半分の磁束量子を発見

半分の磁束量子を発見

2011年1月14日

 前野悦輝 理学研究科教授らのグループの研究成果が、Science誌2011年1月14日号に掲載されました。

  1. (論文)
    “Observation of half-height magnetization steps in Sr2RuO4
    (Sr2RuO4における半分の高さの磁化ステップの観測)
    J. Jang1, D.G. Ferguson1, V. Vakaryuk1, R. Budakian1, S.B. Chung2, P.M. Goldbart1, Y. Maeno3  
    1イリノイ大学アーバナ・シャンペイン校
    2スタンフォード大学
    3京都大学
    Science 311, 186-188 (2011).

研究の概要

 電気は電子のもつ負電荷の大きさを最小単位として振る舞いますが、磁気は連続な量でどこまでも細かくすることができると考えられています。ところが超伝導体の中では磁気は「磁束量子」が最小の単位になることが知られています。これが磁束の量子化で、磁束量子は直径10ミクロン(0.01ミリメートル)の輪を通過する地磁気程度の大きさです。超伝導体のこの性質は高感度の磁気センサーとしてすでに精密磁気測定装置や脳磁計などに広く応用されているほか、電圧の標準を決めるのにも使われています。

 イリノイ大学のブダキアン助教授のグループは京都大学の前野悦輝教授らとの共同研究で、ルテニウム酸化物の超伝導体の中では、従来の半分の大きさの磁束量子が存在することを発見しました。単一の物質中で半分の量子化磁束が報告されたのは初めてのことです。 この物質は前野教授らが1994年にその超伝導を発見したもので、その後の世界的な研究成果の積み重ねで、「スピン三重項超伝導体」として知られています。

 ヘリウム3のスピン三重項超流動の理論で2003年のノーベル物理学賞を受賞したレゲット教授は、「ストロンチウムルテニウム酸化物はユニークで魅力的な超伝導体で、この物質で作り出せると考えられてきた半整数量子磁束は特に興味深い状態です。ルテニウム酸化物の半整数量子磁束は、トポロジカル量子計算の原理の基礎付けになるのではと期待されています。もしそのような新しい計算方式が将来実現するならば、今回の実験はそこへ至る道程の重要な一里塚として認識されることになるでしょう」、とコメントしています。

 超伝導体の中では電気を運ぶ電子が2個ずつ対になっています。スピンと呼ばれる電子のもつ自転のような性質に着目すると、従来の超伝導体では対をつくる電子同士でスピンが互いに反対向きの「スピン一重項」になっています。ところがルテニウム酸化物超伝導体では電子対のスピンが同じ向きの「スピン三重項」になっていることが確実視されています。電子は電気を運ぶ「電荷」と磁石の性質をもつ「スピン」の性質を持っていますが、従来の超伝導体では電子のスピンの性質は失われていました。ところがスピン三重項超伝導体では、電子の流れとスピンの向きの両方の情報を持つため、電流に関係した磁束の量子化は、条件によっては半分の大きさで済むことになります。

 今回の研究では京都大学で作製した超伝導体の結晶を2000ナノメートル程度に小さくして500ナノメートル程度の穴をあけることにより、半分の磁束量子ができることを実証したものです。超伝導の新しい性質を見出すとともに、ルテニウム酸化物で起こる超伝導 がスピン三重項であることのさらなる強い確証となります。またこの性質は量子コンピュータの基本素子としての応用のほか、スピン流を利用したスピントロニクス電子デバイスへの応用も期待されます。

 本研究は、文部科学省新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(前野悦輝代表)、グローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」、京都大学低温物質科学研究センターの支援を受けました。


図1: 超高感度の磁気トルク計と
ルテニウム酸化物超伝導体の微小結晶


図2: ルテニウム酸化物超伝導体の構造
 

図3: 従来の整数磁束量子(左)と半整数磁束量子(右)の模式図(米澤進吾氏作成)
 

用語解説

ルテニウム

元素記号Ru のルテニウム元素は周期表では磁石になる鉄の真下にありますが、白金のよう な貴金属の性質も兼ね備えています。

補足

磁束量子

h/2e = 20.7 ガウス(マイクロメータ)2

関連リンク

 

  • 朝日新聞(2月15日 18面)に掲載されました。