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代表的な善玉菌であるビフィズス菌の増殖因子を発見

2008年7月9日


左から 伏信 進矢 東京大学大学院農業生命科学研究科助教、片山 高嶺 石川県立大学准教授、北岡 本光 食品総合研究所 ユニット長、山本 憲二 京都大学大学院生命科学研究科教授

 山本憲二 生命科学研究科教授らの研究グループは、食品総合研究所、東京大学、石川県立大学との共同研究によって、母乳中に存在するオリゴ糖を構成する特異な二糖について、オリゴ糖からこの糖を切り出すことのできる酵素系をビフィズス菌が持っていること、この二糖のみを特異的に菌体内に入れるトランスポーターが存在すること、菌体内でこの二糖をエネルギーに変換する酵素系が存在することを遺伝子レベルおよび分子レベルで明らかにしました。母乳中にビフィズス菌増殖因子が存在することは半世紀以上も前から指摘されていましたが、本研究によってその実体が初めて明らかになり、さらに増殖因子と考えられる二糖の大量調製にも成功しています。

研究成果の概要

 私たちと共生する最も身近な微生物である腸内細菌は500種類ほどあり、それらが腸内で菌叢を作っています。腸内細菌には私たちに良い影響を及ぼす善玉菌も居れば悪い影響を及ぼす悪玉菌も居ます。腸内の菌叢において、そのバランスが取れることによって健康の維持が保たれていると言われています。多くの腸内細菌のなかでも乳酸菌は善玉菌と呼ばれる特異な存在の微生物です。乳酸菌はその菌自身あるいはその発酵代謝産物が腸内の有害な菌の生育を抑制したり、消化酵素の分泌を促進したり、腸管の蠕動運動を促進したりする、いわゆる整腸作用があります。そのために乳酸菌は乳酸菌飲料や乳製品を作る微生物としてのみならず、私たちの健康に寄与する微生物として注目されています。

 このような乳酸菌を基礎および応用の面で研究している研究者が一同に集まって研究成果を発表する大会が7月14、15日の両日にわたって京都大学(百周年記念国際ホール)で開催されます。本大会は乳酸菌を研究する大学の研究者のみならず、企業の研究者が積極的に成果を発表すると言う特長があります。「健康」に注目が集まっている昨今、乳酸菌はプロバイオティクスとしてもっとも注目を集めている微生物であり、本大会には大学や乳業メーカーのみならずさまざまな分野の企業からも大きな関心を集めています。本学の生命科学研究科の山本憲二は大会を主催する日本乳酸菌学会の会長であり、今般の大会実行委員長でもあります。そこで、今大会で発表されるトピックスな講演を紹介したいと思います。

 もっとも注目される研究発表は京都大学、食品総合研究所、東京大学、石川県立大学の共同研究による「善玉菌の代表であるビフィズス菌の増殖因子の発見」に関する一連の研究発表です。腸内細菌を構成するビフィズス菌は最も優勢な菌で善玉菌の代表でもあります。整腸作用の他に腸管免疫賦活作用など、私たちの健康に有益な作用があることが報告されています。ヒト母乳で育てられた乳幼児の腸管に棲息するビフィズス菌の数は人工乳で育てられた乳幼児の腸管に棲息するビフィズス菌の数に比べて圧倒的に多いことが知られています。この事実は母乳中には人工乳に含まれていないビフィズス菌を腸内で増殖させる因子が存在するのではないかと考えられる訳であります。実際にビフィズス菌が発見されて以来、一世紀にもなりますが、この因子を発見することに多くの研究が行われたにもかかわらず、決定的な因子が現在まで見つかっていません。

 今回、京都大学、食品総合研究所、東京大学、石川県立大学の共同研究によって発表される内容は以下の通りです。すなわち、母乳中に含まれるオリゴ糖の構成成分となっている二糖がビフィズス菌の増殖因子であることを発見しました。この二糖はガラクトースと言う中性糖とN-アセチルアミノ基を持つアミノ糖が結合した形のものです。この二つの糖の結合様式はヒト母乳からしか見出せない結合様式で、ウシを始めとする哺乳類の乳に含まれる同様の二糖に見出せる結合様式とは全く異なる様式でありました。母乳中のオリゴ糖にはこの二糖を構成成分とするオリゴ糖が多数存在しています。共同研究によって、ビフィズス菌がこの二糖をオリゴ糖から切り出す特異な酵素を持っていること、この二糖のみを特異的に菌体内に入れるトランスポーターが存在すること、菌体内でこの二糖をエネルギーに変換する酵素系が存在することを遺伝子レベルで明らかにしました。また、それらに関わるタンパク質の結晶構造をも明らかにしました。このような一連のメカニズムを持っている腸内細菌はビフィズス菌のみです。そこで、実際にこの二糖を大量に調製する方法が食品総合研究所によって開発され、それを基にしてさまざまな腸内細菌を生育させたところ、ビフィズス菌のみが特異的に良く増殖することを確認しました。これらの研究は生物系特定産業技術研究支援センター基礎研究推進事業の委託課題「酵素デザインを活用したミルクオリゴ糖の実用的生産技術の開発」によって行われたものです。 

 http://brain.naro.affrc.go.jp/tokyo/marumoto/up/h17kadai/09kitaoka.htm

 本研究はとりわけヨーロッパを中心に進められている乳酸菌の研究のなかで、日本発のオリジナルな研究として、さまざまな分野で注目を集めています。


図:ビフィズス菌は母乳に含まれるオリゴ糖から特定の二糖を切り出して取り込むことにより増殖因子として利用する

「代表的な善玉菌であるビフィズス菌の増殖因子の発見」の要点

本研究以前の状況

本研究前にわかっていたこと。

  • 母乳栄養乳児の腸管には早期にビフィズス菌が増殖・定着する。
  • ビフィズス菌の早期の定着は乳児の健康に良い影響を及ぼす。
  • 母乳に含まれるミルクオリゴ糖がビフィズス菌を増やす効果を持つと推定されていた。
  • 人工乳にはビフィズス菌を増殖させるためにオリゴ糖(注:ミルクオリゴ糖とは異なるもの)が添加されているが、母乳と比べると効果は低い。

本研究前の問題点。

  • ミルクオリゴ糖がどのようにしてビフィズス菌を増やすのかは不明。
  • ミルクオリゴ糖を製造する方法は無かった。

本研究の成果

  • ミルクオリゴ糖がビフィズス菌を増やす原理を解明。
  • ミルクオリゴ糖のビフィズス菌を増やすための成分と考えられる二糖類(ラクトNビオース)の大量生産法を確立。

成果の意義

  • 長年の謎とされてきた母乳のビフィズス菌増殖の問題を世界に先駆けて解明。
  • 人工乳の機能をより母乳に近づけることが期待される。

本成果を得た研究体制

生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター)基礎研究推進事業課題
「酵素デザインを活用したミルクオリゴ糖の実用的生産技術の開発」(平成17-21年度)
http://brain.naro.affrc.go.jp/tokyo/marumoto/up/h17kadai/09kitaoka.htm

研究参画機関
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所
国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科
国立大学法人京都大学大学院生命科学研究科
石川県立大学生物資源工学研究所(平成18年度より)

 ビフィズス菌は、ミルクオリゴ糖からラクトNビオースを切り出す「ハサミ」の役割の酵素群を菌体表面に持っている。ラクトNビオースは結合タンパクにより捕らえられ、専用の「口」(トランスポーター)を通ってビフィズス菌の細胞の中に取り込まれる。


ビフィズス菌のラクトNビオース結合タンパクの構造
(黒い部分が結合したラクトNビオース)

大量調製したラクトNビオース
  • 科学新聞(8月22日 2面)、京都新聞(7月10日 1面)、産経新聞(7月10日 28面)、日刊工業新聞(7月17日 25面)および読売新聞(7月10日 33面)に掲載されました。