iPS細胞から大量に血小板を作製する方法を開発-第53回米国血液学会年次大会で発表-

iPS細胞から大量に血小板を作製する方法を開発-第53回米国血液学会年次大会で発表-

2011年12月11日

 中村壮 iPS細胞研究所特定研究員(臨床応用研究部門)と江藤浩之 同教授(同研究部門)の研究グループは、東京大学幹細胞治療研究センターとの共同研究で、ヒトiPS細胞から大量に血小板を作製する方法を開発しました。

 この研究アブストラクト(要旨)が高く評価され、12月10日から4日間の予定で、米国サンディエゴで開催される第53回米国血液学会年次大会のトップ6演題のみが発表するプレナリーセッションの発表要旨に選ばれました。同研究室の高山直也 特定拠点助教が米国太平洋標準時間12月11日(日曜日)午後2時25分(日本時間12月12日(月曜日)午前7時25分)に、現地で学会発表します。

研究の概要

 江藤教授らの研究グループは、ヒトES細胞(胚性幹細胞)およびiPS細胞(人工多能性幹細胞)から血小板生体外で作製する研究を進めてきました。これまでに、血小板を作製する前段階である巨核球前駆細胞のc-MYC(体細胞の増殖に不可欠な遺伝子)を最大に活性化(発現)させた後、c-MYCの発現を抑制することが、生体外で血小板を作製するのに必須であることを報告しています。また、c-MYCの過剰発現は、巨核球を増加させますが、細胞死と細胞の老化も誘発することも見出しました。細胞の老化とは、細胞が分裂不可能となり、減少していく状態を指します。

 ヒトiPS細胞から血小板を作製し、それがマウスの生体内で機能することも報告していますが、大量に高品質の血小板を作製する方法を開発することが課題の一つでした。

 このたび、同研究グループは、ヒトiPS細胞から巨核球細胞株を無限に増殖させることに成功し、作製された血小板がマウス体内でも正常に機能することを確認しました。これは、人工的に大量に品質の良い血小板を作り出す方法の開発に貢献する成果です。

 本研究では、c-MYCとBMI1(細胞の老化を防ぐポリコーム遺伝子を過剰発現させることにより、無限に増殖する不死化巨核球細胞株を作ることができました。そして、遺伝子の発現を抑制すると、生体内で正常に機能する血小板ができることを見出しています。さらに、その血小板を培養し、免疫不全マウスに注入したところ、人間の正常な血小板と同程度の寿命を持つことが分かりました。

 従来の方法では、誘導した巨核球を増やすことはできませんでしたが、今回開発された方法を用いると、不死化した巨核球が無限に増殖できるため、得られる血小板の量が格段に増えます。

 血小板は、凍結保存ができないため長期間の保存ができず、輸血用の血小板が不足している地域もあります。将来、ヒトiPS細胞から高品質な血小板を大量に作製することができれば、輸血治療用の安定的な血小板供給源になると考えられ、血液がんや再生不良性貧血などの繰り返し輸血を必要とする病気の治療に活用できる可能性があります。

 江藤教授は、今後、現在の方法を改善し、血小板の作製効率を向上させるとともに、巨核球から血小板を作り出す分子機構の解明にも取り組みたいと話しています。

【アブストラクト演題】
"Platelet Production System Using an Immortalized Megakaryocyte Cell Line Derived From Human Pluripotent Stem Cells"
Sou Nakamura1*, Naoya Takayama, M.D., Ph.D.1*, Hiromitsu Nakauchi, MD, PhD2* and Koji Eto, M.D., Ph.D.1
1Clinical Application Department, Center for iPS Cell Research and Application (CiRA), Kyoto University, Kyoto, Japan; 2Division of Stem Cell Therapy, Center for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan

用語説明

ES細胞

胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)のこと。ES細胞は受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができる。しかし、作製には受精卵を破壊する必要があり、倫理的な問題がある。また、患者自身の細胞から作製することができないため、細胞移植に利用する際には、免疫拒絶の問題が指摘されている。

iPS細胞

人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)のこと。皮膚などの体細胞に特定因子を導入することにより作製される。胚性幹細胞(ES細胞)のように無限に増え続ける能力と体のあらゆる組織細胞に分化する能力を有する多能性幹細胞である。

血小板

血液細胞の一つ。核がなく、血管が傷ついた時に血液を凝固して、出血を止める機能がある。生体内では、骨髄中の巨核球がちぎれてできる。

巨核球

血小板に分化する前段階の細胞で、骨髄の中では最も大きい造血系の多核細胞。1個の巨核球から数千個の血小板が産生される。

ポリコーム遺伝子

染色体の高次構造に影響を与え、遺伝子発現の抑制を維持するポリコーム複合体を形成するための遺伝子のこと。ヒストンを化学修飾し、遺伝子が働きにくい環境を作り出す。

 

  • 朝日新聞(12月11日 38面)、京都新聞(12月11日 1面)、産経新聞(12月11日 1面)、中日新聞(12月11日 36面)、日本経済新聞(12月11日 30面)、毎日新聞(12月11日 3面)および読売新聞(12月11日 2面)に掲載されました。