気候変動よりも温室効果ガス排出削減策の方が、食料安全保障への影響が大きいことを発見 -世界初の国際的なモデル比較研究による評価-

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藤森真一郎 工学研究科准教授は、国立環境研究所、国際応用システム研究所と共同で、2050年までの気候変動による作物収量への影響と、温室効果ガス(GHG)排出削減策による農業部門への影響の両方を、飢餓リスクの観点から世界で初めて評価しました。その結果、2050年時点では、前者よりも後者の方が飢餓リスクを高めることが分かりました。食料安全保障のためには、経済合理性に基づくGHG 排出削減策以外に、多様な政策オプションを取ることが望ましいことを示唆する成果です。

本研究成果は、2018年7月31日に英国の学術誌「Nature Climate Change」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

気候変動を抑えるために社会変革が求められますが、その中で農業部門に注目し、賢明な政策を取らないと思わぬ副次的影響が及び、気候変化による被害よりも深刻な影響が途上国で出かねないということを示した研究で、社会にとって極めて重要なメッセージを発しています。

当該分野で私たちの研究グループの独自性を出す方向で関連研究を開始してから約5年がたち、ようやく国際的な強豪研究グループの中でもユニークな存在として本研究をリードして、Nature姉妹紙への掲載にこぎつけることができました。本研究グループ関係者が協力して地道に取り組んできた成果が実を結び感慨深く思います。

今後も環境保全や持続可能な発展に貢献できるような研究成果を発信していきたいと考えています。

概要

気候変動を緩和するための有効な手段として、バイオエネルギーの導入や植林で大気中の炭素を吸収する温室効果ガス(GHG)排出削減策があります。しかし、このGHG排出削減策には、土地や水資源の利用において食料作物生産と競合するなど、食料価格や飢餓リスクに及ぼす負の影響があります。これまでに、この負の影響を単一の農業経済モデルを用いて評価した研究はありましたが、気候変動による同様の影響と同時に評価した例はありませんでした。

そこで、本研究グループは、複数の世界農業経済モデルを用い、2050年までの期間について、気候変動とGHG排出削減策の両者による食料安全保障への影響を評価しました。これは、国際的なモデル比較研究としては初めてとなるものです。

本研究の結果、経済合理性のみで対策を実施した場合、2050年における食料安全保障への影響は、気候変動による作物収量変化よりも、GHG排出削減策による影響の方が大きい可能性のあることが分かりました。これは、主に、GHG排出削減に要する費用が農業部門から排出されるメタンや亜酸化窒素への課税(炭素税)により一部賄われ、結果的に食料価格の上昇、一人当たり食料消費の減少、飢餓リスクの増加が生じることを意味します。

本研究成果は、GHG排出削減策の経済合理性だけでなく、飢餓リスクに直面する低所得者、GHG排出部門や地域の特性を考慮し、炭素税率を部門によって変える、直接排出を規制する、補助金を用いる、あるいは炭素税収を食料安全保障対策に充当するなど、多様な政策オプションを検討することが望ましいことを示唆しています。

図:気候変動と温室効果ガス(GHG)排出削減策による食糧安全保障への影響

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41558-018-0230-x

Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori, Petr Havlík, Hugo Valin, Benjamin Leon Bodirsky, Jonathan C. Doelman, Thomas Fellmann, Page Kyle, Jason F. L. Koopman, Hermann Lotze-Campen, Daniel Mason-D’Croz, Yuki Ochi, Ignacio Pérez Domínguez, Elke Stehfest, Timothy B. Sulser, Andrzej Tabeau, Kiyoshi Takahashi, Jun'ya Takakura, Hans van Meijl, Willem-Jan van Zeist, Keith Wiebe, Peter Witzke (2018). Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nature Climate Change, 8(8), 699-703.