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ビールの華やかな香りをつくるホップの遺伝子の発見

2010年3月18日


矢崎教授

 矢崎一史 生存圏研究所教授らの研究グループは、ビールの重要な香りを決めるホップの遺伝子を発見することに成功しました。この研究成果は日本農芸化学会2010年度大会のトピックス賞を受賞しました。

研究成果の概要

 植物が生産するテルペン類は、「花や柑橘類の果実の香り」など天然の香り成分として様々な化合物が知られる。これらテルペン類は植物が生産する香りとして、食品・飲料にも利用されている。ビール醸造においては、アサ科のつる性多年草(雌雄別の植物)であるホップの雌花(毬花・まりばな・きゅうか)を原料に使うが、このホップがビールに「特有の香りと苦味」を与えている。逆に、ホップを使わなければビールの存在はありえない。そのホップの香りの中で最も重要なものは、リナロールというテルペン類である。このリナロールは、ホップという植物体全体の中でも毬花に特異的に蓄積する。

 ビール醸造では、まずオオムギから作る麦芽で麦汁を作り、でんぷんから麦芽糖を作る糖化工程を経て、最後に麦汁を煮沸する段階などでホップを投入する。これにより、苦味成分と香り成分が付与される。その後に酵母を加えアルコール発酵することで、我々の飲むビールができ上がる。

 リナロールはテルペン類の中でもモノテルペン類と呼ばれる炭素数10個のグループに属し、揮発性があり特徴的な「華やかな」香りをもつ。花の香りとしても良く知られ、代表的なものにスズラン、ラベンダー、アロマ精油としては柑橘のベルガモット(紅茶のアールグレイに添加)などがある。古くからホップには、華やかな香り成分であるリナロールがあることは知られていたが、この香りがホップ雌花(毬花)の中でどのようにして作られるのか、その分子機構は未解明であった。今回我々は、毬花で発現している「遺伝子をカタログ化する」研究アプローチにより、リナロールを合成する遺伝子を同定しその機能の証明を行った。これは、ビールの重要な香りを決めるホップの遺伝子として世界で初めての発見である。以下に詳しく今回の研究内容を記す。


図:ビールの華やかな香り「リナロール」をつくるホップの遺伝子を発見

 リナロールがどのようにしてホップでつくられるのか、という謎を遺伝子レベルから明らかにしようと、我々は、キリンホールディングス株式会社フロンティア技術研究所(以下、キリン)と共同で、リナロールをたくさんつくる「国産ホップ」の毬花を岩手県遠野市で採取し、さまざまな生育ステージで発現している遺伝子の網羅的カタログ化を行ない(遺伝子ライブラリー作成)、遺伝子配列の解析を行った。これらの遺伝子の1つに今まで知られていない、テルペンをつくる可能性のある遺伝子が見つかった。これを、キリンで開発した特殊な大腸菌(テルペン類の原料物質を細胞内で大量に供給できる大腸菌)に発現させたところ、その大腸菌はリナロールを、また同時にセスキテルペン類(炭素数15個)のネロリドールをつくることが証明された。

 ひとつの遺伝子がリナロールとネロリドールという2つの異なった物質をつくることに関しては、ゲノムから遺伝子が読まれる長さによって、できる遺伝子産物(酵素)の構造が異なり、酵素が働く細胞内の別々の場所に運び分けられることによってリナロールとネロリドールをつくり分けている可能性が示された。

 ビールの中にあるホップ由来の香りは他にもさまざまなものが知られており、ビールによって、使用するホップの品種を換える、配合を変える、ホップの利用方法を代える、麦汁への投入方法を変えるなど様々なことを行っている。今回、重要な成分であるリナロールをつくる遺伝子を明らかにできたことで、新しい品種育成や選抜、利用法の見直し、新商品開発(例えば、華やかな香りのビール)などに利用可能であると考えている。また今回作成した遺伝子ライブラリーから、同じように香りの成分、苦味の成分に関わる遺伝子を同定していき、ホップの毬花がもっている可能性を明らかにしていきたいと考えている。これらの研究は、近年の急速に進歩している植物の分子生物研究を実用植物に応用したもので、実用植物でも遺伝子レベルでの解析が可能となる流れの一環であり、ビール関連産業のみならず、食品産業全般においても大きなインパクトを与えるものである。

展望と波及効果

 ビールの原料であるホップは、生体への機能性成分を含むことでも注目されている(※)。同じような手法を使い、ホップの成分や遺伝子を明らかにしていくことで、いままで知られていなかったホップの持っている潜在能力を明らかにすることができると考えている。ビールとは別に、ホップを利用した食品・飲料等などで、人々の健康や生活向上の助けになることが期待される。

 農業分野で見ると、植物のテルペン類は、病害虫に対して抵抗性の天然物質であることが多い。この研究は、ホップのみならず植物一般の病害や害虫害に強い作物の育種にもつながる可能性がある。

補足説明

  • 本研究は、キリンホールディングス株式会社フロンティア技術研究所との共同研究である。
  • (※)ホップ成分の機能性については、http://kirin-foodresearch.jp/R&D/index.html を参照。

関連リンク

 

  • 朝日新聞(3月18日 37面)、京都新聞(3月18日 28面)、中日新聞(3月18日 1面)、日刊工業新聞(3月18日 20面)、日本経済新聞(3月18日 38面)、毎日新聞(3月18日 27面)および読売新聞(3月27日夕刊 2面)に掲載されました。