セクション

タバコのニコチンを貯めるトランスポータ遺伝子を世界で初めて発見

2009年1月20日

  矢崎一史 生存圏研究所教授らの研究グループの研究成果が、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS))」誌の電子版(1月19日~23日の間)に掲載されることになりました。

1)概要

 植物が生産するアルカロイドは、ケシのモルヒネや抗がん剤として重要なイチイ属植物のタキソールなどが有名だが、これらの多くは様々な生物活性を持つものが多く、天然には1万2千種も存在していることが知られる。これらは「天然の医薬」として医薬品業界や、病院など臨床の現場で活躍するものもあるが、量が多いと毒になるものもあるため、利用には注意が必要な天然の化合物群である。実際、植物に由来する「天然の毒」としての側面もニュースで大きく取り沙汰されることもあり、トリカブトに含まれるアコニチンもその一例である。これらアルカロイドの中で最も身近なものは、タバコに含まれるニコチンであろう。現在では体に悪い物質という認識が全国に広まってしまったニコチンではあるが、その昔は殺虫剤などに用いられた経緯がある。因に、その生理活性の強さでは、1万種以上もあるアルカロイドの中で、ニコチンは金メダル級であり、試薬としては「毒物」という扱いになっている。

 ニコチンはタバコ属植物(ナス科)に含まれる特有のアルカロイドであり、タバコの原材料である葉に蓄積(乾燥重量あたり2~8%)する。しかしニコチンを作っているのは実は葉ではなく、タバコ植物の根である。つまり、タバコという植物は根でニコチンを作ってそれを地上部の葉に運び、その液胞で蓄積する。このメカニズムは古くから知られているものの、どのような機構で葉の中に貯まるのか、その分子機構は未解明であった。今回我々は、AFLPという手法を用いた遺伝子の網羅的スクリーニングにより、葉にニコチンを貯めるトランスポータの遺伝子を同定しその機能の証明を行った。これは、アルカロイドを貯めることに関わる液胞局在型トランスポータとして世界で初めての発見である。以下に詳しく今回の研究内容を記す。


図:タバコの葉におけるNt-JAT1の機能モデル

 ニコチンがどのようにしてタバコの葉の液胞に貯まるのか、という謎を遺伝子レベルから明らかにしようと、我々は、ベルギーのゲント大学のA. Goossens博士らと共同で、タバコ細胞でニコチンを生産させるように誘導した時に、ニコチンを生合成する遺伝子と同じパターンで発現してくるトランスポータ(輸送体)遺伝子の網羅的解析を行ったところ、1つ非常にニコチンの生産パターンとよく一致する発現パターンを示すトランスポータ遺伝子が見つかった。これを酵母に発現させたところ、その酵母はニコチンを輸送できることが証明された。さらに昆虫の培養細胞を使ってこの蛋白質をたくさん作らせ、岡山大学の森山芳則教授との共同でプロテオリポソームという小胞を作って実験をしたところ、このトランスポータはアルカロイドならば認識して、それを植物の液胞に貯める能力があることが分かった。またその時に液胞内の水素イオン(プロトン)と交換する形でニコチンを運べる能力があることが証明された。この成果は「米国科学アカデミー紀要 (Proc. Natl. Acad. Sci. USA)」の電子版に1月19~23日の間に掲載される予定である。

 このトランスポータはMATEという遺伝子ファミリーの一員であるが、実は人間の遺伝子の中にもタバコのNt-JAT1に似たMATEがあって、それもニコチンを運べることが知られている。タバコにとってニコチンは、害虫がきた時に、自らの体を守るために生産する防御物質だが、実はタバコ自身にとっても潜在的には有毒であり、毒を作りながら敵を退治しなければならない「矛盾を両立させる魔法」としての役割を果たしていえる。これは、敵に襲われても逃げることができない植物が、進化の過程で発達させて来た極めて巧緻な生体防御システムであると見なされる。アルカロイド類は主に植物細胞の液胞に蓄積しているが、今回のNt-JAT1はあまた存在するアルカロイドがどのように植物細胞の液胞の中に貯められているかを、世界で初めて遺伝子レベルで示したものであり、タバコ業界はもとより、医薬品、農業分野においても大きなインパクトを与えるものである。

2)展望と波及効果

 NtJAT1が同定できたことで、ニコチンを葉に貯めないタバコ品種の開発ができる可能性が出てきた。これは、禁煙の努力をしている愛煙家にとっては、禁煙グッズなどを使わずに喫煙しながらニコチン中毒から抜け出すことができるかもしれず、またタバコを嫌う周囲の人にとってもタバコの煙にニコチンが含まれないことは好ましいこととなる。
また、NtJAT1はニコチン以外にも様々な植物アルカロイドを運ぶことができる。これは、癌治療の現場でたくさん使われている抗癌性植物アルカロイド(例えばタキソール、ビンクリスチンなど)の高蓄積・高生産に応用できることが考えられる。こうした意味で、アルカロイドを介した治療の現場や、健康維持にとってメリットのある応用研究が展開すると期待される。

 なお今回の成果は、科学研究費補助金、特定領域研究「オルガネラ分化」からのサポートによる。

補足資料

  • 本研究は、岡山大学、ベルギーのゲント大学、フィンランドのVTT研究所との共同研究である。
  • 研究費は文部科学省科学研究費補助金、特定領域研究「オルガネラ分化」による。
  • 主な実験は矢崎研の大学院生、森田匡彦、士反伸和による。
  • 朝日新聞(1月20日夕刊 9面)、京都新聞(1月20日夕刊 8面)、産経新聞(1月20日夕刊 10面)、日刊工業新聞(1月21日 25面)、日本経済新聞(1月20日夕刊 16面)、毎日新聞(1月20日夕刊 2面)および読売新聞(1月20日夕刊 1面)に掲載されました。