神経細胞における新たな活動調節のしくみを解明

神経細胞における新たな活動調節のしくみを解明

2010年6月14日


久場准教授

 久場博司 医学研究科准教授らの研究グループの研究成果が、英国科学誌Nature(オンライン版)に掲載されました。

研究成果の概要

 神経細胞は外界からの入力に応じてシナプス結合や伝達効率を変化することで、神経活動を調節する。この性質は神経可塑性として知られ、神経回路の形成や維持、さらには学習や記憶の基礎過程だと考えられている。一方、神経活動は軸索と呼ばれる細胞から伸びる突起の起部(軸索起始部)で発生する。これは軸索起始部にナトリウムチャネルと呼ばれる穴が多く存在し、この部位でナトリウムイオンが細胞内に流入することによる。軸索起始部は神経活動の発生部位であることから、最も効果的に神経活動を調節することができる。しかしながら、これまで軸索起始部が神経可塑性に関わることは知られていなかった。

 動物が耳から得た音の情報は聴神経を介して脳へと伝えられる。この聴覚入力による神経活動は聴覚神経回路が形成され、維持される際に必要なことが知られている。しかしながら、生後に感音性難聴などによって聴覚入力が消失した場合でも、脳の聴覚神経回路は保たれており、その理由は明らかでない。今回、我々は内耳障害により聴神経入力を消失させたヒヨコ(生後1~30日齢)を用いて、外界からの入力の変化が脳の神経回路にどのような影響を与えるのかについて検討した。その結果、聴神経から直接入力をうける脳の聴覚神経核(蝸牛神経核)の神経細胞では、内耳障害により軸索起始部の長さが数日(3~7日)の時間経過で約1.7倍に延長することを発見した。このことは、軸索起始部が入力に依存して変化する、つまり可塑的能力をもつことを意味する。さらに、内耳障害後の神経細胞では、この軸索起始部の変化に伴ってナトリウム電流が増加することにより、神経活動が生じやすくなり、約20%の細胞で自発的な活動がみられた。このことは、この可塑性が、内耳障害時に聴神経入力の消失を代償することで、脳の聴覚神経回路での神経活動を維持することに関わる可能性を示している。

    

  1. 図1.蝸牛神経核の神経細胞(緑)における軸索起始部のナトリウムチャネル分布(赤、矢頭)。

 以上、我々はシナプス入力に依存して軸索起始部の長さが変化するという新たな神経可塑性を発見し、このことが脳の恒常性を維持することに関わっている可能性を示した。軸索起始部は神経活動の発生部位であり、最も効果的に神経活動を調節することができる。従って、今回の発見により以下の3つの効果が期待される。1)感音性難聴時には聴覚神経回路が維持されることが、人工内耳による機能回復に不可欠である。このことから、今回の発見は感音性難聴に対するより効果的な治療法の創出につながる可能性がある。 2)さらに、今回の発見は聴覚系のみならず、他の神経疾患への治療に繋がる可能性もある。例えば、痙攣発作は神経細胞が過剰に活動することが原因である。したがって、この軸索起始部の可塑性を制御することで神経活動を調節することができれば、より効果的に痙攣発作をコントロールすることが可能になる。3)また、軸索起始部の形成に関わる分子機構についてはよく分かっていない。しかしながら、軸索起始部の可塑性に関与する分子を調べることにより、発達時に軸索起始部が形成されるしくみの解明につながる可能性もある。

    

  1. 図2.新たな神経可塑性

 今後はさらに、この軸索起始部の可塑性の分子機序を明らかにするとともに、ほ乳類の神経細胞や聴覚系以外の神経細胞においても同様のしくみがあるのかを調べていく予定である。また、この可塑性が感音性難聴のような病的な状況だけでなく、音環境変化のような生理的な状況でも働くのかということについても調べる予定である。

関連リンク

 

  • 朝日新聞(6月14日夕刊 9面)、京都新聞(6月14日 26面)、日刊工業新聞(6月14日 16面)、日本経済新聞(6月14日 11面)、毎日新聞(6月14日 26面)および読売新聞(6月28日 14面)に掲載されました。