「離れた」光ナノ共振器を「強く」結合し、動的に制御することに成功 -次世代高機能光チップ実現へ向けた重要な一歩を達成-

「離れた」光ナノ共振器を「強く」結合し、動的に制御することに成功 -次世代高機能光チップ実現へ向けた重要な一歩を達成-

2011年12月12日

 野田進 工学研究科教授、佐藤義也 同研究科博士課程学生らは、次世代の高機能光チップ実現のための基盤技術、具体的には、光を任意の微小空間(ナノ共振器)に強く閉じ込めつつ、それらを有機的に結合し、自在に制御する技術の開発に世界で初めて成功しました。

 光を(波長の3乗程度の)極微小領域に強く閉じ込めること(すなわち高Q値光ナノ共振器を実現すること)は、光を用いた量子演算や、光を光のままで蓄えることが可能な光メモリーなど、将来の(光量子)通信・情報処理のための高機能光回路の実現にとって鍵となる技術です。しかしながら、これまで、ナノ共振器に光を強く閉じ込めることはできても、任意の位置に存在するナノ共振器間で光をやりとりさせたり、そのやりとりを自在に制御することは実現出来ていませんでした。今回、遠く離れた光ナノ共振器間で超高速に光を交換させ、かつ外部から任意のタイミングでその交換を停止させることに成功し、次世代高機能光回路実現に向けた大きな一歩を踏み出すことに成功しました。

 本成果は、文部科学省科学研究費補助金基盤SおよびFIRSTプログラム等によって援助を受けたもので、12月12日付(日本時間)の英国科学誌「Nature Photonics(ネイチャーフォトニクス)」電子版に掲載されます。

【論文情報】
Y. Sato, Y. Tanaka, J. Upham, Y. Takahashi, T. Asano and S. Noda,
Strong coupling between distant photonic nanocavities and its dynamic control.
Nature Photonics, Published online 11 December 2011(doi:10.1038/nphoton.2011.286).

研究の背景

 光ナノ共振器は、微小領域に光を蓄積させることができ(注1)、またその内部での強い光集中により光-物質間の相互作用が増強されるため、ダイナミック光メモリ、高非線形光スイッチ、さらには光量子情報処理等、様々な展開が期待されています。我々はこれまで、フォトニック結晶(注2)を用いた高Q値光ナノ共振器(注3)の概念の構築から、実際の開発に至るまで世界を先導する様々な成果を挙げてきました。例えば、マルチステップへテロ構造と呼ばれる光閉じ込め構造を極めて高い精度で形成することにより、Q値として世界最大の440万をもつナノ共振器を実現することに成功しています。

 このような光ナノ共振器を複数個、有機的に強く結合させ(注4)、ナノ共振器間を光が自在に行き来できるような状態を形成し、また、このような結合共振器系の性質を動的に制御することが可能となると、高機能光チップ実現へ向けた重要なステップを達成することができると言えます。

 しかしながら、通常、ナノ共振器間の強い結合を実現するためには、ナノ共振器どうしを光の波長程度の極めて近い距離まで近づける必要があります。これは、ナノ共振器が、光の波長程度の空間的に極めて小さな領域に光を強く閉じ込める性質をもつがゆえのことです。この空間的な配置に関する制約は、高度な光機能をもつ光チップ実現にとって、大きな制約となり、解消しなければならない重要な課題です。

 今回我々は、遠く離れたナノ共振器どうしであっても、あたかも、極近くに存在する共振器どうしの結合であるかのように、強く結合させることに成功するとともに、その結合を任意のタイミングで制御することに世界で初めて成功しました。

成果の具体的な説明

A. 離れた光ナノ共振器間の強結合を実現する方法

 まず、離れた共振器間の強い結合を実現する方法を説明します。我々は図1に示す二つの共振器A、Bの中間に導波路を配置した構造を考えました。導波路から外部環境へ光が逃げるのを抑えるために、導波路の両端を反射鏡C、Dで閉じています。ここで中間に配置した導波路は、連成振り子において振動を媒介する弾性棒と同様に、ナノ共振器間での光のやりとりを媒介する役割を期待できます。しかし、導波路部の長さが非常に長い場合、導波路を介したナノ共振器間の強結合が実現できるかは決して自明ではありません。一般に光は広い空間へと散逸していく性質があります。従って共振器の近傍に非常に長い導波路を配置すると、たとえその他の外部環境への損失が一切無くても、ナノ共振器内の光は導波路へと散逸していきます。光が導波路へと大きく漏れてしまうと、ナノ共振器間で効率良く光をやりとりできなくなり、単に導波路中を光が往復する状態に収束していきます。これは強結合ナノ共振器とは質的に異なる状態であり、また微小な領域への光集中というナノ共振器の特性も失われてしまいます。従って、導波路を介して離れたナノ共振器間の強結合を実現するためには、導波路部への光の散逸を抑えつつ共振器部に光を集中させた状態のままで、ナノ共振器間の光のやり取りを実現することが鍵となります。

図1. 導波路を介した結合共振器モデル

  1. 共振器A、Bの間に、反射鏡C、Dで両端を閉じた導波路を配置した間接的な結合共振器モデル。共振器A、Bの間に、反射鏡C、Dで両端を閉じた導波路を配置している。共振器A、Bは同じ共振周波数fcを有し、その周波数の光を閉じ込める。共振器内の光は導波路へと時定数τinで漏れ出していくものとする。Tpは反射鏡C-D間の距離導波路中を光が伝搬するのに必要な時間であり、導波路長L、群速度vgを用いるとL/vgで表せる。θcは反射鏡C-D間の距離導波路中を伝搬する際の、ナノ共振器の共振周波数fcにおける伝搬位相であり、その周波数における光の波数k(fc)と導波路長Lを用いてk(fc)Lで表される。外部環境への光損失は無視できるほど小さいものとする。

 これを実現するため、我々は詳細な理論的検討を行いました。その結果、次の2条件を満たす場合に、光ナノ共振器間の導波路を介した強結合が実現できることがわかりました。

   

 ここでTpは反射鏡C-D間の距離導波路中を光が伝搬するのに必要な時間です。またτinは、(導波路が無限長の場合に、)ナノ共振器から導波路へと光が漏れだしていくのに必要な時間(時定数)です。従って、条件(1)はナノ共振器から導波路へと大部分の光が漏れ出してしまう時間よりも十分素早く導波路を伝搬することを表しています。一方、θcは、(ナノ共振器に閉じ込められている周波数fcの光が、)反射鏡C-D間だけ導波路中を伝搬する際の伝搬位相であり、mは任意の整数です。つまり、条件(2)は(ナノ共振器に閉じ込められている周波数fcの)光が導波路を一往復すると逆位相程度になることを表しています。この2つの条件を満たす条件下では、一方のナノ共振器から光が一部漏れ出すと、その光は弱めあう干渉の効果によって導波路中に長時間とどまることができず、素早くどちらかの共振器に再び入ることになります。この過程はナノ共振器から導波路へと光が大部分漏れ出してしまう時間よりも十分素早く行われるため、導波路部に光蓄積することなくナノ共振器間で光のやりとりが生じます。これにより、導波路を介した強結合共振器が実現できます。上記の2条件の内、特に条件(1)は導波路の長さに上限を与えることになりますが、τinが容易に設計でき、かつ光は高速に伝搬できるため、大きく離れた共振器間でも十分に条件(1)を満たすことが可能です。

 これを確かめるために、我々は2次元フォトニック結晶上で、導波路を介した強結合光ナノ共振器を設計し、電磁界シミュレーションを行いました。用いた構造を図2aに示します。Si基板上に空気孔を周期的に配置したフォトニック結晶構造に、孔を埋めることによる欠陥を導入し、共振器A、Bおよび導波路を形成しています。共振器間の距離は21μmとなっていますが、これは(媒質の有効屈折率を考慮すると、媒質内)波長の30倍程度に相当します。上記の条件(1)、(2)を満たすよう、導波路の長さや共振器-導波路間の距離は適切に調整されています。共振器Aを単一光パルスで励振したときの、共振器A、Bおよび導波路内の光エネルギーの時間発展を図2bに、代表的な時刻における電磁界の様子を図2cに示します。共振器A, B間で光が遷移する様子が確認できます。導波路内に蓄積される光エネルギーは共振器内のエネルギーの20分の1程度まで抑えられており、ナノ共振器部への強い光集中が保たれています。このように、波長より十分大きく離れたナノ共振器間においても、ナノ共振器部への強い光集中を維持したまま、導波路を介した強結合ナノ共振器が十分機能することが確認できます。

図2. 離れた共振器間の導波路を介した強結合のシミュレーション

  1. a. シミュレーションに用いた構造。3個孔埋め共振器を21μm離して配置し、中間部に線欠陥導波路を配置している。光はこの欠陥部のみ存在できる。
    b. 単一光パルスで共振器Aを励振した際の光エネルギーの時間発展。
    c. 代表的な時刻での電界(Ey成分)分布。

B. 離れた光ナノ共振器間の強結合の実証

 以上のシミュレーション結果のもと、実際に離れたナノ共振器間の強結合の実験を行いました。作製した試料構造を図3aに示します。2つのマルチへテロ型光ナノ共振器A、B(図3b)を、波長の100倍以上離して配置し、その中間部に、部分反射鏡C、D(図3c)で両端を閉じた線欠陥導波路を配置した構造です。この構造に光パルスを入射し、共振器A、Bからの放射光振幅の時間発展を測定した結果を図3dに示します。共振器間で光が周期的遷移している様子が観測されました。

図3. 離れた共振器間の強結合の実証

  1. a. 作製したフォトニック結晶サンプルの電子顕微鏡像。
    b. 格子定数をわずかに変えたマルチステップへテロ型光閉じ込め構造を有する光ナノ共振器。
    c. 導波路中で一部の孔を狭めることにより形成した部分反射鏡。
    d. 部分反射鏡Cからパルス光(時間幅4ps)を入射し、共振器A、Bから少しずつ漏れ出した光を、相互相関法を用いて時間分解測定した結果。54psで共振器間を周期的に光が遷移する様子が確認できる。

C. 離れた光ナノ共振器間の結合状態の動的制御

 さらに我々はこの強結合共振器の結合状態の動的制御を試みました。用いた方法は、制御光パルスを照射し、励起された電子・正孔対による屈折率変化を利用する方法(図4a)です。一例として、光が共振器Aに集中するタイミング(t=240ps)に共振器Bに制御光を照射した際の、両共振器からの放射光の時間発展を図4bに示します。制御光照射以降、共振器Aに光がとどまり続ける現象が観測されました。これは共振器Bに与えた屈折率変化により、共振周波数(すなわち閉じ込め可能な光の周波数)が変化したために、共振器Aの光が共振器Bに遷移できなくなったためです。ここで興味深い点は、共振器Bから十分に離れた共振器Aに光が集中する状態で、空の共振器Bに屈折率変化を与えることによって、あたかも遠隔操作されたかのごとく共振器A内の光の振る舞いを制御できる点です。このような光制御を利用すれば、多様な光制御が実現できると考えられます。

図4. 離れた共振器間の強結合の実証

  1. a. 共振器間の結合状態の動的制御実験の方法。 信号光パルスを入射し、共振器間で光がやり取りされている状態下で、(信号光とは異なる波長の)制御パルスを共振器Bにのみ入射してキャリアを励起し、屈折率変化を引き起こしている。
    b. 共振器Aに光が集中するタイミングで共振器Bに制御光を照射した場合における、それぞれの共振器からの放射光の時間分解測定結果。 制御光照射以後、共振器間の光遷移が停止している。 これは屈折率変化に伴って共振器Bの共振周波数が変化し、共振器Aと離調したためである。

まとめ

 以上、離れた共振器間の強結合状態の形成とその動的制御に成功しました。これにより、光を散逸させることなくナノ共振器部へ強く集中させた状態のまま光を自在にやりとりさせることができるようになり、次世代の高機能光回路実現につながるものと期待できます。

補足説明

(注1)光ナノ共振器は、合わせ鏡の要領で光を閉じ込めます。定在波条件を満たす特定の周波数(共振周波数)の光が閉じ込められます。

(注2)フォトニック結晶とは、光の波長程度の周期的な屈折率分布をもつ光ナノ構造を意味します。この結晶内では、周期に対応する特定波長帯の光が定常的に存在できず、排除されます。この結晶内に欠陥構造を導入すると、欠陥部のみに光を閉じ込めることができます。

(注3)光ナノ共振器におけるQ値は、光閉じ込め強さを表す指標に対応します。我々は、電磁界の包絡線がガウス関数型となるように光を閉じ込めることで、ナノ共振器のQ値を大幅に向上させてきました。

(注4)外部への散逸よりも十分強く結合させた共振器対を強結合共振器と呼びます。共振器間で効率良く光をやりとりするなど、複数の共振器間の密接な連携動作が得られます。身近な例としては、振り子を(弾性のある)棒などでつないだ連成振り子や、音叉の共鳴などが挙げられます。最近ではワイヤレス電力伝送でも用いられ始めています。

関連リンク

 

  • 京都新聞(12月12日夕刊 10面)、毎日新聞(2月19日 24面)、科学新聞(1月13日 4面)および日経産業新聞(12月19日 11面)に掲載されました。