抗がん治療薬、シスプラチンが、がん細胞に効かなくなる分子機構の究明

抗がん治療薬、シスプラチンが、がん細胞に効かなくなる分子機構の究明

2011年4月5日

 シスプラチンは、多くの悪性腫瘍を治療する場合の第一選択薬であり、染色体DNAと特殊な化学反応をしてDNAを傷つけることによって、がんのような活発に増殖する細胞を殺すものです。がん細胞が、そのDNA損傷を修復して、シスプラチンに対して効かなくなる分子機構を、廣田耕志 医学研究科放射線遺伝学准教授と山本君代 医学研究科大学院生が世界で初めて明らかにし、4月4日付け(米国時間)の米国科学アカデミー紀要オンライン版に掲載されました。

発見の背景

 放射線治療やシスプラチンをはじめとした抗がん剤の多くは、DNAを傷つけて、特に盛んに分裂している細胞(がん細胞)を細胞死に導く事で、がん細胞を殺す。ファンコニ貧血の患者さんの細胞は、シスプラチンで特に死にやすいことから、シスプラチンによって傷つけられたDNAのキズの修復に関わるメカニズムに異常があると考えられている。ファンコニ貧血の原因遺伝子群は近年になってたくさん発見され、シスプラチンによって傷つけられたDNAの修復に必須のファンコニ経路が同定された。しかし、どのようにして傷つけられたDNAの除去を行っているのか?不明な謎が多く残されていた。

 武田俊一 医学研究科教授の研究室では、DNAのキズを修復するメカニズムについて、国際的な共同研究を行っている。廣田耕志 医学研究科准教授と武田教授は、ジルクニー スイスチューリッヒ州立大学教授と共同で、ファンコニ経路によって傷ついたDNAに集合するDNA切断酵素Fan1を同定した(図1)。一方、ファンコニ経路が制御するDNA切断酵素がFan1以外にも存在する事も同時に示していた(図2)。ファンコニ経路がどのように傷ついたDNAを除き修復するのか、Fan1の発見で光明が見えてきたが、他の未解明の酵素群を同定する課題が残されていた。

    

  1. 図1

    

  1. 図2

発見の詳細

 今回、廣田准教授と山本君代 医学研究科大学院生は、傷ついたDNAの除去を行う酵素群のまとめ役として機能する、Slx4と呼ばれる因子について解析を行った。Slx4遺伝子を変異させた時、シスプラチンに対して細胞が死にやすくなる事から、Slx4はシスプラチンによって傷つけられたDNAの修復に関わる事を見いだした(図3)。さらに、Slx4がシスプラチンにより壊されたDNAの所に集積される事を明らかにした。(図4)ファンコニ経路の変異した細胞では、Slx4のDNAのキズへの集積が見られないことから、ファンコニ経路によってSlx4が、損傷箇所に集積されて、Slx4が取りまとめている様々なDNA修復酵素によって、壊れたDNAの修復を実行するメカニズムが浮かび上がってきた。今回の発見で、ファンコニ経路が、Fan1とSlx4をDNAの傷口に呼び込んで、壊れたDNAの修復作業を開始するスキームが明らかにされた(図5)。

    

  1. 図3

    

  1. 図4

    

  1. 図5

意義と波及効果

近年、Fan1やSlx4の遺伝子の変異がファンコニ貧血患者さんの細胞から同定された。すなわち、今回ニワトリ細胞で発見した機構は、そのままヒトに外挿できることが証明されたのである。ヒト細胞においてもFan1とSlx4はシスプラチンによるDNAのキズの修復をすることで、シスプラチンが、がん細胞に効かなくなる原因となっていると考えられる。我々が今回解明した効かなくする分子機構を標的とする阻害薬品を開発できれば、それとシスプラチンとを併用することで、シスプラチンの治療効果を相乗的にあげることが期待できる。今後、本研究成果が医療応用に結びつけられることが期待される。

用語解説

ファンコニ貧血

スイスの小児科医Guido Fanconiによって初めて報告されたまれな小児遺伝性疾患で、(1)骨格異常、(2)骨髄不全(再生不良性貧血)、(3)高発がん性(白血病、扁平上皮がん)などを特徴とする。

ファンコニ経路

シスプラチンなどにより架橋したDNAの修復に寄与する、10種類以上のタンパクから成るDNA損傷シグナル伝達ネットワーク。

関連リンク

 

  • 京都新聞(4月5日 21面)、日刊工業新聞(4月5日 24面)および日本経済新聞(4月5日夕刊 14面)に掲載されました。