国際幹細胞イニシアティブ(ISCI)、各国ヒトES細胞株のゲノム安定性を比較分析:実用化に適した株の評価・選別へ

国際幹細胞イニシアティブ(ISCI)、各国ヒトES細胞株のゲノム安定性を比較分析:実用化に適した株の評価・選別へ

2011年11月28日


左から中辻拠点長、末盛准教授

 英シェフィールド大学ピーター・アンドルーズ教授をリーダーとし、本学の中辻憲夫 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長や末盛博文 再生医科学研究所(再生研)准教授らが参加する共同研究プロジェクト「国際幹細胞イニシアティブ(ISCI)」が、19ヵ国38研究室のヒト胚性幹(ES)細胞125株とヒト人工多能性幹(iPS)細胞11株について、遺伝学的な安定性を比較分析しました。その結果、ヒトES細胞株の培養中に起き得るゲノムの変化などについての詳細な情報が明らかになりました。今後の臨床応用に向けて不可欠となる、細胞株の品質の評価と管理において、有益な知見となります。

 中辻拠点長や末盛准教授らはISCIが発足した2003年から同プロジェクトに参加し、長期間の継代培養を経て詳しい性質が調べられている再生研のヒトES細胞株のサンプルを提供しています。また山中伸弥 iPS細胞研究所(CiRA)所長・iCeMS教授や高橋和利 CiRA講師らは、比較検討のためのヒトiPS細胞株サンプルを提供しています。

 本成果はロンドン時間11月27日18時(日本時間28日午前3時)に、米科学誌「ネイチャー・バイオテクノロジー」オンライン速報版で発表されました。


2008年10月、ジャクソン研究所(米国メイン州)で開催されたISCI会議に参加した研究者

背景と成果内容

 ヒトES細胞株などの多能性幹細胞株は、創薬や細胞治療にとって不可欠な「品質管理され、均一特性をもつ」各種ヒト細胞を大量に生産供給できる、他では代替不可能な細胞リソースとして期待されます。

 しかしながら、これまでに報告されている、今回より少数の細胞株を用いた解析では、ヒトES細胞株などの培養増殖中にゲノムの変化が起き得ることが示され、細胞増殖にとって有利な変化を起こした細胞集団が選別されてくる可能性があります。このような増殖に有利に働く変化は癌化に関連する可能性があるので、培養中でのゲノムの変化は、多能性幹細胞株の医学的応用にとっては安全面のリスク要因となります。

 今回の大規模な国際共同研究では、ISCIがイギリス・アメリカ・オーストラリア・イスラエル・シンガポールなど19ヵ国38研究室から、ヒトES細胞125株とヒトiPS細胞11株のサンプルを集め、共通のプロトコルによるゲノム解析などを行いました。

 その結果、大半のヒトES細胞株の染色体は正常を保つが、一部の細胞株ではゲノムの変化が起きる可能性があり、特に1、12、17、20番染色体の部位に起きやすいことが明らかになりました。その中でも、20番染色体の一定部位のコピー数増幅が特に起きやすいことが示されました。

意義と展望

 本成果は、今後ヒトES細胞(さらにはヒトiPS細胞)の実用化に向けた細胞株の品質の評価と選別にとって、極めて重要な情報となります。リスク要因となり得るゲノムの変化を持つ細胞株を見つけて除くことによって、創薬や医学応用には不可欠となる、信頼できる安全な細胞株の評価選別に貢献します。

 ISCIリーダーのアンドルーズ教授は「今回の研究から、こうしたゲノム変化が、いつ、なぜ、どのように起こるかの理解が進んだ。最終的には、臨床応用で使える安全な細胞を作ることに寄与する成果」としています。

中辻拠点長・末盛准教授のグループによる今後の取り組み

 今回の共同研究によって、再生研において樹立されたヒトES細胞株(KhES-1株)は、継代数168(17ヶ月間)という極めて長期の培養後も染色体が正常であることが示されました。そこで、この細胞株を臨床応用可能な(品質保証された)細胞株にするための「クリーニング作業」を始めることを計画しています。既知成分のみを含む培地や培養基材を用い、標準化されたプロトコルによる継代培養を行うことによって、当初の樹立過程で使用された動物由来成分や特定されていない成分(リスク要因)を取り除き、将来の臨床応用に耐える品質保証された細胞株を作成します。

 これと並行して、ES細胞株の樹立段階から、すべて既知成分での培養を行い、アメリカ食品医薬品局(FDA)などが要請する世界的標準条件に合致する臨床用ヒトES細胞株の樹立計画を開始します。そのために、凍結余剰胚の新たな提供医療機関の選定や、インフォームドコンセントによる提供に至る手順の見直しなどを現在進めており、樹立研究計画の策定と申請を来年行う予定です。なお、日本国内ではヒトES細胞株の臨床応用指針の策定が進行中です。これと連動して樹立研究計画の策定を進める必要があるため、早期の指針策定が望まれます。

 世界的には、これまでに脊髄損傷および網膜疾患に対するヒトES細胞株由来の細胞による治療の臨床試験が米国FDAなどで承認されて開始しています。米ジェロン社が世界に先駆けて始めた脊髄損傷の治験については、同時進行中の癌治療臨床試験に資源集中するため、企業の経営戦略判断として中断する、という発表がありました(※1)。網膜疾患については、米アドバンスト・セル・テクノロジー社がアメリカおよびイギリスにおいて臨床試験の承認を得て開始しています。

 また、米ファイザー社による網膜疾患の臨床試験がイギリスで計画中であることが報じられる(※2)など、今後ヒトES細胞を用いた再生医療の臨床試験がアメリカやイギリスなどで進展することが予想されます。これらES細胞の臨床試験で得られる知見はすべて、今後ヒトiPS細胞を使用する場合に適用可能です。

 こうした世界的状況を踏まえ、中辻教授は「再生研のヒトES細胞株樹立グループで、臨床応用に要求される世界的標準を満たしたヒトES細胞株を作成し、再生医療の実現を目指す臨床研究グループへの供給を開始したい」としています。

※1 “Geron to Focus on its Novel Cancer Programs,” Geron News Release, 14 November 2011
http://www.geron.com/media/pressview.aspx?id=1284

※2 Jeanne Whalen, “Stem-Cell Clinical Trials Move Debate Beyond Labs,” The Wall Street Journal, 10 October 2011
http://online.wsj.com/article/SB10001424053111904563904576586610655509784.html

関連リンク

論文について

【タイトル】Screening ethnically diverse human embryonic stem cells identifies a chromosome 20 minimal amplicon conferring growth advantage(参考訳:大規模な多民族由来ヒトES細胞株のスクリーニングにより、細胞増殖に有利な20番染色体の最小増幅部位を同定)

【掲載誌】Nature Biotechnology (27 November 2011 | doi:10.1038/nbt.2051)

【要旨】この国際共同研究では、19ヵ国38研究室が、ヒトES細胞125株とヒトiPS細胞11株のサンプルを提供し、継代培養初期サンプルと長期培養後のサンプルを比較して、培養中におきるゲノムの変化などについて解析した。結果、これらが世界の主要な民族グループ由来の細胞株をほぼ全て含むことが分かった。大半の細胞株は染色体が正常であったが、長期培養後に一部の細胞株でゲノムの変化が1、12、17、20番染色体に見られた。このうち20番染色体には、約20%の細胞株で共通の増幅部位が発見され、培養細胞の増殖を促進する遺伝子候補が含まれていた。DNAメチル化については多様な変動が見られた。

【著者(アルファベット順)】The International Stem Cell Initiative(Katherine Amps, Peter W Andrews, George Anyfantis, Lyle Armstrong, Stuart Avery, Hossein Baharvand, Julie Baker, Duncan Baker, Maria B Munoz, Stephen Beil, Nissim Benvenisty, Dalit Ben-Yosef, Juan-Carlos Biancotti, Alexis Bosman, Romulo Martin Brena, Daniel Brison, Gunilla Caisander, Maria V Camarasa, Jieming Chen, Eric Chiao, Young Min Choi, Andre B H Choo, Daniel Collins, Alan Colman, Jeremy M Crook, George Q Daley, Anne Dalton, Paul A De Sousa, Chris Denning, Janet Downie, Petr Dvorak, Karen D Montgomery, Anis Feki, Angela Ford, Victoria Fox, Ana M Fraga, Tzvia Frumkin, Lin Ge, Paul J Gokhale, Tamar Golan-Lev, Hamid Gourabi, Michal Gropp, Lu Guangxiu, Ales Hampl, Katie Harron, Lyn Healy, Wishva Herath, Frida Holm, Outi Hovatta, Johan Hyllner, Maneesha S Inamdar, Astrid Kresentia Irwanto, Tetsuya Ishii, Marisa Jaconi, Ying Jin, Susan Kimber, Sergey Kiselev, Barbara B Knowles, Oded Kopper, Valeri Kukharenko, Anver Kuliev, Maria A Lagarkova, Peter W Laird, Majlinda Lako, Andrew L Laslett, Neta Lavon, Dong Ryul Lee, Jeoung Eun Lee, Chunliang Li, Linda S Lim, Tenneille E Ludwig, Yu Ma, Edna Maltby, Ileana Mateizel, Yoav Mayshar, Maria Mileikovsky, Stephen L Minger, Takamichi Miyazaki, Shin Yong Moon, Harry Moore, Christine Mummery, Andras Nagy, Norio Nakatsuji, Kavita Narwani, Steve K W Oh, Sun Kyung Oh, Cia Olson, Timo Otonkoski, Fei Pan, In-Hyun Park, Steve Pells, Martin F Pera, Lygia V Pereira, Ouyang Qi, Grace Selva Raj, Benjamin Reubinoff, Alan Robins, Paul Robson, Janet Rossant, Ghasem H Salekdeh, Thomas C Schulz, Karen Sermon, Jameelah Sheik Mohamed, Hui Shen, Eric Sherrer, Kuldip Sidhu, Shirani Sivarajah, Heli Skottman, Claudia Spits, Glyn N Stacey, Raimund Strehl, Nick Strelchenko, Hirofumi Suemori, Bowen Sun, Riitta Suuronen, Kazutoshi Takahashi, Timo Tuuri, Parvathy Venu, Yuri Verlinsky, Dorien Ward-van Oostwaard, Daniel J Weisenberger, Yue Wu, Shinya Yamanaka, Lorraine Young & Qi Zhou)

 

 

  • 朝日新聞(12月8日 31面)、京都新聞(11月28日 23面)、産経新聞(12月17日夕刊 2面)、日本経済新聞(11月28日 11面)、毎日新聞(12月9日 27面)および読売新聞(12月5日 22面)に掲載されました。