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母親と他人の狭間 -赤ちゃんが示す「不気味の谷」現象を発見-

2012年6月13日

 明和政子 教育学研究科准教授、岡ノ谷一夫 東京大学大学院総合文化研究科教授と科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「岡ノ谷情動情報プロジェクト」の松田佳尚 研究員らは、赤ちゃんの「感情の発達」と「母親を認識する能力」の関係を研究し、母親と他人を半分ずつ重ね合わせた「半分お母さん」の顔を見ようとしない「不気味の谷」現象を発見しました。

 生後半年以降の赤ちゃんは母親と他人を区別したうえで、両者を好んで見ることが知られています。「母親(親近感)」と「他人(目新しさ)」は、全く違う存在にも関わらず、赤ちゃんが両方を好んで見るため、どのように母親と他人の区別をしているのか分かりませんでした。また、どの程度母親の顔に敏感かも不明でした。

 本研究グループは、この問題を解明するために、生後7~12ヵ月の赤ちゃん51名が、母親、他人、「半分お母さん」の3種類の刺激を見ている時間を比較しました。「半分お母さん」の顔は、コンピューターグラフィックスによるモーフィング技術を使って母親と他人を50%ずつ融合させたものです。また、赤ちゃんの注意を引きつけるために、写真を「ニッコリ微笑む」映像にして見せました。結果、赤ちゃんは母親と他人の映像をよく見る一方で、「半分お母さん」の映像を長く見ようとはしませんでした。また、51名の赤ちゃんを7~8ヵ月、9~10ヵ月、11~12ヵ月の3群に分けたところ、9~10ヵ月以降で「半分お母さん」の映像を見なくなることが分かりました。

 今回の結果から、母親と他人を区別する際に、ロボット技術で言われる「不気味の谷」と言われる現象を手がかりとして「不気味の感情」が鍵となることが示唆されました。赤ちゃんの認知発達の根底に「感情の発達」があると考えられています。今回の発見は、言葉を話す以前の赤ちゃんに「感情」を手がかりとして「心の発達」や「心の距離」を追跡できるツール開発への応用が期待できます。

 本研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われたもので、本研究成果は、2012年6月13日(英国時間)発行の英国王立協会科学誌「Biology Letters」のオンライン速報版に掲載されました。

背景と経緯

 「不気味の谷」現象とは、ロボット工学者の森政弘 東京工業大学名誉教授が1970年に提唱した仮説です(図1)。ロボットの外観や動作が人間らしくなるにつれて、好感や共感を覚えますが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わると森教授は予想しました。ところが人間の外観や動作と見分けがつかない程になると再びより強い好感を抱き、人間と同じような親近感を覚えるようになると考えました。こうして「中途半端に人間に近い」ロボットやアバターは、人間にとって「奇妙」に感じられ、親近感を持てないことから、そのグラフの形状をとって「不気味の谷」と名付けられました。不気味の谷現象は成人だけでなく、赤ちゃんでも(Lewkowicz and Ghazanfar、2012)、人間以外のサルでも(Steckenfinger and Ghazanfar、2009)報告されています。

図1:森名誉教授による「不気味の谷」仮説

 ロボットやアバターが人間に近づくにつれて、好感度は上がっていくが、あるところで突然嫌悪に変わる(不気味の谷)。その後、さらに人に近づくにつれ再び好感度が上がっていくことを示している。また、静止物体よりも動く物体の方が不気味さを増す。(Mori、1970を一部改変)

 このように不気味の谷は、「人間」と「ロボット」の「狭間」として知られています。しかし、不気味の谷が人間とロボットに特有なものかどうかは検証されてきませんでした。また、不気味の谷のメカニズムも分かっていませんでした。

 人間とロボットは全く違うカテゴリーに属しています。全く違うカテゴリーの狭間であれば、人間とロボット以外でも同じように不気味の谷が現れるのではないかと本研究グループは考えました。例えば、「親近感」と「目新しさ」は全く違うカテゴリーです。赤ちゃんにとっては、「母親」が親近感の、「他人」が目新しさの代表になります。もし、「中途半端に母親に近い」半分お母さんを見た時に、赤ちゃんが奇妙に感じて見ようとしなければ、不気味の谷があると考えられます。

内容

 本研究グループは、生後7~12カ月の赤ちゃんを対象に「視線反応計測」を行いました。視線反応計測は、言葉を発する前の赤ちゃんの世界観を視線の動きから知ることができるツールで、簡便さと有用性から多くの製品が開発され、近年注目を浴びています。本研究では、赤ちゃんに3種類の顔を見せ、その時の注視時間を計測しました。3種類の顔は(1)母親、(2)他人、(3)半分お母さん、です。

 母親や他人の写真は事前に撮影し、「ニッコリ微笑む」映像に作り上げました。あらかじめ真顔と笑顔の2枚の写真を撮っておき、モーフィング技術を使ってその中間の形状を自動生成することで、自然に微笑む映像を作ることができます。また、「半分お母さん」は母親と他人を50%ずつ融合させて作成しました(図2)。静止画ではなく、映像を使った理由は2つあります。不気味の谷を予測した森教授は、止まっているモノよりも動いているモノの方が不気味さを感じやすいと考えました(図1)。また、赤ちゃんは止まっているモノよりも、動いているモノに注意を向けやすいためです。

図2:モーフィング合成による「半分お母さん」の例

母親(左)と他人(右)の写真を50%ずつの混合比率でモーフィング合成したものが「半分お母さん」の顔(中央)

 本研究では、赤ちゃんに(1)母親、(2)他人、(3)半分お母さん、の3つの映像を見せたところ、母親や他人の映像に比べ、「半分お母さん」の映像を長く見ようとはしませんでした(図3左)。さらに、赤ちゃんを7~8ヵ月、9~10ヵ月、11~12ヵ月の3群に分け、月齢による違いを調べたところ、7~8ヵ月児では3つの映像を同じくらい見ていたにも関わらず、9~10ヵ月以降になると、半分お母さんの映像を見なくなることが分かりました(図3右)。つまり、発達の途中で「不気味の谷」が現れることが分かりました。

図3:赤ちゃんの視線注視時間と発達による変化

 赤ちゃんは母親や他人の顔をよく見る一方、「半分お母さん」の顔を見る時間が短い。左図は全員分のデータ。右図は発達による違い。7~8ヵ月では3つの顔を見る時間に差がないが、9~10ヵ月、11~12ヵ月では半分お母さんを見る時間が短い。平均±標準誤差。(注視時間には個人差があるため一人一人の総注視時間を100として%計算を行った。また正規分布化のための逆正弦変換も行った。)

 一方で、赤ちゃんは「半分お母さん」が嫌いなのではなく、モーフィングによって合成された顔が嫌いなだけかもしれないと考えました。もしそうならば、母親の顔ではなく、他人と他人を合成した顔も嫌うはずです。そこで本研究ではさらに、2人の他人を合成した顔(50%他人A+50%他人B)と、他人100%の顔を見せました。結果、赤ちゃんは両方の顔を同じくらい長く見ました(図4)。つまり赤ちゃんは両方に新奇性を感じ「不気味」だとは思わなかったのです。この結果から、赤ちゃんは「半分お母さん」だけを嫌うことが分かりました。母親だと思ったら違っていた、予想を裏切られた、という「日常からの逸脱」がメカニズムとして考えられます。

図4:統制実験の結果

赤ちゃんは単にモーフィング合成した顔が嫌いなのではない。実際、他人の生の顔(100%他人、図a:左)と他人2人のモーフィング合成顔(50%他人A+50%他人B、図a:右)を赤ちゃんに見せても、同じくらい長く見ている(図b)平均+標準誤差。

 本研究グループはさらに、成人を使った心理調査も行いました(10名の予備調査)。赤ちゃんと違い、成人は内観(主観)を報告できる利点があります。自分の母親と他人を合成した「半分お母さん」を見せたところ、10人中8人が「気持ち悪さ」を感じました。この結果から、赤ちゃんも「気持ち悪さ」を感じていると予想できます。面白いことに「有名人」と「他人」を合成した「半分有名人」を見せたところ、気持ち悪さを感じませんでした。自分にとってごく身近な人や重要な人が合成された場合にだけ気持ち悪さを感じるようです。

 以上の結果から、不気味の谷は「人間」と「ロボット」の狭間に特有なものではなく、「親近感」や「目新しさ」といった他のカテゴリーの狭間にも存在することが分かりました。また単に「好き」といったポジティブな感情だけでなく、「不気味」や「嫌悪」といったネガティブな感情も、赤ちゃんの認知能力を支えていることが分かりました。

今後の展開

 本研究の成果は、親子間コミュニケーションにおいて、赤ちゃんと母親の親密度を理解する一助となり得るものです。不気味の谷現象を効果的に使って、合成された人が「どの程度」重要な人なのかを計測する技術が期待できます。例えば、積極的に育児に関わる父親と、そうでない父親は、赤ちゃんから見た心の距離が違うかも知れません。赤ちゃんが父親の顔をどれだけ正確に記憶しているかにも違いがあるかもしれません。だとすれば、育児をする父親の顔を他人と合成した場合、赤ちゃんは母親の時と同じように「不気味」や「嫌悪」を感じ、育児をしない父親の顔を他人と合成した場合、赤ちゃんは他人だと思って逆によく見ることが予想されます。

用語解説

モーフィング技術

コンピューターグラフィックスの手法の一つ。映画やアニメーションの中で、ある物体から別の物体へと自然に変形する映像や画像を見せる。オーバーラップを使った映像のすり替えとは異なり、変形していく間の映像をコンピューターによって補完して作成する技術。

「ニッコリ微笑む」映像

真顔と笑顔の2枚の写真を撮影したあと、モーフィング技術を使ってその中間の形状を自動生成することで、表情変化の映像を作ることができる。スピードを調節することで、自然に微笑んでいるように見せることができる(パラパラ漫画の原理)。

視線反応計測

視線反応計測の原理は、近赤外線によって瞳孔の中心にある角膜反射を検知するものである。本研究で使用した視線追跡装置は、出力の弱い、人体に安全な、近赤外ダイオードにより両眼の角膜反射パターンを生成する。この反射パターンは、イメージセンサーによって収集され、画像分析アルゴリズムによってスクリーン上の注視点が計算される。結果的に正確な測定ができるようになっており、頭に特別な装置を付けることなく赤ちゃんの眼球の動きをとらえることができる。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト:「岡ノ谷情動情報プロジェクト」
研究総括:岡ノ谷一夫 東京大学教授
研究期間:2008~2013年度

 

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1098/rsbl.2012.0346
[KURENAIアクセスURL]http://hdl.handle.net/2433/156406

Matsuda Yoshi-Taka, Okamoto Yoko, Ida Misako, Okanoya Kazuo, Myowa-Yamakoshi Masako.
Infants prefer the faces of strangers or mothers to morphed faces: an uncanny valley between social novelty and familiarity. Biology Letters, June 13, 2012
doi: 10.1098/rsbl.2012.0346
(赤ちゃんは母親や他人の顔を好んで見るが、「半分お母さん」を見ようとしない:親近感と目新しさの狭間にある「不気味の谷」?)

 

  • 朝日新聞(東京版・6月13日夕刊 12面)、京都新聞(6月14日 25面)、産経新聞(6月16日 21面)、中日新聞(6月14日 31面)、日本経済新聞(6月14日夕刊 14面)、毎日新聞(6月13日夕刊 7面)および東京新聞(6月13日夕刊 6面)に掲載されました。