状態およびそれらの相互作用を制御するための新たな方法を考えました。具体的には、図1に示すように、電子の状態の制御のために「量子井戸」と呼ばれる構造を導入し、電子遷移の波長が連続的ではなく離散化されるようにしました。その上で、さらに「フォトニック結晶」と呼ばれる周期的な屈折率分布をもつ人為的な光の結晶構造を導入し、上記の離散化された電子遷移波長のみで、光が強い共振作用を起こす、すなわち、限定された波長域のみで、電子と光の強い相互作用が起こる構造を考案しました。具体的な量子井戸材料としては、AlGaAs/GaAsを用い、離散化された電子遷移の波長を10µm程度に設定しました。また、この波長域で強い共振作用を得るため、量子井戸構造に直接フォトニック結晶構造を形成し、その周期は、6.5µmに設定しました。この人工物質には、外部から熱エネルギーを与えることが出来るように電線を設けています。つまり、物質に電気を流すことで、ジュール加熱の効果で熱エネルギーを与えます。この際、与えた熱エネルギーが熱対流などで失われないように、物質を真空中に保持するとともに、電流注入用の電線としては、電線そのものを介した熱伝導によるエネルギー損失を防ぐため、熱伝導率の低いマンガニン線を用いました。


図2:人工物質に外部から電力を投入し、加熱したときの熱輻射特性

a. 人工物質に11.2mWの電力を投入したときの赤外線写真
b. 電力11.2mWを投入したとき、人工物質からの発光スペクトル(赤線)、比較のために同電力投入時の黒体のスペクトルも青線で示す


図3:入力電力に対する人工物質と黒体の到達温度の比較

 図2(a)には、開発した人工物質に、外部から一定の電力(11.2mW)を供給して加熱した場合の、熱輻射の実際の様子を示しています。同図より、確かに量子井戸とフォトニック結晶の両方が形成されている部分において、強い熱輻射が生じていることが分かります。同図(b)には、人工物質から放射された熱輻射スペクトルを測定した結果が示されています。比較のため、一般化された通常の物体、すなわちどの波長においても電子系と光の相互作用が十分に生じる物体である黒体を用意し、これに同じ電力を注入した場合の熱輻射スペクトルも示されています。同図より、新たに開発した人工物質からの熱輻射スペクトルは、参照用の黒体スペクトルと比べ、帯域幅は1/30程度と極めて狭く、かつピーク強度は4倍以上になっていることが分かりました。これは、黒体においては様々な波長への熱輻射に使われてしまうエネルギーが、人工物質中では、ピーク波長近傍のみに集中して活用されていることを示す結果であり、エネルギーの高効率利用が出来ている証拠と言えます。また、同じ入力電力に対する人工物質および参照用の黒体の温度を比較した結果が図3に示されていますが、人工物質の温度がはるかに高い温度になっていることが分かります。これは、無駄な熱輻射が禁止されたことで、そのエネルギーが物質内部に蓄えられたため、物質の温度が上昇したことを意味し、望まない帯域の熱輻射によるエネルギーの損失を抑制できている証拠といえます。


図4:狭帯域人工物質を用いた高効率太陽電池システムの概念図

 以上のように、これまで難しいと考えられてきた、熱輻射スペクトルを狭帯域化して、その帯域に外部から注入されたエネルギーを効率よく集中させることに初めて成功しました。今回の実験では、熱輻射の波長域として、10µmと長い波長を用いましたが、今後、別の材料系、例えばGaN/AlGaN量子井戸系等へと展開することで、より短波長(<~1µm)へと展開することが可能となると考えられます。また、その他にも様々な材料的な工夫を行うことが可能と考えられます。これにより図4のように、太陽光を一旦、熱輻射制御のための人工物質に照射・蓄積し、この人工物質から制御された狭い波長域の光のみを効率良く放出させることで、太陽電池で受光可能な波長域の輻射エネルギーを大幅に増大することが可能となり、極めて高効率な光電変換(>40%)が可能になるものと期待されます。その他にも、地熱などを活用した熱光発電や、熱の出ないランプ、さらには極めて高効率の分析用赤外光源など、様々な応用が期待され、その波及効果は極めて大きいと言えます。

本研究の一部は、科学研究費補助金および科学技術振興機構 CRESTの援助を受けて行われました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nphoton.2012.146

De Zoysa Menaka, Asano Takashi, Mochizuki Keita, Oskooi Ardavan, Inoue
Takuya, Noda Susumu.
Conversion of broadband to narrowband thermal emission through energy
recycling. Nature Photonics, 2012/07/08/online
doi: 10.1038/nphoton.2012.146

 

  • 朝日新聞(7月9日夕刊 14面)、京都新聞(7月9日夕刊 10面)、産経新聞(7月9日夕刊 10面)、中日新聞(7月10日 33面)、日刊工業新聞(7月11日 19面)、日本経済新聞(7月10日 14面)、読売新聞(10月1日 17面)および東京新聞(7月10日 2面)に掲載されました。