タンパク質分子の動きを従来の約40倍の時間追跡するイメージング技術を開発-がん細胞転移を阻止する薬剤開発に繋がる新技術-

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楠見明弘 名誉教授・高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)客員教授、藤原敬宏 iCeMS特定准教授らの研究グループは、沖縄科学技術大学院大学(OIST=オイスト)と共同で、細胞内のタンパク質1分子の動きを追跡する時間を従来に比べて約40倍にする新技術を開発し、分子が細胞ではたらく仕組みを直接調べることを可能にしました。

本研究成果は2018年4月3日午前0時にNature Chemical Biology誌のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

細胞挙動の文脈を理解するのに十分な長さで、各分子の運動を追跡できるようになりました。私たちがこの方法を使って観察した、「接着斑」という構造を構成する分子の1分子毎の挙動を理解することが、ガン細胞の体内での移動を阻止する薬剤の開発の一助になることを期待しています。

概要

私たちの身体の中にある全ての細胞は、細胞膜で囲まれています。細胞を外界から隔てるという大切な働きをもつ細胞膜は、固体ではなく「液体」でできており、そのため、細胞膜の中では、個々の分子は、動き回ったり、時に静止したりしています。

様々なタンパク質分子が細胞膜内をどのように動き、互いに結合するかを理解するため、本研究グループらは、生細胞中の1蛍光分子をイメージングする方法 「single fluorescent‐molecule imaging; SFMI」を開発しました。SFMIでは、細胞膜中の個々のタンパク質分子に蛍光分子で標識を付け、この標識の動きを、自家製の1分子観察蛍光顕微鏡で撮影して、動きや、結合する相手を替えていく様子などを追跡します。

しかし、SFMIには 顕微鏡下で観察を続けると、蛍光分子が発光しなくなるという「光退色」と呼ばれる問題があり、このため、1個のタンパク質分子を追跡できる時間は、従来は10秒未満でした。そのため、5分の細胞の動きを撮影するためには10秒未満の動画を撮影して、それらを正しい順序でつなげるという非効率な方法での撮影を行わざるを得ませんでした。また、光退色防止のために使用されていた従来の方法は、あまり効果的でない上、酸素を完全に除いてしまうなど、生きた細胞にとっては有害なものでした。

そこで本研究グループは、細胞に対して影響の少ない化学物質と生体内と同程度の低い濃度の酸素分子を試料内に溶存させることで、SFMIにおいて光退色を驚くほど有効に抑制する方法を開発しました。この新しいアプローチを用いることで、生細胞内の個々の蛍光分子の連続観察時間を従来の40倍、400秒まで伸ばすことができ、長時間の分子の動きを一度に記録できるようになりました。

新手法によって光退色が抑制されていることを示すビデオ

開始時には、左右のビデオでほぼ同数の分子が見えている。
左の動画は通常の観察法、右のビデオは新しく開発した方法を用いた場合。
左の動画では見えている分子数が急激に減少するが、右の動画では、減少ははるかに緩やかである。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41589-018-0032-5

Taka A. Tsunoyama, Yusuke Watanabe, Junri Goto, Kazuma Naito, Rinshi S. Kasai, Kenichi G. N. Suzuki, Takahiro K. Fujiwara & Akihiro Kusum (2018). Super-long single-molecule tracking reveals dynamic-anchorage-induced integrin function. Nature Chemical Biology, 14(5), 497-506.