慢性閉塞性肺疾患(COPD)の労作時の息切れに鍼治療が有効

慢性閉塞性肺疾患(COPD)の労作時の息切れに鍼治療が有効

2012年5月23日

 室繁郎 医学研究科講師、三嶋理晃 同教授、鈴木雅雄 明治国際医療大学鍼灸学部准教授と大森崇 同志社大学文化情報学部准教授らの研究グループは福井基成 北野病院呼吸器内科部長、平林正孝 兵庫県立尼崎病院呼吸器内科部長、塩田哲広 赤穂市民病院呼吸器科部長(現 八鹿病院)らと共同で、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の主訴である労作時呼吸困難に対して、鍼治療が有効であることを世界で初めて実証しました。この研究成果は「Archives of Internal Medicine」に掲載されました。

概要

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、本邦では530万人以上いると推計されており、世界保健機構(WHO)の報告では2020年には死亡原因の第3位と推定されています。COPD患者の多くは喫煙が原因となり40歳以上で発症し進行性に病状が悪化していきます。初めは階段を上るなどの運動時の息切れや慢性の咳、痰が続きますが、進行すると入浴、排泄、食事などの軽作業でも息切れが起こり、ひどい場合には臥床を余儀なくされる場合があり、患者のQOL(生活の質)を低下させていきます。従って、COPDのガイドラインにも息切れを管理することが重要であると報告されています。

 これまで、鍼治療では痛みの治療に対して効果を発揮してきましたが、息切れも痛みと同様に患者が自覚する感覚のため、鍼治療でも有効であるという説がありました。また、鍼治療が気管支喘息にも臨床的に用いられて来た経緯もあり、私たちは、COPD患者の労作時の息切れに対して、「鍼治療が有効であるか」ということを調べました。また、COPD患者のみを対象とした鍼治療の研究は世界で初めてです。

 図1に示しますように、この研究では労作時の息切れを有する68例のCOPD患者を対象に、薬物治療などに鍼治療を加える群(鍼治療群)と薬物治療などにPlacebo鍼治療を加える群(Placebo群:図3)の2グループに分けて12週間の鍼治療を行い、鍼治療開始前と12週後に歩行時の息切れ*や呼吸機能、QOL等の変化を調べました。鍼治療は両群ともに同様の経穴(ツボ)を使用しました(図2)。

*6分間歩行試験:直線距離で30m以上ある廊下を6分間最大限の努力で歩行し、その際の息切れ度合を息切れスケール(Borg scale)を用いて評価を行い、さらに、歩行距離、動脈血酸素飽和度、脈拍なども評価する試験です。


図1:試験の流れ図
ランダム(無作為)化比較試験、プラセボ鍼治療群および通常鍼治療群

図2:使用した経穴(ツボ)

図3:プラセボ鍼の説明

表1:息切れスケール

 図4に示すように、12週間の鍼治療期間後では、Placebo群(4.2±SD2.7 から 4.6±SD2.8、+0.4)に比較して鍼治療群(5.5±SD 2.8から1.9±SD1.5、-3.6)では有意に6分間歩行試験における労作時呼吸困難(Borg scale)の改善が認められました(mean difference by analysis of covariance, −3.58; 95% CI, −4.27 to −2.90)。さらに、6分間歩行距離もPlacebo群と比較して有意に改善が認められました。

 図5では、6分間歩行試験中の動脈血酸素飽和度と生活の質(QOL)を示します。COPDでは健常者と比較して、歩行中に血中の酸素飽和度が低下し、さらに生活の質(QOL)が低下すると言われています。今回の結果では、12週間の鍼治療期間後では、Placebo群と比較して鍼治療群では有意に歩行中の動脈血酸素飽和度が改善し、生活の質(QOL)の改善が認められました。

 図6では、栄養の評価を示します。COPDは健康成人と比較すると呼吸運動に使うカロリーが多い事が言われています。また、患者の中には食事でも息切れを起こす場合があり、栄養不足から体重が減少します。今回の研究では栄養の評価として、BMI(Body Mass Index)と血液中の栄養タンパク(pre albumin)を測定しました。12週間の鍼治療期間後では、BMIとPre albuminはともにPlacebo群と比較して鍼治療群では有意に改善が認められました。

社会的意義

 この論文では、COPD患者の主訴である労作時の息切れをターゲットに絞った研究です。COPD患者にとって労作時の息切れは最も切実な悩みとして挙げられます。今回の研究では、COPD患者の息切れの改善に鍼治療が有効であったことを立証しました。さらに、鍼治療には労作時の酸素状態の改善、生活の質の改善、栄養状態の改善が認められました。しかし、今回の研究は12週間という短期的な効果を検証したにすぎず、今後は大規模な研究や長期的な研究を行う必要があると考えられます。

 この研究の社会的な意義としては、本邦でCOPD患者が530万人いるとされ、さらに2020年には世界で死亡原因の第3位になると推計されています。しかし、現在は現代医療のみで対応していますが、治療効果が頭打ちになっているケースや重症化しているケースもあり、現代医学に日本独自の伝統医療(東洋医学)を融合させることで患者の苦痛を軽減させる事が出来ると考えられます。また、実地臨床に即応用できる点から、広く社会に発信すべき研究成果と考えています。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1001/archinternmed.2012.1233

Masao Suzuki, Shigeo Muro, Yuki Ando, Takashi Omori, Tetsuhiro Shiota, Kazuo Endo, Susumu Sato, Kensaku Aihara, Masataka Matsumoto, Shinko Suzuki, Ryo Itotani, Manabu Ishitoko, Yoshikazu Hara, Masaya Takemura, Tetsuya Ueda, Hitoshi Kagioka, Masataka Hirabayashi, Motonari Fukui, Michiaki Mishima.
A randomized, placebo-controlled trial of acupuncture in patients with chronic obstructive pulmonary disease (copd). the copd-acupuncture trial (cat). Archives of Internal Medicine. Published online May 14, 2012.
doi:10.1001/archinternmed.2012.1233.

共同研究者


左から三嶋 教授、室 講師、鈴木 明治国際医療大学准教授、大森 同志社大学准教授

 

  • 朝日新聞(5月24日 37面)、京都新聞(5月24日 25面)、産経新聞(5月24日 28面)および日本経済新聞(5月27日 30面)に掲載されました。