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植食者特異的かつ植食者密度依存的な植物揮発性成分の誘導:正直なシグナル?それともオオカミ少年シグナル?

2010年8月18日


左から高林教授、上船研究員、塩尻助教、小澤研究員

 高林純示 生態学研究センター教授らの研究グループの論文が「PLoS ONE」誌に掲載されました。

  • 論文名
    Herbivore-Specific, Density-Dependent Induction of Plant Volatiles: Honest or "Cry Wolf" Signals?.
    (植食者特異的かつ植食者密度依存的な植物揮発性成分の誘導:正直なシグナル?それともオオカミ少年シグナル?)

研究成果の概要

ボディーガードを雇う植物

 植物は、植食性昆虫(畑なら害虫)の食害を受けると、その天敵(寄生蜂など)を誘引する揮発性物質の生産を開始します。天敵を呼び寄せることで、害虫から受ける被害が低減する場合、これは植物の間接防衛戦略と考えることができます。また敵の敵を呼び寄せるので、「ボディーガードを雇う」とわかりやすく表現することができます。われわれは、このような植物の間接防衛戦略について研究してきました。今回は、ボディーガードの雇い方に関して、正直なシグナルで雇う場合と、オオカミ少年(cry wolf)のようなシグナルで雇う場合がキャベツではあることを認めました。

植物の反応:植食者密度依存的vs植食者密度非依存的

 一般的に、植物は食害の程度に応じて天敵誘引性を有する揮発性成分の生産を増加させます。天敵は、遠くからはどの植物にたくさんの害虫がいるかどうか、この害虫密度依存的な植物の揮発性成分の放出によって知ることができます。私たちの研究で、キャベツがモンシロチョウ幼虫の食害を受けた際には、このような密度依存的な揮発性成分の増加がおこり、モンシロチョウ幼虫に寄生するアオムシコマユバチは、多くの寄主(モンシロチョウ幼虫)がいる株により強く誘引されることがわかりました。キャベツはモンシロチョウとの関係においては正直なシグナルを出していることになります。

 一方で、コナガ幼虫の食害を受けた場合、キャベツが食害応答的に生産する揮発性成分の量はコナガの密度に依存せずにつねに多く生産されている状態でした。また、その結果としてコナガ幼虫の寄生蜂であるコナガコマユバチは、コナガに多く食害されているキャベツとわずかに食害されているキャベツの揮発性成分を区別できませんでした。密度非依存的な天敵誘引物質の生産ということになります。つまり、キャベツとコナガとの関係において、キャベツは、いまいるコナガの密度の情報を隠した不正直なシグナルを出していることになります。大げさに天敵を呼ぶと考えられたので、これをオオカミ少年戦略と呼ぶことにしました。オオカミ少年戦略は鳥の警戒音においてすでに報告されていますが、植物においては初めての例です。

   

  1. (A)コナガ雌成虫、(B)幼虫、(C)コナガコマユバチ(写真: 安部順一朗 近畿中国四国農業研究センター博士)、(D)コナガコマユバチがコナガ幼虫に卵を産みつける瞬間(写真: 上船雅義 生態学研究センター博士)

オオカミ少年シグナリング:キャベツの戦略?

 このオオカミ少年シグナリングという現象は、誰が操作をしているのでしょうか。

 そこで、キャベツと同種のケールでも調べてみました。このオオカミ少年シグナルは、キャベツにおいて非常にわずかな食害で起きるのに対して、ケールではそのような現象は起きませんでした。従って、コナガが主体的に操作しているのではなく、キャベツが操作しているといえそうです。また、コナガ幼虫が植物にオオカミ少年させる操作をする適当な理由も考えられません。

 一方、キャベツにとってオオカミ少年シグナルを出すことは、有利になります。なぜなら、コナガ雌成虫は、すでにコナガの被害を受けているキャベツ株に好んで産卵する傾向があります。さらに、コナガコマユバチに寄生されたコナガは摂食量が少なくなり、わずかな被害時に天敵を誘引してコナガを退治することで予想される被害を最小限に抑えることができるからです。こうした理由から、オオカミ少年シグナリングはキャベツが操作しており、キャベツの戦略であると考えることができます。

本当にオオカミ少年シグナル?

 けれども、コナガコマユバチにとってもこのわずかな食害での強直な誘引が好都合であれば、これは不正直なオオカミ少年シグナルとはいえません。しかし、コナガコマユバチにとっては、被害株のかおりで寄主密度評価ができれば、より高密度な寄主がいる植物に降り立つことで多くの寄主に産卵できるのに、寄主密度に関係なく植物に舞い降りるのは、効率的とはいえないようです。では、コナガコマユバチはだまされてばかりなのでしょうか?このハチはコナガ食害株由来の揮発性成分を学習します。今回の実験ではナイーブ(匂い等の経験のない)なハチをつかっています。学習によってオオカミ少年シグナルに対する応答にどのような変化があるのか、に関しては今後の課題といえます。

オオカミ少年戦略のタイプはいかに?

 オオカミ少年シグナルとしては、(1)食害を受ける前からシグナルを出す場合、(2)食害を受けてから不正直なシグナルを出す場合、とが考えられます。今回発表したキャベツでは(2)に該当します。ケニアのmolasses grassという植物では、常に天敵を誘引する成分を放出していることが知られていて、これが(1)の例に該当するかもしれません。東アフリカではその植物を混合して畑に植え、トウモロコシの被害を低減させて生産量をあげるという応用的な試みがなされています。これはイギリスのグループの成果ですが、オオカミ少年という視点では研究を行っていません。もしmolasses grassを使ってさらに実験をすれば、オオカミ少年シグナルについてもっといろいろなことを示してくれるものと思います。

個体群レベルにおけるオオカミ少年植物の意味

 正直なシグナルとオオカミ少年シグナルは、共進化的な視点から、サイクリックな変動を示すと思われます。正直なシグナル植物が大多数の場合、オオカミ少年シグナルを戦略に持つ植物個体は、わずかでも有利になります。その結果、だんだんとオオカミ少年シグナル植物が大多数とります。こうなると、逆に正直なシグナルを出す植物個体は、それをオオカミ少年シグナルであると区別できる天敵に優遇され、だんだんと正直なシグナル植物が集団の中で増えてきます。理論的には、この変化が繰り返されると予測されます。自然生態系でも正直なシグナルとオオカミ少年シグナル戦略を持つ植物は共存している可能性が考えられます。

今後の展開

 植物におけるオオカミ少年シグナルの発見はさらなる疑問と応用への発展を生みだします。たとえば、害虫によって、密度依存的な場合(正直)と非依存的な場合(オオカミ少年)がありましたが、植物はどのようにして害虫の違いによる正直なシグナルとオオカミ少年シグナルを使い分けているのでしょう。また、オオカミ少年戦略の分子生物学的基盤が明らかになれば、一過的には、天敵をより誘引するような植物作出も将来的には期待できます。また、オオカミ少年シグナルや正直シグナルを人為的に合成することで、天敵の効率的な行動制御と環境に優しい害虫管理ができるかもしれません。

関連リンク

 

  • 朝日新聞(8月24日 26面)、京都新聞(8月18日夕刊 1面)、産経新聞(8月18日夕刊 8面)、日刊工業新聞(8月20日 20面)、日本経済新聞(8月18日夕刊 14面)、毎日新聞(8月18日夕刊 8面)および読売新聞(8月18日夕刊 11面)に掲載されました。