手のひらに載るほど超小型な電子線プローブX線マイクロアナライザーの開発に成功

手のひらに載るほど超小型な電子線プローブX線マイクロアナライザーの開発に成功

2010年9月22日


河合教授

 JST産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】要素技術プログラムの一環として、河合潤 工学研究科教授は、手のひらに載るほど超小型な電子線プローブX線マイクロアナライザー(EPMA: Electron Probe Micro Analyser)の開発に成功しました。

研究成果の概要

 EPMAは、生体試料、金属材料、半導体集積回路の微細組織の構成元素分析などに用いられ、従来は、高電圧発生系、電子光学系、X線分光器、X線検出器、高真空ポンプ、高電圧電源などを備えた複雑かつ高価で、大型の装置(典型的な設置寸法の例は、幅×奥行×高さが、約1200mm×1200mm×1700mm)でした。

 河合教授はこれまでに、手のひらに載る小さなガラス製容器の中に組み込みこんだ3mm×3mm×10mmの強誘電体に電流を流すことによって80kV(8万ボルト)の高電圧を生成し、これが電子を加速することによって、簡単にX線を発生させることに成功していました。

 この原理を応用することによって今回、EPMAの高電圧発生系と電子光学系の機能を持ったX線発生器を開発しました。そして、このX線発生器と小型のX線検出器と組み合わせることにより、乾電池と簡単な真空ポンプで駆動可能な、手のひらに載るほど超小型なEPMAを開発することにも成功しました。

研究の背景と経緯

 EPMAは、生体試料、金属材料、半導体集積回路などの微細組織や微細構造の構成元素分析などに用いられる大型の精密装置で、価格は5000万円以上もする高価なものです。国内では少なくとも数千台が稼働しています。典型的な装置の寸法は、幅×奥行×高さが、約1200mm×1200mm×1700mmです。

 EPMAの測定原理は、電子ビームを1μm(1mmの千分の一)以下に細く絞って試料に照射し、そこから発生する各元素特有のX線を検出することによって、試料の元素分析や元素の面内濃度分布を測定します。

 河合教授はこれまでに、JST産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】(旧 先端計測分析技術・機器開発事業) 要素技術プログラムの採択課題「ポータブル全反射蛍光X線元素センサー」の一環で小型X線発生器を開発しており、その用途を変更することによって今回、乾電池でも駆動可能で、手のひらに載るほど超小型(手のひらサイズ)なEPMAを完成させました。

研究の内容

 今回開発したEPMAで用いたX線発生器は、小さなガラス製容器の中に強誘電体を組み込んで真空にしたものです(図1、図2)。この強誘電体の上に微小試料を貼り付けて装置に乾電池を接続すると、その微小試料の構成元素に対応した特性X線が発生して、元素分析が可能となります。強誘電体にはペルチェ素子が接続されており(図3)、乾電池によってペルチェ素子の温度が室温から70℃くらいの範囲で変化します。この温度変化によって強誘電体が熱膨張・収縮する際に高い電圧(80kV)が発生すると、ガラス容器内の残留ガスに起因する電子が加速され、微小試料に衝突します。その結果、試料に含まれる元素特有の特性X線が発生します(図4)。ガラス容器はロータリーポンプに接続することによって内部を真空にしていますが、今回開発した装置では通常のEPMAのように高真空とする必要はなく、試料を手で触って真空が悪くなることを気にする必要がないほど簡単な低真空で十分稼働します。真空容器はゴムのO(オー)リングで密封されていますが、簡単にふたが開けられるので、試料の交換も容易です。

 そして、この装置の感度は通常のEPMAと同程度で、空間分解能は試料の大きさにもよりますが、計算上は数十μmまで測定可能です。測定時間は1試料1~3分で、試料導入後に測定に適する真空度に達するまで数分が必要です。

 従来このような装置が開発されなかったのは、電子ビーム発生やX線発生は、極めて困難なことだと思われていたからです。しかし強誘電体単結晶を用いると、真空に入れて加熱・冷却するだけで簡単にX線が発生しはじめます。強誘電体を真空中で加熱・冷却するとX線が発生することは1990年代に報告されていましたが、このように簡単にX線が発生することはあまり知られていませんでした。河合教授は、この簡便で新しいX線の発生原理を用いることによって、乾電池で駆動可能な手のひらサイズのX線発生器を開発することに成功していました。

 さらに今回、このX線発生器の強誘電体に未知試料を貼り付ければ、その試料が強誘電体でなくてもその構成元素が判別できることを応用し、これに乾電池と簡単な真空ポンプを組み合わせることで、手のひらサイズのEPMAを開発することに成功しました。既存のEPMAは、高真空ポンプ、高圧電源、電子銃、電子レンズなどを備えた電子顕微鏡とほぼ同じ構成の装置にX線分光器を加えた装置ですが、今回の装置は、先に述べたように低真空で十分稼働し、高圧電源も不要です(表1)。また、強誘電体に貼り付ける試料は、数十マイクロメートル以下の微小なものでも分析可能です。そして、この手のひらサイズのEPMAから実際に発生するX線は、飛行機で欧州と日本を往復する際に乗客がさらされるX線よりも弱いものです。安全性の問題から測定を行う際には、X線を遮断する箱に装置を入れて使用しますが、大がかりなものは必要ありません。

 この手のひらサイズのEPMAは、装置の簡便さと相まって、従来とは全く異なる研究分野や応用分野を開拓できる可能性があります。例えば、野外などのさまざまなフィールドで土壌やプラスチックなどの身近な試料を測定し、試料に含まれる元素を同定することが可能となります。装置の稼動に必要な真空ポンプも低電力で使える小型のもので十分ですので、自動車のバッテリーで十分な電力を得ることができます。

今後の展開

 今回開発に成功した手のひらサイズのEPMAは、持ち運び可能でかつ高圧電力を必要としないことから、実験室を飛び出していろいろな試料の元素分析を手軽に行うことを可能にするものです。

 さらに、本成果で示された新しい原理のX線発生方法そのものも広く応用される可能性があります。例えば、発生させる電子ビームを絞る仕組みを組み込むことによって、試料表面の元素分布のイメージングも可能になります。また、80kVもの高い加速電圧を発生することが可能であるので、手のひらサイズの加速器への応用も示唆されます。
 

参考図

    

  1. 表1: 従来のEPMAと、今回開発した手のひらサイズEPMAとの比較

 

    

  1. 図1: X線発生器の写真
  2. 大きさを500円玉と比較した。右は、ロータリーポンプにつないだ様子。
     

    

  1. 図2: 手のひらに載せたX線発生器

    

  1. 図3: X線発生器の構造の模式図
  2. 今回の開発では、強誘電体としてタンタル酸リチウム(LiTaO3)の単結晶を用いている。

    

  1. 図4: 真鍮を測定して得られたX線スペクトル例
  2.   X線スペクトルとは、元素に特有なX線のピークが現れたグラフで、X線スペクトルから元素の種類と濃度を知ることができる。この図からは、測定した試料の主構成元素が銅と亜鉛なので、真鍮(黄銅)であることが判別できる。手のひらサイズのEPMAを用いて、砂粒1個程度の大きさの未知試料の主構成元素を十分に判定することが可能。

 

本成果は、以下の事業・課題によって得られました。
事業名: 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】 要素技術プログラム
担当開発総括: 澤田嗣郎(東京大学名誉教授)
課題名: 「ハンディー型全反射蛍光X線元素センサー」
チームリーダー: 河合潤(京都大学大学院工学研究科材料工学専攻教授)
期間: 平成19~21年度
JSTはこのプログラムで、計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発を行うことを目的としています。

 

  • 京都新聞(9月23日 23面)、日刊工業新聞(9月23日 23面)、読売新聞(10月4日 17面)および科学新聞(10月8日 4面)に掲載されました。