遺伝性難聴の病態を解明

遺伝性難聴の病態を解明

2010年5月28日


北尻助教

 北尻真一郎 医学部附属病院助教らの研究グループの研究成果が、米国科学誌「Cell」に掲載されました。

研究成果の概要

 感音難聴は最も頻度の高い身体障害であり、遺伝性難聴も最も高頻度に認められる先天性疾患である。難聴に関与する遺伝子変異はすでに数多く同定されているものの、各々の遺伝子産物の機能は十分に解析されておらず、聴覚受容の分子機構や難聴の発症機構には不明な点が多い。ゆえに治療法の開発が非常に遅れており、感音難聴の根本的治療法はいまだ確立されていない。今回われわれは遺伝性難聴の原因分子TRIOBPの機能を明らかにした。

 空気の振動である音は内耳で電気信号に変換される。内耳には3列の外有毛細胞と1列の内有毛細胞が並んでおり(図1)、これらの頂面には不動毛と呼ばれる構造がある(図2)。音刺激で不動毛が振動するとチャネルが開き、有毛細胞が脱分極して、音刺激が電気信号に変換される。この電気信号は神経を介して脳に伝わり、音として認知される。つまり有毛細胞や不動毛は聴覚を受容する上での鍵となる構造である。

 

図1.内耳に並ぶ有毛細胞 図2.不動毛

 不動毛を構成する細胞骨格はアクチン繊維である(図2)。不動毛内でアクチンはEspinにより束となっているが、その根元でアクチン束は密度を増し、細胞質内に伸びる根を形成する。この根に特異的に局在する分子はこれまで知られておらず、よって根の機能は解析されてこなかった。我々は今回、TRIOBPがこの根を形成する新規のアクチン束化分子であること、根は不動毛の剛性や形態の維持に必須であることを発見した。

 われわれはヒト遺伝性難聴家系からTRIOBP遺伝子の変異を同定した。抗TRIOBP抗体を作製しマウス内耳を免疫染色したところ、TRIOBPは不動毛の根に局在する事が分かった。TRIOBP蛋白を精製しアクチン繊維と反応させたところ、TRIOBPはアクチン繊維を束化し、不動毛の根と同様の非常に密なアクチン束を形成した。

 TRIOBPノックアウトマウスを作製したところ、不動毛の根が形成されなくなった。つまりTRIOBPはアクチンを束化することで不動毛の根を形成する事が証明された。この根なし不動毛は剛性が落ちて大きく振動し、変性してしまった。よってこのマウスはヒト遺伝性難聴患者と同様に高度難聴となった。つまり根は不動毛を固定して剛性を保ち、不動毛形態を維持するために不可欠である事が示された(図3)。

    

  1. 図3.不動毛形態の様子

 Espinを含む既知のアクチン束化分子は、アクチン繊維同士の間を架橋して束とする。しかしTRIOBPはEspinよりもずっと分子量が大きいにも関わらず、アクチン繊維間にほとんど隙間のない密な束を形成するため、通常の架橋によらない新しい束化様式をとっているものと思われる。免疫電顕データからは根の周囲にTRIOBP分子が局在していることが示され、TRIOBPはアクチンを外から巻くことでアクチンを束ねていると考えられた。

関連リンク

 

  • 朝日新聞(5月28日夕刊 9面)、京都新聞(5月28日 26面)、産経新聞(5月28日 26面)、中日新聞(5月28日 3面)、日刊工業新聞(5月28日 25面)、日本経済新聞(5月28日 38面)、毎日新聞(5月28日 2面)および読売新聞(5月28日 2面)に掲載されました。