ゲノム編集技術を用いたヒトiPS細胞での正確な一塩基置換技術(MhAX法)を開発

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Knut Woltjen iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)准教授、山本卓 広島大学教授、 曽我朋義 慶應義塾大学教授らの研究グループは、人工DNA切断酵素を用いたヒトiPS細胞での正確な一塩基置換技術(MhAX法)を開発しました。本法は、従来法と比較して、目的の一塩基多型(ゲノムDNAの中の特定の単一塩基が異なる塩基に置き換わったもの)以外の変異が最小限である点や、二次的なドナーDNAを必要としない点など多くの利点を有します。このゲノム編集技術を用いた精密な一塩基置換技術は、ヒトiPS細胞での遺伝性疾患のモデリングや修復に広く利用され、疾患の本態性解明や新薬の開発、遺伝子治療などへ応用されることが期待されます。

本研究成果は、2018年3月5日午後7時に英国の科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

研究者からのコメント

私たちの目標は疾患メカニズムの理解を深めるようなゲノム編集技術を生み出し、最終的には治療につながるようにすることです。MhAX法は現在の疾患研究の可能性をさらに広げるものだと考えています。

本研究成果のポイント

  • DNA修復機構の一つを利用して、精密な一塩基置換を実現する技術(MhAX法)を開発
  • ヒトiPS細胞を用いて、遺伝性疾患でみられる一塩基多型を再現することに成功
  • 正常な塩基を二つもつ細胞と、変異した塩基を二つもつ細胞、正常な塩基と変異した塩基を一つずつもつ細胞を、同時に樹立する技術を確立

概要

遺伝子の一塩基置換はゲノム全体で1,000万箇所以上あることが知られており、中にはアルツハイマー病や心臓疾患などとの関連が指摘されているものもあります。患者由来のiPS 細胞を利用したこれらの疾患モデル系の構築は疾患の原因解明や新規治療薬の開発への有用な手段として期待されています。しかしこうした一塩基置換による影響を厳密に評価するためには、置換が起こった箇所以外の全てのDNAが全く同じ配列であるものを比較する必要があります。

人工DNA切断酵素であるTALENやCRISPR-Cas9を用いたゲノム編集技術により、こうした一塩基置換を導入または修復する手法は、疾患モデルの作製や遺伝子治療に大きく貢献すると期待されている技術です。しかしながら正確に目的の一塩基が改変された細胞を効率的に得るためには、一度目印となる遺伝子を挿入したノックイン細胞を作製し、改変された細胞だけを選び出し、その後目印として導入した遺伝子を抜き取る操作が必要となります。従来法では、この遺伝子の除去の過程で複数の余分な塩基が残ったり、二次的なドナーDNAが必要となったりなど、正確性や効率の面で改善が必要とされていました。

真核生物の細胞にはDNA二本鎖が切断された時に修復する機構が備わっており、特に10〜30塩基対ほどの短い相同配列(マイクロホモロジー)を認識して修復する機構は、マイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ )と呼ばれています。本研究グループはこのMMEJを利用した新しい一塩基置換方法を開発しました。一旦挿入した遺伝子を抜き取る際に、マイクロホモロジーに依存した修復機構を利用し、修復後には、目的の一塩基置換と(遺伝子の機能に影響を及ぼさない)目印となる一塩基置換が導入されるように設計しました。そして本手法をMicrohomology-assisted excision(MhAX)法と名付けました。

MhAX法を利用することにより、ヒトiPS細胞において、先天性プリン代謝異常症でみられるHPRT1遺伝子の一塩基多型(HPRTMunich)を再現することに成功しました。また、同じくプリン代謝疾患の原因変異の一つとして知られるAPRT遺伝子の一塩基多型(APRT*J)については、左右のマイクロホモロジー領域に正常型塩基と変異型塩基をそれぞれ配置することにより、修復細胞に正常型塩基と変異型塩基が確率的に生じるように工夫しました。その結果、正常型塩基を二つもつ細胞と、変異型塩基を二つもつ細胞、正常型塩基と変異型塩基を一つずつもつ細胞を、同時に樹立することに成功しました。これにより、同じ遺伝的背景を有しながら目的の一塩基多型のみが異なる細胞を並列に作製することが可能となり、厳密な対照実験に基づいて当該の一塩基多型と疾患との関連性を精査できる手法が確立されました。

図:MhAX法

MhAX法では、MMEJが複製されたマイクロホモロジー配列を修復することで目印となる遺伝子を取り除き、一塩基が置換される。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41467-018-03044-y

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/229515

Shin-Il Kim, Tomoko Matsumoto, Harunobu Kagawa, Michiko Nakamura, Ryoko Hirohata, Ayano Ueno, Maki Ohishi, Tetsushi Sakuma, Tomoyoshi Soga, Takashi Yamamoto & Knut Woltjen (2018). Microhomology-assisted scarless genome editing in human iPSCs. Nature Communication, 9, 939.

  • 日本経済新聞(3月6日 42面)に掲載されました。