100人の入院患者あたり29件の薬による健康被害(薬剤性有害事象)が発生していることを多施設研究で検証しました

100人の入院患者あたり29件の薬による健康被害(薬剤性有害事象)が発生していることを多施設研究で検証しました

2010年9月28日


左から森本講師、作間未織 医学研究科助教

 森本剛 医学研究科講師らの研究グループの研究成果「100人の入院患者あたり29件の薬による健康被害(薬剤性有害事象)が発生していることを多施設研究で検証」が米国総合内科雑誌「Journal of General Internal Medicine」に掲載されることになりました。

  • 発表雑誌
    米国総合内科雑誌「Journal of General Internal Medicine」(オンライン版)
  • 論文名
    Incidence of adverse drug events and medication errors in Japan: the JADE study.
    (日本における薬剤性有害事象と薬剤関連エラーの発生率:日本薬剤性有害事象研究(JADE Study))
  • 著者
    Morimoto T, Sakuma M, Matsui K, Kuramoto N, Toshiro J, Murakami J, Fukui T, Saito M, Hiraide A, Bates DW.

研究の概要

  • 日本で初めて入院患者における薬による健康被害(薬剤性有害事象)の発生率を多施設研究で検証しました。
  • 薬剤性有害事象は100入院あたり29件、1000患者日あたり17件発生していました。
  • 薬剤性有害事象のうちの6%は命に関わる健康被害であり、33%は相当な症状を引き起こしていました。
  • 薬剤性有害事象全体のうち、エラーが関与していたのは14%であり、その他の有害事象は結果として発生しており、薬剤性有害事象の多くは、薬剤を利用することに伴って発生し、必ずしも医療システムや医療従事者のエラーに起因するものではありませんでした。
  • 薬剤性有害事象とは別に100入院あたり15件、1000患者日あたり9件のエラーが発生していました。
  • 薬剤関連エラーが発生しやすい状況として、他の診療科からの転棟、投与薬剤が多いこと、外科病棟に入院すること、経験の乏しい医師が担当することが明らかとなりました。
  • 薬剤関連エラーの2/3は薬剤の処方指示の際に発生しており、この段階での介入が薬剤関連エラーを防止するのに役に立つと考えられました。

研究背景

 近年、病院などの医療機関で受けた治療による有害事象についての報道が多くなってきていますが、すべての市民が何らかの医療機関を利用している中で、報道される有害事象の発生率は明らかではなく、また報道される有害事象が医療システムや医療従事者のエラーが関連しているのかどうかも分かっていません。医療機関ではインシデント報告やヒヤリハット報告として事例を収集し、分析を行っていますが、事例が発生しない患者との比較が出来ないことから、発生要因や防止対策の分析は限定的です。

 欧米では1990年代から臨床疫学的な手法を用いて有害事象の研究が盛んに行われるようになり、医療機関で受けた治療や管理上の問題で発生した有害事象の発生率や危険因子について報告がなされ、薬剤による有害事象(薬剤性有害事象)が最も多いことや情報技術を用いた介入が薬剤性有害事象の発生率を減らすのに効果が高いことが実証されてきています。一方で、医療制度が大きく異なる日本においては薬剤性有害事象の実態はこれまで不明でした。

研究成果

 日本の代表的な3病院(病床数合計2224床)で2004年1月~6月にかけて小児科と産婦人科を除く診療科からランダムに選択した15診療科及び3集中治療病棟で前向きコホート研究(JADE Study)を実施しました。その結果、3459人の入院患者のうち、726人(21%)の患者に1010件の薬剤性有害事象、433人(13%)に514件の薬剤関連エラーが発生していました(図1)。これらの結果を基に病院全体の発生数を推定すると、3病院全体で約8000件の薬剤性有害事象、4000件の薬剤関連エラーが毎年発生していました。薬剤性有害事象全体のうち、エラーが関与していたのは14%であり、それら以外の薬剤性有害事象は結果として発生していました。薬剤性有害事象は100入院あたり29件、1000患者日あたりに直すと17件発生しており、1.6%の薬剤性有害事象は死亡に関連しており、4.9%はアナフィラキシーショックなどの命に関わる健康被害でした。残りの33%は消化管出血や意識レベルの低下などの重症な症状、61%は皮疹や下痢などの一過性ながら重大な症状を引き起こしていました(図2)。


図1: 薬剤性有害事象と薬剤関連エラーとの関連
 
図2: 薬剤性有害事象の重症度

 薬剤関連エラーは100入院あたり15件、1000患者日あたり9件発生していました。薬剤関連エラーの2/3は薬剤の処方指示の際に発生しており、この段階での介入が薬剤関連エラーを防止するのに役に立つと考えられました(図3)。

   

  1. 図3: 薬剤関連エラーの発生段階

 薬剤関連エラーが発生しやすい状況として、他の診療科からの転棟、投与薬剤が多いこと、外科病棟に入院すること、経験の乏しい医師が担当することが明らかとなりました(表1)。

   

  1. 表1: 薬剤関連エラーに関連する因子
    年齢、性別で調整済
    *:有意差あり

 これらの結果から、薬剤による健康被害は入院患者にとって非常にありふれた“疾患”であり、入院期間が長ければ一定のリスクで発生することやその多くはエラーが関与しないことが明らかとなりました。医療従事者も患者も薬剤性有害事象の発生に注意することや、不必要な薬剤を減らすだけでなく、入院期間を短縮することなどでリスクを下げることで、患者の安全が高められます。また、エラーが関与する薬剤性有害事象は少なく、発生時にも医療従事者と患者が情報を共有し、医療従事者を責めない文化がより安全な医療を構築することに繋がると考えられます。一方で、薬剤関連エラーに関連する因子が明らかとなったことより、これらの因子対策にも繋がっていくものと考えられます。

今後の展開

 薬剤性有害事象や薬剤関連エラーの発生段階や関連因子が明らかとなったことより、これらの因子をターゲットとした情報技術システムの導入や教育介入によって薬剤性有害事象の頻度を下げる研究や、他の患者層(外来・小児・療養病棟)や他の有害事象も対象とした包括的な有害事象に関する実証研究を発表していく予定です。

JADE Study(日本薬剤性有害事象研究)とは

 日本における薬剤性有害事象や薬剤の安全性を診療の場で評価する多施設共同研究。製薬メーカーや行政機関が新薬などの安全性を評価する市販後調査のように、医療機関からの自発的報告や薬剤使用情報を集めて分析するデータとは異なり、直接多くの患者集団(コホート)を観察する中で、薬剤情報や患者背景、有害事象を定量的に分析する研究。薬剤性有害事象や薬剤関連エラーなどの臨床疫学のみならず、高齢者における薬剤使用パターンと安全性(専門誌投稿査読中)や外来患者、小児患者などについても包括的に研究している。(研究代表者:京都大学 森本剛)

本研究への支援

独立行政法人日本学術振興会「科学研究費補助金」
財団法人ファイザーヘルスリサーチ振興財団「国際共同研究」

関連リンク

  • 京都新聞(9月29日 1面)、産経新聞(9月29日 26面)、日刊工業新聞(9月29日 38面)、日本経済新聞(9月29日 46面)および毎日新聞(10月21日 21面)に掲載されました。