植物有用物質生産のための微生物プラットホームの確立

植物有用物質生産のための微生物プラットホームの確立

2011年5月25日


左から佐藤教授、南助教

 佐藤文彦 生命科学研究科教授、南博道 石川県立大学生物資源工学研究所助教らの研究グループの成果が、2011年5月24日発行の科学誌「Nature Communications」電子版に掲載されました。

掲載タイトル:A bacterial platform for fermentative production of plant alkaloids
著者:Akira Nakagawa*, Hiromichi Minami*, Ju-Sung Kim*, Takashi Koyanagi*, Takane Katayama*, Fumihiko Sato**, and Hidehiko Kumagai*
*Research Institute for Bioresources and Biotechnology, Ishikawa Prefectural University, Nonoichi-machi, Ishikawa 921-8836, Japan; and **Division of Integrated Life Science, Graduate School of Biostudies, Kyoto University, Oiwake-cho, Kitashirakawa, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan

研究の概要

 高等植物は、その生育に必須な糖、アミノ酸や脂肪酸などの一次代謝産物以外に、二次代謝産物といわれるアルカロイド、イソプレノイド、フェノール性化合物(フェニルプロパノイド、フラボノイド)類の多様な低分子有用化合物を生産します(図1)。これらの二次代謝産物は、香辛料や染料、香料、医薬品等として、様々な形で利用されていますが、その含量が乾燥重量の数パーセント程度と低いものが多く、さらに栽培の困難さや、栽培に長い年月がかかるなどの問題がありました。一方、これらの化合物を工業的に安価に化学合成するには、立体異性の問題等、実用化のための課題が多くありました。

 佐藤文彦 生命科学研究科教授と南博道 石川県立大学生物資源工学研究所助教のグループでは、これまでに、植物の有用物質生合成系を微生物細胞内に再構築するとともに、部分的な改変を加えることによりイソキノリンアルカロイド生合成の重要な中間体であるレチクリンをドーパミンから生産する方法を確立しました。(詳細は、本学プレスリリース2008年5月20日「微生物による高等植物アルカロイドの生産」(/ja/news_data/h/h1/2008/news6/080520_1.htm)を参照ください。)

 しかし、この方法では、高価な基質(ドーパミン)を添加しなければならず、コスト面において課題が残っていました。今回、京都大学と石川県立大学のグループにより、より安価な出発物質から、植物由来の有用二次代謝産物を合成するための、さらに発展した微生物プラットホームが開発されました。

 すなわち、アルカロイド生合成の出発物質であるアミノ酸(チロシン)を高生産させるように改変した大腸菌に、微生物酵素を用いたチロシンからの改変型イソキノリンアルカロイド生合成経路を組み込むことにより、特別な基質の添加を必要としないレチクリン生産システムが確立されました(図2)。具体的には、単純な炭素源であるグルコースやグリセロールから、微生物発酵法により植物アルカロイドを生産することが可能となりました。これらの成功は、従来困難であった有用イソキノリンアルカロイドの工業的生産の可能性を示すものであり、創薬をはじめとした様々な分野に大きく貢献することが可能です(図3)。また、イソキノリンアルカロイドに限らず、より多様な二次代謝産物の微生物による植物医薬品原料の発酵生産の可能性を示しており(図1)、我が国の生物産業の発展に新たな展開をもたらすものです。

 本研究成果は、生研センター、文部科学省科学研究費補助金 [新学術領域研究(20200036)]、日本学術振興会科学研究費補助金 [基盤(A)(21248013)、若手研究B(21780080)] の支援を受けました。

参考図

   

  1. 図1 植物の主要二次代謝産物の生合成経路
    今回の微生物プラットホームの確立により、緑地で示す化合物の代謝工学の基盤が構築され、黄色地で示す化合物群の発酵生産の可能性が示された。

   

  1. 図2 微生物プラットホームの確立
    従来は、ドーパミンを添加し、イソキノリンアルカロイドであるレチクリンを合成していた。今回、チロシン生産系のフィードバックレギュレーション(fbr) を解除するとともに、チロシンから、ドーパミンへの効率的変換系を構築することにより、実用的なアルカロイドの発酵生産系が構築された。

   

  1. 図3 イソキノリンアルカロイド生産系の拡大
    今回の微生物プラットホーム構築は、多様なイソキノリンアルカロイド(モルヒネやコデイン、ベルベリン等)の微生物生産の基盤となると期待される。

用語解説

アルカロイド

窒素を含む一群の低分子有機化合物群、モルヒネやベルベリン、アトロピン、キニーネ、カフェイン、ニコチンなどの生理活性物質がふくまれ、有用医薬品としても利用されているものが多い。多くの場合、特有の植物種において、アミノ酸類から生合成される。

代謝工学

代謝系において反応速度を律速する酵素を多く発現させる、あるいは、反応系に新たな経路を付け加える、あるいは、反応系を遮断するなどの改変を行うことにより、代謝系を改変し、目的とする化合物を大量に生産する、あるいは、新たに生産する技術。

微生物プラットホーム

微生物の代謝系を改変し、有用代謝産物を工業的に生産することを可能とした改変微生物。今回の開発では、チロシンの生合成系におけるフィードバックレギュレーションを解除し、グルコースやグリセロールからチロシンを大量に生産するプラットフォーム(代謝基盤)と、チロシンからドーパミンに特異的に変換するための代謝系を導入したプラットフォームが開発され、それに、従来開発されていたドーパミンからレチクリンへの代謝プラットフォームを接続することにより、新たなアルカロイド発酵生産のプラットフォームが構築された。それぞれのプラットフォームはモジュールとなっており、任意に組み合わせることが可能であり、アルカロイド以外の二次代謝産物合成にも利用できる。

フィードバックレギュレーション

特に、一次代謝系では、最終産物による代謝系の早い段階の生合成酵素の阻害が起こることが認められている。このように産物による活性阻害のことをフィードパックレギュレーションとよぶ。これらの産物は直接的に反応の基質となるのではなく、間接的に酵素活性を制御することが知られている。現在、これらのフィードバックレギュレーションに関わるアミノ酸配列が解明されるとともに、そのレギュレーションを解除した酵素の単離と利用が可能となりつつある。

関連リンク

  • 以下は論文の書誌情報です。
    Nakagawa A, Minami H, Kim JS, Koyanagi T, Katayama T, Sato F, Kumagai H.
    A bacterial platform for fermentative production of plant alkaloids.
    Nature Communications 2, Article number: 326, doi:10.1038/ncomms1327, Published 24 May 2011

 

  • 京都新聞(5月28日 25面)および日刊工業新聞(5月25日 25面)に掲載されました。