カルビンディン遺伝子の導入によりドーパミン細胞死の防御に成功 -パーキンソン病の発症・進行を抑える新たな治療法の開発に期待-

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井上謙一 霊長類研究所助教、高田昌彦 同教授らの研究グループは、東京都医学総合研究所、量子科学技術研究開発機構、生理学研究所と共同で、カルシウム結合タンパク質「カルビンディン」を人為的に発現させ、パーキンソン病の原因となるドーパミン神経細胞死を防御することに成功しました。

本研究成果は、2018年8月31日に米国の国際学術誌「Movement Disorders」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

高田教授

今回の研究成果は、パーキンソン病の発症や進行を抑える新たな治療法、あるいは従来にないパーキンソン病に対する予防的治療法の開発に繋がることが期待されます。今後の方向性としては、本研究計画と同じようにウイルスベクターを用いてカルビンディン遺伝子を直接脳に導入する遺伝子治療よりも、iPS細胞を用いたパーキンソン病の再生医療において、移植するドーパミン産生細胞にあらかじめカルビンディン遺伝子を導入しておく、あるいは移植細胞としてカルビンディンを発現するドーパミン産生細胞を選択するなど、「より強いドーパミン産生細胞」を移植するようなアプローチを検討することが、現実的で安全性も高いと考えます。

概要

パーキンソン病が、中脳の黒質に分布するドーパミン神経細胞の細胞死により発症することはよく知られています。黒質ドーパミン細胞には、カルシウム結合タンパク質のひとつであるカルビンディンを発現しているグループとそうでないグループがあり、パーキンソン病ではカルビンディンを発現していないグループが発現しているグループに比べて細胞死を起こしやすいことが、これまでの研究によって明らかになっていました。

本研究グループは、サルを用いた実験で、ウイルスベクターを利用して、正常ではカルビンディンを発現していないドーパミン細胞の多くにカルビンディンを人為的に発現させました。その結果、パーキンソン病を誘発する薬剤であるMPTPで起こるドーパミン細胞死を防御することに成功しました。このようなサルでは、パーキンソン病の際に見られる運動症状も軽減していました。

このことは、カルビンディンが持つ細胞内カルシウム濃度の調節機能によって、ドーパミン細胞の細胞変性に対する抵抗性が増大したことによるものと考えられます。本研究成果は、パーキンソン病の発症や進行を抑える新たな治療法の開発に繋がると期待されます。

図:(A)健常時の黒質線条体ドーパミン神経系。ドーパミン細胞にはカルビンディンを発現しているグループと発現していないグループがある。(B)パーキンソン病ではカルビンディンを発現していないグループがより高い頻度で細胞死を起こしている。(C)アデノウイルスベクターを線条体に注入し、逆行性導入によりカルビンディン遺伝子をドーパミン細胞に発現させる。(D)レンチウイルスベクターを直接黒質に注入して、カルビンディン遺伝子をドーパミン細胞に発現させる。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1002/mds.107

Ken-ichi Inoue, Shigehiro Miyachi, Katsunori Nishi, Haruo Okado, Yuji Nagai, Takafumi Minamimoto, Atsushi Nambu, Masahiko Takada (2018). Recruitment of calbindin into nigral dopamine neurons protects against MPTP-Induced parkinsonism. Movement Disorders, 34(2), 200-209.

  • 京都新聞(8月31日 27面)、産経新聞(8月31日 2面)、日刊工業新聞(8月31日 27面)および読売新聞(9月21日 19面)に掲載されました。