新実験手法による記憶の分子機構の可視化

新実験手法による記憶の分子機構の可視化

2012年3月23日


左から平野教授、田中氏

 平野丈夫 理学研究科教授、田中洋光 同大学院生らの研究グループは、シナプス後膜内外でのAMPA受容体の動態を可視化できる新実験手法を開発しました。このことにより、長期増強時のAMPA受容体の変化を観察できるようになりました。この研究成果は、米国のCell Pressが今年創刊したOpen access journalであるCell Reportsに3月23日(日本時間)に掲載されました。

研究の概要

 私たちが何かを学習する時、また記憶が形成される時には、神経細胞間で情報を伝える部位である「シナプス」において、情報伝達の効率が変化すると考えられています。この情報伝達効率の変化のうち、最も注目されているのは「長期増強」と呼ばれる現象です。情報伝達が頻繁に行われるシナプスでは、伝達効率が亢進し、その状態が持続します。シナプスでは、情報を伝える神経細胞から「グルタミン酸」等の伝達物質が放出され、情報を受け取る細胞の細胞膜(シナプス後膜)上に存在する受容体に結合することで、情報が伝えられます。長期増強が起きる際には、シナプス後膜において、グルタミン酸受容体である「AMPA受容体」の数が増加することが重要です。しかしながら、長期増強の発現に際して、複数種あるAMPA受容体が、いつどのような経路を通りシナプス後膜で増加するかは不明でした。そこで、私たちは、シナプス後膜内外でのAMPA受容体の動態を可視化できる新実験手法を開発した上で、長期増強時のAMPA受容体の変化を調べることにしました。

 私たちは、蛍光標識したAMPA受容体を高シグナル・ノイズ比、高分解能で観察するために、カバーガラス表面直近の蛍光に限って検出できる「全反射顕微鏡」を利用することにしました。また、全反射顕微鏡を有効に活用するために、シナプス後膜をガラス面上に直接形成させることを考えました。そして、シナプス形成誘導能を有する「ニューレキシン」分子でガラスをコートし、その上に神経細胞を培養することにより、シナプス後膜をガラス面上に直接形成させることに成功しました。次に、蛍光標識したAMPA受容体を神経細胞で発現させ長期増強を引き起こして、受容体の動態を調べました。受容体が細胞内から細胞膜へ移るエキソサイトーシス、および受容体の細胞膜上でのシナプス後膜への側方移動等を観察できました。

 ところで、AMPA受容体は、GluA1,2,3,4の4種類の「サブユニット」が適切な組み合わせで「四量体」を形成したものです。今回用いた脳の「海馬」領域の神経細胞では、「GluA1」と「GluA2」で形成される「ヘテロ四量体」と「GluA2」と「GluA3」のヘテロ四量体がシナプス伝達を担うことがわかっていましたが、各々の長期増強時の動態は不明でした。また、GluA1のみで形成される「ホモ四量体」の長期増強への関与については研究者間で見解が分かれていました。GluA1,GluA2,GluA3各々を蛍光標識して神経細胞で発現させて、それらの動態を調べる実験により、GluA1ホモ四量体、GluA1/GluA2 ヘテロ四量体、GluA2/GluA3ヘテロ四量体が、長期増強の発現に際して、異なるタイミングで別経路を通ってシナプス後膜に集積することを明らかにできました。

 この研究は、長期増強が発現する分子メカニズムの解明により、学習・記憶が成立する過程、および一部の神経疾患の発症機構の理解を深めることに貢献すると考えています。また、今回開発した新実験手法は、シナプス後膜以外の細胞膜の機能解析にも適用できると考えられ、細胞膜分子の動態・機能に着目した様々な研究に活用されると考えています。

 図1: ガラス面をニューレキシンでコートして、その上に海馬神経細胞を培養することにより、シナプス後膜をガラス面上に形成しました。これにより、シナプス後膜近傍の蛍光を全反射顕微鏡で定量的に調べることができるようになりました。
 図2: 細胞膜上でのみ蛍光を発する分子(オレンジの星印)を融合したAMPA受容体を海馬神経細胞で発現させました。
 図3: 長期増強発現に際して、各型のAMPA受容体が左図の三段階を経て、シナプス後膜で増加することを明らかにしました。

論文情報

  • 論文は以下に掲載されております。
    http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2012.02.004
    http://hdl.handle.net/2433/154743 (京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI))
  • 以下は論文の書誌情報です。
    Tanaka H, Hirano T.
    Visualization of Subunit-Specific Delivery of Glutamate Receptors to Postsynaptic Membrane during Hippocampal Long-Term Potentiation. Cell Reports, 22 March 2012.
    doi:10.1016/j.celrep.2012.02.004

本研究は科学研究費補助金の挑戦的萌芽研究と新学術領域研究「シナプス病態」、およびGCOEプログラム(京都大学A06)による支援を受けました。

 

  • 京都新聞(3月23日 27面)および産経新聞(3月29日 26面)に掲載されました。