生活圏の空間線量率の継続測定を行うKURAMA-IIを開発~福島で路線バスにおける実証試験を開始~

生活圏の空間線量率の継続測定を行うKURAMA-IIを開発~福島で路線バスにおける実証試験を開始~

2012年1月26日

 原子炉実験所のグループは、生活圏における空間線量率を継続的かつ簡便に測定できるシステムであるKURAMA-IIを開発しました。これまで空間線量率は、モニタリングポストによる定点観測や、断続的な自動車走行サーベイや航空機サーベイによる観測などによって得られていましたが、今回開発したKURAMA-IIは小型かつ安価に製造可能であり、測定のための特別な技術や装置を必要としないため、生活圏における広範囲にわたる継続的な空間線量率の測定が可能になります。

 原子炉実験所では、自動車などに取り付けた測定器で空間線量率を測定し、測定位置をGPSにより計測し、これらの情報をネットワーク回線を用いて随時収集することで、広範囲の空間線量率をほぼリアルタイムに収集することができるシステムKURAMA(Kyoto University Radiation Mapping system)を開発し、福島県や文部科学省による空間線量率の広範囲測定に用いられてきました。このKURAMAの技術をもとに、より小型で堅牢、さらに測定も完全に自動化したKURAMA-IIを開発することで、生活圏を移動範囲とする移動体(路線バス、コンビニエンスストアの配送車、配達で使われるバイクなど)に搭載し、定常的に生活圏の放射線量の監視ができるようになりました。放射性物質による汚染の発生した地域では、今後数十年にわたって継続的にきめ細かい放射線量の測定を行っていく必要がありますが、KURAMA-IIによりその際の労力を最小限に抑えつつきめ細かい監視が可能になります。

 本開発は、谷垣実 原子炉実験所助教、奥村良 同技術職員らを中心とする原子炉実験所福島支援ワーキンググループによって行われました。

ポイント

  • 迅速かつ精密な空間線量マップの作成が可能なKURAMAを開発
  • KURAMAを小型化し、かつ耐久性を向上させたKURAMA-IIを開発
  • KURAMA-IIは測定のための特別な操作が不要であるため、生活圏内を常時移動する移動体(路線バス、コンビニエンスストアの配送車、配達で使われるバイクなど)に搭載して定常的な線量監視システムを構築することが可能
  • 福島交通株式会社の協力により路線バスでの実証試験を開始、バイクへの搭載試験も行っている

KURAMA-II開発の背景と目的

 2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う津波により、東京電力福島第一原子力発電所で我が国最大の原子力災害が発生しました。福島県を中心に広範囲にわたって放射性物質が拡散し、現在も多くの住民の方々が避難生活を余儀なくされています。

 原子力災害において、迅速かつ精密な空間線量マップを作ることは、 住民のみなさんの被曝状況や環境の汚染実態を把握し、被曝低減のための適切な行動計画の作成や環境修復を行うための基礎データとしてきわめて重要です。 そこで、原子炉実験所では空間線量率分布の迅速かつ精密な把握を目的とした安価な走行サーベイシステムであるKURAMAを2011年4月に開発し、翌5月に福島県と実証試験を行いました。 類似のシステムと異なり、多数の測定車のデータをネットワーク経由でほぼリアルタイムに共有でき、さらにGoogle Earth上にリアルタイムでプロットできることから、臨機応変な対応や測定の効率の良さが評価され、6月から福島県および文部科学省の放射線量調査に使われています。福島県では県内各地の住宅地を中心とした詳細な放射線量マップ作成のためのシステムとして採用され、特定避難勧奨地点指定のための一次データとしても使われました。文部科学省でも福島県やその近隣県における測定や、緊急時避難準備区域解除に向けた放射線測定に採用されています。その結果は放射線量等分布マップなどで公開されています。2011年12月には航空機サーベイで空間線量率が0.2µSv/h以上と判定された地域での詳細な線量マップ作成のための測定が行われ、現在得られたデータの解析が進行中です。このようにKURAMAは、まさに原子力災害における目に見えない放射線を見る「目」として活用されています。

 原子力災害による被災地域では、今後数十年の長期にわたって継続的な空間線量率のモニタリングが必要ですが、その測定作業に関わる負担は可能な限り低減する必要があると考えます。そのためには測定のための走行を行うのではなく、すでに生活圏内で運行している移動体へ測定器を搭載して自動測定できると好都合です。そのような移動体の中でも路線バスやコンビニエンスストアなどの配送車は、決まった経路を定時性をもって運行すること、さらに運行経路が生活圏に密着して緻密に張り巡らされていることが特徴です。また、配達で使われるバイクは路線バスほどの経路の再現性や定時性はないものの、バスや配送車の入り込めない路地裏まできめ細かく回って行くという特徴があります。 仮にKURAMAの測定が完全自動化され、これらの生活圏内を常時巡回する移動体に搭載できれば、最低限の労力で継続的な放射線量の監視システムができます。そこで、KURAMAを改良し、堅牢・小型で特別な操作が不要な自動測定システムとしてKURAMA-IIを開発しました。

KURAMA-IIの構成

 KURAMA-IIの構成は図1のとおりです。KURAMA-IIの車載機は、CsI検出器、CPUを搭載した計測シャーシ、シャーシに挿入される3G/GPSモジュールから構成されます。CsI検出器は2011年9月に発表された浜松ホトニクス社C12137で、γ線の空間線量率だけでなくエネルギースペクトルも得られるのが特徴です。計測シャーシはナショナルインスツルメンツ社のCompactRIOシリーズを使用しています。このシリーズは片手で持てるほどの大きさであり、自動車の衝突試験の際のデータ収集用に自動車に取り付けられるなど耐久性や信頼性にもすぐれています。またLabVIEWで開発されたソフトウェアが稼働できることも重要な特徴です。この特徴を活かし、KURAMA-IIの車載機ソフトウェアは、LabVIEWで開発されており実際の測定実績も豊富なKURAMAのソフトウェアがベースとなっています。

 車載機は移動中のGPSの位置情報と放射線検出器の測定値を保存すると同時にデータを携帯電話回線を経由してゲートウェイへ送り出します。ゲートウェイで一般的なテキストデータへ変換されたのち、リアルタイムにインターネット上で共有されます。共有された測定結果は従来のKURAMAと同様にGoogle Earth上に即座に可視化したり(図2)、各種解析ソフトで読み込んで解析する事も可能です。

 車載機は通常ツールボックス(34.5 cm × 17.5 cm × 19.5 cm)に入れられ(図3)、路線バスの場合は後部座席後方のスペースに設置されます(図4)。

本開発成果と今後の展望

 KURAMA-IIは9月に原理検証試験を行い、CompactRIOとCsI検出器による機器構成の有効性、またKURAMAとKURAMA-IIでの線量測定結果が良い一致をすることを確認しました。その後CsI検出器として浜松ホトニクスのC12137を使用した実証機の開発を進め、12月に福島交通株式会社の路線バスでの実証機の動作試験や、車内に設置するKURAMA-IIの計測値から車外の空間線量を求めるために必要な車体による遮蔽効果の測定を行いました。そして2011年12月27日より営業運転中の路線バスに搭載しての実証試験を開始しています(図5)。この実証試験は数週間の予定で行われており、実際の走行でのデータ取得の試験だけではなく、営業走行中のバスで発生するKURAMA-II側で制御できない電源ON/OFFへの対応可否なども評価されることになります。

 このバスでの試験と並行してバイクへの搭載も試みました(図6)。バイクは自動車に比べて走行中の衝撃や振動が激しい上に電源などの制約も大きく計測機器の搭載には困難が伴いますが、 KURAMA-IIの小型で高い耐久性かつ省電力性により走行試験に成功しています。これらの成果を踏まえ、今後は路線バス、コンビニエンスストアの配送車、配達で使われるバイクなどへの搭載を進めて定常的な空間線量の監視体制の構築を行い、住民のみなさんの安全や安心につなげていきたいと考えています。

 本開発は日本ナショナルインスツルメンツ社の「ものつくり復興支援助成プログラム」に採択され、機材の提供や技術的支援をいただいています。また、KURAMAやKURAMA-IIの試験や現地での活動にあたっては、福島県災害対策本部原子力班の支援・協力をいただいています。また、福島交通株式会社よりバス車体の遮蔽効果測定や路線バスによる実証試験などの協力をいただいています。


図1 KURAMA-II システム構成図


図2 Google Earth上でのデータ表示例


図3 ツールボックス(34.5cm×17.5cm×19.5cm)に入れられたKURAMA-II車載機

図4 車内設置の様子


図5 営業走行中のバスでの実証試験データ(例)


図6 バイクへの搭載試験。荷台にKURAMA-IIと検出器の入った箱が設置されている。

関連リンク

 

  • 読売新聞(12月26日 12面)に掲載されました。