寒さによって「ふるえ」を起こす脳の仕組みを解明

寒さによって「ふるえ」を起こす脳の仕組みを解明

2011年5月31日


中村特定助教

 中村和弘 学際融合教育研究推進センター 生命科学系キャリアパス形成ユニット特定助教らのグループは、寒冷環境下や発熱時に生じる「ふるえ(シバリング)」を起こすために機能する脳神経回路の仕組みを解明しました。

 本研究成果は、生理学で最も権威ある英国の学術雑誌、The Journal of Physiology(ジャーナル・オブ・フィジオロジー)のオンライン速報版(2011年5月24日(英国時間)付け)で公開されました。

掲載タイトル:Central efferent pathways for cold-defensive and febrile shivering
著者:(2名): 中村 和弘(Kazuhiro Nakamura、京都大学 学際融合教育研究推進センター 生命科学系キャリアパス形成ユニット特定助教)
ショーン・モリソン(Shaun F Morrison、米国・オレゴン健康科学大学教授)

研究の概要

 人間を含めた多くの恒温動物は、寒冷環境中では、体温が低下してしまわないように、脳からの指令によって骨格筋を震えさせることで熱を積極的に産生します。この「ふるえ熱産生」は、感染による発熱時にも生じ、体温上昇に寄与します。こうした生理反応は、普段私達が身近に経験するものですが、その発生に関わる脳神経回路はほとんど分かっていませんでした。

 今回本研究グループは、ラットを用いた実験から、皮膚を冷やすことや、脳内に発熱物質を投与することによって生じる骨格筋のふるえが、脳内の視床下部背内側核(ししょうかぶはいないそくかく)あるいは延髄の淡蒼縫線核(たんそうほうせんかく)と呼ばれる部位の神経細胞の活動を抑制することによって消失することを見いだしました(図1)。また、皮膚冷却によるふるえ反応は、視索前野(しさくぜんや)と呼ばれる、脳内の体温調節中枢の働きを阻害することによっても起こらなくなりました。今回の実験結果は、ふるえを起こすことを指令する信号が、体温調節中枢である視索前野から視床下部背内側核および淡蒼縫線核を経て、脊髄の運動神経へと伝えられ、それによって骨格筋が震えることを示しています(図2)。

 さらに興味深いことに、今回解明したふるえの神経経路は、これまでに私達が明らかにしてきた、褐色脂肪組織における代謝性の「非ふるえ熱産生」を起こす神経経路と近接し、並行して存在するものでした。通常寒い時には、体温調節中枢からの神経経路が、自律神経の一種である交感神経を介して、自律的に(意識とは関係なく)非ふるえ熱産生を起こして体温を維持しますが(図3左)、それでもまだ多量の熱を作る必要があるほど寒い時には、生命の維持のために、今回解明した神経経路が働き出し、運動神経に影響を与え、私達の随意(意識的な)運動(しゃべる、歩くなど)を犠牲にしても骨格筋を震わせて熱を作るように働くものと考えられます(図3右)。

参考図

   

  1. 図1 
    A
    : 麻酔下のラットの皮膚を冷却すると(矢印)、骨格筋のふるえの発生を示す筋電活動の上昇が起こり(赤)、非ふるえ熱産生による褐色脂肪組織の温度上昇も生じる(緑)。神経活動の抑制剤であるムシモールを視床下部背内側核に微量注入すると(右の写真の矢印は注入部位を示す)、皮膚冷却によるふるえと非ふるえ熱産生はともに起こらなくなった。
    B: 脳内への発熱物質の投与によって生じるふるえ(赤)と褐色脂肪における非ふるえ熱産生(緑)はともに、延髄の淡蒼縫線核へムシモールを微量注入することにより消失した。

   

  1. 図2 本研究から明らかになった、「ふるえ」の発生に関わる神経経路。平常時(上)は、体温調節中枢である視索前野の神経細胞が視床下部背内側核の神経細胞を持続的に抑制する。寒冷環境下で皮膚からの冷温度情報が視索前野に伝達される、あるいは、感染が起こって発熱物質が視索前野に作用すると(下)、視索前野の神経細胞の活動が低下し、視床下部背内側核の神経細胞が抑制から解除され、活性化される。それにより、興奮性の信号が淡蒼縫線核を経て脊髄前核の運動神経を活性化することで、骨格筋のふるえが生じる。+印は、伝達先の神経細胞を活性化させ、-印は、伝達先の神経細胞を抑制することを示す。

   

  1. 図3
    :寒冷環境下では、まず、体温調節中枢からの信号によって、交感神経を介した代謝性(非ふるえ)熱産生を起こし、体温の低下を防ごうとする。この仕組みは、運動神経を介した随意運動とは独立している。
    :代謝性熱産生だけでは体温を維持できないほど寒冷な環境になると、今回発見した経路が働き出し、体温調節中枢から運動神経を介したふるえ熱産生が起こる。そのため、随意運動は阻害される。

本研究への支援

本研究プロジェクトは、以下の研究費・制度の支援を受けて行われたものです。

  • 日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム
  • 文部科学省 科学技術振興調整費・若手研究者の自立的環境整備促進「わが国の将来を担う国際共同人材育成機構」
  • 平成22年度 文部科学省 科学研究費補助金(若手研究(A))
  • 平成21年度 日本学術振興会 科学研究費補助金(若手研究(スタートアップ))
  • 米国・国立衛生研究所(NIH) R01グラント
  • 平成22年度 中島記念国際交流財団 日本人若手研究者研究助成金
  • 2009年度 武田科学振興財団 医学系研究奨励金
  • 平成21年度 興和生命科学振興財団 研究助成

関連リンク

  • 以下は論文の書誌情報です。
    Nakamura K, Morrison SF. Central efferent pathways for cold-defensive and febrile shivering. J Physiol. 2011 May 24. [Epub ahead of print]

  

  • 朝日新聞(6月1日 29面)、京都新聞(6月1日 23面)、産経新聞(6月1日 20面)、中日新聞(6月1日 28面)、日刊工業新聞(6月1日 23面)、毎日新聞(6月1日 22面)および読売新聞(7月25日 17面)に掲載されました。