災害に強い液体窒素不要の遺伝資源長期保存法の開発 -長期保存したフリーズドライ(真空凍結乾燥)精子からラット・マウスの作出に成功-

災害に強い液体窒素不要の遺伝資源長期保存法の開発 -長期保存したフリーズドライ(真空凍結乾燥)精子からラット・マウスの作出に成功-

2012年4月10日


左から金子特定講師、芹川教授・施設長

 金子武人 医学研究科附属動物実験施設特定講師の研究グループは、液体窒素を使用せずに長期保存可能な精子保存法を開発し、冷蔵庫で長期保存、常温で国際輸送したフリーズドライ精子から産子の作出に成功しました。このことにより、低コスト・簡易な遺伝資源管理が可能だけでなく、災害や事故から貴重な遺伝資源を守ることが可能となりました。

 本研究成果は、米国科学雑誌「PLoS ONE」 に発表されました。

1.本研究成果のポイント

  • これまで不可欠であった液体窒素を使用せずに長期保存可能な精子保存法を開発した。
  • ラットは5年間、マウスは3年間冷蔵庫(4℃)で保存したフリーズドライ精子から産子の作出に成功した。
  • フリーズドライ精子は、常温(25℃)で約3ヶ月保存が可能であり、常温国際輸送したフリーズドライ精子から産子の作出に成功した。
  • 液体窒素不要の長期保存、常温での短期保存ができることから、低コスト・簡易な遺伝資源管理が可能なだけでなく、災害や事故から貴重な遺伝資源を守ることが可能である。
  • フリーズドライ精子の容器は密閉されているため、将来的には設備・スペースが極度に制限される宇宙空間でも利用可能である。

2.要旨

 フリーズドライは、インスタントコーヒーや宇宙食などの食品あるいは医薬品の長期保存に汎用されている技術である。このフリーズドライ技術を精子保存に応用した場合、従来の凍結保存法と比較して、以下の利点が挙げられる。

  1. 液体窒素タンクや定期的な液体窒素の購入・補充が不要(4℃保存)
  2. 特殊な保存液が不要(トリス-EDTA緩衝液で保存可能)
  3. 設備・維持費の大幅なコストダウンが可能
  4. 保有サンプルの管理、バックアップが容易
  5. 液体窒素・ドライアイス不要の常温国際輸送が可能

 このため、多くの動物種で研究が行われており、これまでにマウス、ラット、ウサギ、ハムスター、ウシ、ブタ、サルにおいて研究が行われている。我々は、保存サンプルの安全管理・コスト面から長期保存可能なフリーズドライ精子保存法の開発に関する研究を行ってきた。その結果、ラットでは5年間(図1)、マウスでは3年間(図2)冷蔵庫で保存したフリーズドライ精子から産子の作出に成功した。

 これまでの精子保存は液体窒素を用いることが常識であったが、このたびの東日本大震災において見られた事例として、液体窒素や超低温冷凍庫(-80℃)で保存されていた貴重な研究用サンプルが、長期停電や液体窒素の供給が途絶えたために、その全てを失うことになった。このため、遺伝資源保存のためのフリーズドライ法の開発は極めて有効である。フリーズドライによる精子保存は、省電力の冷蔵庫で長期保存が可能であり、さらに3ヶ月程度であれば常温でも保存することができることから、設備投資やランニングコストの大幅な軽減、普通郵便でのサンプル輸送が可能となる。また、フリーズドライ精子の容器は密閉されているため、将来的には設備・スペースが極度に制限される宇宙空間でも保存が可能である。今回のフリーズドライ精子の長期保存の成功により、フリーズドライ法の研究用サンプル、遺伝資源保存への本格的利用が期待される。

 ラットに関する本研究成果は、4月9日付け(米国現地時間)の米国の科学雑誌「PLoS ONE」に掲載される。また、マウスに関する本研究成果の一部は、科学雑誌「Cryobiology」にオンラインで公開(In press)されている。


図1:フリーズドライ精子のアンプル(右)と5年間保存したフリーズドライ精子から得られたラット(左)

図2:フリーズドライ精子のアンプル(右)と3年間保存したフリーズドライ精子から得られたマウス(左)

3.研究方法と結果

 成熟した雄の精巣上体尾部から採取した精子をトリス-EDTA緩衝液に懸濁し、フリーズドライを行った。フリーズドライ精子は、ラットで5年間、マウスで3年間冷蔵庫で保存した。精子は滅菌した純水のみで復水し、顕微授精により卵子と受精させた。これらの卵子は産子にまで発生し、得られた産子は成熟後正常な繁殖能力を備えていた。

 我々は、マウスのフリーズドライ精子が常温で3ヶ月保存できることを明らかにしていた。この知見から日本-アメリカ間を常温で6日かけてフリーズドライ精子を国際輸送した。その結果、輸送前と後で産子が得られる割合に変化は見られなかった。

4.今後の期待

 哺乳類の配偶子保存は、液体窒素を用いることが当たり前のように行われてきた。しかしながら、ランニングコストやメンテナンスに多額の費用を要する。さらに、災害や事故から起こる長期停電により液体窒素の生産・供給が途絶えることは致命的である。今回のフリーズドライ精子の長期保存の成功は、液体窒素不要、省電力の安全・簡易・低コストな遺伝資源保存・輸送法の実用の可能性を大いに向上させたと言える。これを機に、ラット・マウス以外の動物種においても産子作出、長期保存の成功が報告され、新たな遺伝資源保存法として応用されることを期待している。

5.掲載論文

  • 論文タイトル:

    Successful long-term preservation of rat sperm by freeze-drying
    フリースドライによるラット精子の長期保存の成功

    論文URL:

    http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0035043

    書誌情報

    Kaneko T, Serikawa T (2012) Successful Long-Term Preservation of Rat
    Sperm by Freeze-Drying. PLoS ONE 7(4): e35043.
    doi:10.1371/journal.pone.0035043
  • 論文タイトル:

    Long-term preservation of freeze-dried mouse spermatozoa
    フリーズドライマウス精子の長期保存

    論文URL:

    http://dx.doi.org/10.1016/j.cryobiol.2012.01.010

    書誌情報

    Takehito Kaneko, Tadao Serikawa, Long-term preservation of freeze-dried
    mouse spermatozoa, Cryobiology, Available online 3 February 2012, ISSN
    0011-2240, 10.1016/j.cryobiol.2012.01.010.

本研究の一部は、ナショナルバイオリソースプロジェクト基盤技術整備プラグラム「ラットに関する基盤技術の整備」の支援を受けて行われました。

 

  • 朝日新聞(4月10日夕刊 10面)、京都新聞(4月10日夕刊 1面)、日刊工業新聞(4月11日 21面)、日本経済新聞(4月10日夕刊 14面)、毎日新聞(4月10日夕刊 10面)、読売新聞(4月10日夕刊 8面)および科学新聞(5月11日 2面)に掲載されました。