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新しい遺伝子改変技術「ジンクフィンガーヌクレアーゼ」を利用してIl2rgノックアウトラット(XSCIDラット)の作製に成功

2010年1月23日


左から芹川教授、真下特定准教授

 京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設、真下知士特定准教授、芹川忠夫教授らの研究グループは、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)という新しい遺伝子改変技術により、ノックアウトラットを作製することに成功しました。作製されたXSCIDラットは、重症複合免疫不全症(SCID)の病態を示したことから、今後、がん研究、幹細胞移植研究、創薬研究などに幅広く利用されるモデル動物になることが期待されます。これらの研究成果は、2010年1月25日「PLoS ONE」で公開されます。

  • 論文名
    Generation of Knockout Rats with X-Linked Severe Combined Immunodeficiency (X-SCID) Using Zinc-Finger Nucleases
    「ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いて作製したX連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)ノックアウトラット」
    真下知士1、滝澤明子1、Voigt Birger1、吉見一人1、日合弘2、庫本高志1、芹川忠夫1
    1京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設、2滋賀県立成人病センター研究所

要旨

 ラットは、モデル動物として幅広く利用されているが、ES細胞株が利用できないために遺伝子改変ラットを作製することが困難であった。最近、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)により標的遺伝子に特異的に変異を導入できることが、培養細胞、植物、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュなどで報告された。我々はZFN技術を用いて、X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)の原因遺伝子であるインターロイキン2受容体γ鎖(Il2rg)のノックアウトラット(XSCIDラット)を作製することに成功した。

 Il2rgを標的とするZFNのメッセンジャーRNAをラット受精卵の雄性前核に導入することで、ファウンダーラットの約20%にIl2rg遺伝子欠失変異/挿入変異を誘導することができた。作製されたIl2rgノックアウトラットは、重症複合免疫不全症の病態を示した。

 ジンクフィンガーヌクレアーゼが遺伝子改変ラットを短期間で効果的に作製することができる新しい技術になることを証明した。XSCIDラットは、ヒトX連鎖重症複合免疫不全症のモデルとして、あるいはがん研究、幹細胞移植研究、創薬研究等に幅広く利用されるモデルになると期待する。

研究の背景

 ラットは、疾患モデル動物としての利用価値が高く、薬理薬効試験、毒性試験などにも多用されている。2008年末にラットES/iPS細胞株の開発が報告されたが、細胞株の培養条件や相同組換え技術などさらなる改良が必要である。近年、DNA配列を特異的に認識するジンクフィンガー蛋白とDNAを切断するヌクレアーゼ蛋白を融合させたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)により、標的とする遺伝子に特異的に変異を誘導する技術が、培養細胞、植物、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュなどで相次いで報告された。ジンクフィンガーヌクレアーゼは、標的とする遺伝子シークエンスにDNA二本鎖切断を導入することで、DNA修復の過程で挿入あるいは欠失の変異を引き起こすことができる。このZFN技術をラットに利用して、X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)の原因遺伝子であるインターロイキン2受容体γ鎖(Il2rg)のノックアウトラット(XSCIDラット)を作製することに成功した。

研究成果

 ZFNのメッセンジャーRNAをF344ラットあるいはTMラット由来受精卵の雄性前核にマイクロインジェクションし、2細胞期胚をWistarレシピエントラットに移植した。ZFNを注入したファウンダーラット57匹のうち、13匹(雄5匹、雌8匹)において3~1,097bpの欠失変異、あるいは1bpの挿入変異がIl2rg標的部位に導入されていた(24.1%)。

    

  1. 図1.ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)によるノックアウトラット作製法

 作製されたXSCIDラットは、正常とほぼ同様に成育したが、胸腺皮質が著しく萎縮していた。血漿IgGレベルは半減し、血漿IgAレベルはほとんど検出できなかった。フローサイトメトリー解析の結果、XSCIDラットの末梢血CD4+CD8+T細胞およびCD4-CD8+T細胞は顕著に減少していた。末梢血B細胞およびNK細胞も顕著に減少していた。

    

  1. 図2. XSCIDラット(Il2rgノックアウトラット)の免疫不全症

 ヒト卵巣癌細胞株の皮下移植による担がん試験を実施した結果、対照動物F344ラットではヒト卵巣腫瘍細胞の増殖を抑制したのに対し、XSCIDラットは全ての個体で腫瘍細胞が増殖した。

    

  1. 図3.ヒト卵巣癌細胞株(A2780)の皮下移植による担がん試験

今後の展開

 ジンクフィンガーヌクレアーゼは、遺伝子改変ラットを効果的に作製することができる新しい技術になると期待される。以下に、ジンクフィンガーヌクレアーゼによる遺伝子改変技術のメリットをあげる。

  • 通常、4~6ヶ月の短期間でノックアウトラットを作製することができる(ES細胞によるノックアウト動物作製は、約12~18ヶ月)。
  • 効率的に遺伝子変異ラットを作製することができる(ファウンダー動物の約20%以上)。
  • あらゆる系統(バックグランド)に、遺伝子変異を導入することができる。
  • 様々な種類の変異を導入することができる。培養細胞の条件下では、相同遺伝子組換え(ノックイン)も可能である。
  • 胚操作技術が可能な中大動物(ブタ、牛、サルなど)でも利用することできる。

 SCIDマウスは、世界で最も汎用されているモデル動物の一つである。T細胞、B細胞を欠損し、重度の免疫不全を呈することから、ヒト細胞/組織の移植研究、あるいは移植したヒト細胞に対する薬理薬効試験・毒性試験などに多用されている。XSCIDマウスは、T細胞、B細胞に加えて、腫瘍細胞や移植細胞に対する免疫機能に重要な働きを持つナチュラルキラー(NK)細胞を欠損している。ラットは、体の大きさがマウスの約10倍あり、生理学、薬理学、移植研究などに多用されるが、ES細胞による遺伝子改変技術がないことから、SCIDラット、XSCIDラットを作製することができなかった。本研究により作製されたXSCIDラットは、がん研究、幹細胞移植研究、創薬研究などに幅広く利用されるモデル動物になると期待する。

 

  • 朝日新聞(2月9日 15面)、京都新聞(1月23日夕刊 1面)、産経新聞(1月23日夕刊 6面)、日刊工業新聞(1月25日 28面)、毎日新聞(1月23日夕刊 7面)および読売新聞(1月23日夕刊 2面)掲載されました。