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ありふれたセラミックスが大量の水素を取り込んだ!-革新的水素材料への期待-

2012年4月16日


左から坂口大学院生、小林助教、陰山教授、辻本研究員

 坂口辰徳 工学研究科物質エネルギー化学専攻大学院生(博士後期課程)、辻本吉廣 同博士研究員(現所属:物質・材料研究機構)、小林洋治 同助教、陰山洋 同教授と高野幹夫 物質-細胞統合システム拠点特定教授らは、金廷恩 高輝度光科学研究センター副主幹研究員らと共同で、半世紀以上前から半導体産業を支えてきたセラミックス材料が、大量の水素を取り込む能力があることを発見しました。

 この研究成果は、英国科学誌「ネイチャーマテリアルズ(Nature Materials)」誌(ロンドン時間4月15日電子版)で公開されました。

研究の概要

 チタン酸バリウム(BaTiO3)(図左)は、1940年代に初めて合成されて以来、あらゆる電子機器に使われている誘電体材料です。陰山教授らは本研究に先立ち2007年に、水素化物を利用した低温合成法によって、長年不安定であると考えられてきた鉄の局所構造を実現し、ネイチャー誌に報告しました。今回の研究では、チタン酸バリウムに対して同様の低温反応を施したところ、結晶中の酸素の一部を水素で置き換えることに成功しました(図右、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線を用いて構造を決定)。今までに、チタン酸バリウムに水素の導入を試みた研究例はありましたが、その量はごく微か(酸素に対して0.1%以下)でした。しかしながら、本手法を用いた場合、水素量は最大で20%(BaTiO2.4H0.6)にも達しました。この新しく合成された物質は、水にも温度にも安定ですので、クリーンなエネルギー資源である水素を変換/輸送/貯蔵するのに適した水素材料としての高い将来性があります。

 この新物質の学術的な意義は、その水素貯蓄量の多さだけではなく、取り込まれた水素の電荷状態にもあります。一般に酸化物に存在する水素は、正の電荷をもつプロトン(H+)として存在することが知られています。身近な例では、さびの成分である水酸化鉄(Fe(OH)2)があります。これに対して、負の電荷をもつヒドリド(H-)は強力な還元剤であるため、チタンのような遷移金属とは共存できないと考えるのが固体化学の常識でした。ところが、今回得られた物質における水素は負の電荷を持っており、従来の常識を覆す結果となりました。酸化物の中で、Hが遷移金属と共存できることが確認されたことにより、今後はヒドリドの流れを制御して利用することができる「酸化物ヒドリドニクス」という新たな学問体系として発展していくことが期待されます。

 今回合成した物質中の水素は、400℃程度の低温にて結晶内を動き回る能力をもつことを明らかにしました。この結果は、水素イオン(H-)伝導性を示唆しています。酸素イオン伝導体は、現在燃料電池の電解質として実用化されていますが、水素は酸素と比べて軽くて動きやすいため、より低温での高速動作が原理的には可能です。同時に、チタンがもつ電子に由来する電子伝導性もあるため、例えば、水素を燃料とする燃料電池に必要な電極の他、水素センサーとしての応用が期待されます。

 この研究成果は、英国科学誌「ネイチャーマテリアルズ(Nature Materials)」誌(ロンドン時間4月15日電子版)で公開されました。本学、高輝度光科学研究センター、倉敷芸術大学、東京工業大学、物質・材料開発機構、レンヌ第一大学との共同研究によるものです。

  1. 図:(左)チタン酸バリウム。半導体セラミックスとして電子材料に広く使われている。(右)低温合成によって、酸素(赤)の20%を水素(青)に変換する。400℃程度の低温で、水素のみが結晶内を動き回ることができる。大型放射光施設SPring-8の高輝度X線を用いて構造を決定した。

     

     今回の成果は、主に独立行政法人日本学術振興会最先端研究開発支援プログラム「新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用」(中心研究者:細野秀雄 東京工業大学教授)の一環で得られました。

     チタン酸バリウムの原料は戸田工業株式会社からご厚意で提供いただきました。

    掲載論文

    論文情報

    • An Oxyhydride of BaTiO3 Exhibiting Hydride Exchange and Electric Conductivity
      (ヒドリド交換能と電子伝導を示す酸水素化物BaTiO3
    • 著者:小林 洋治1、O. J. Hernandez2、坂口 辰徳1、矢島 健1、T. Roisnel2、辻本 吉廣1、森田 昌樹3、野田 泰斗3、最上 祐貴3、北田 敦1、大倉 仁寿1、細川 三郎1、Z. Li4、林 克郎5、草野 圭弘6、金 廷恩7、辻 成希7、藤原 明比古7、松下 能孝8、吉村 一良3、竹腰 清乃理3、井上 正志1、高野 幹夫4、陰山 洋1,3,4
      1 工学研究科物質エネルギー化学専攻
      2 レンヌ第一大学
      3 理学研究科化学専攻
      4 物質-細胞システム統合拠点
      5 東京工業大学応用セラミックス研究所
      6 倉敷芸術科学大学芸術学部
      7 高輝度光科学研究センター
      8 物質・材料研究機構
    • 論文リンク

      書誌情報

      • Yoji Kobayashi, Olivier J. Hernandez, Tatsunori Sakaguchi, Takeshi Yajima, Thierry Roisnel, Yoshihiro Tsujimoto, Masaki Morita, Yasuto Noda, Yuuki Mogami, Atsushi Kitada, Masatoshi Ohkura, Saburo Hosokawa, Zhaofei Li, Katsuro Hayashi, Yoshihiro Kusano, Jung eun Kim, Naruki Tsuji, Akihiko Fujiwara, Yoshitaka Matsushita, Kazuyoshi Yoshimura, Kiyonori Takegoshi, Masashi Inoue, Mikio Takano, Hiroshi Kageyama.
        An oxyhydride of BaTiO3 exhibiting hydride exchange and electronic conductivity. Nature Materials. Published online: 15 April 2012 doi: 10.1038/nmat3302

      用語解説

      低温合成法

       陶芸を連想すればわかるように、酸化物(セラミックス)は一般に1000℃以上の高温で合成されます。しかしながら、適切な反応剤(本研究では、水素化カルシウム)を選ぶことによって500℃以下の低温でも反応を進行させることができます。このような反応を低温合成法とよびます。

      大型放射光施設SPring-8

       理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

     

    • 京都新聞(4月16日 22面)および日本経済新聞(4月16日 11面)に掲載されました。