研究成果

世界で初めて兵隊フェロモンを特定 -衛生兵としての役割も担う兵隊シロアリ-


2017年08月07日


     三高雄希 農学研究科博士課程学生、森直樹 同教授、松浦健二 同教授らの研究グループは、長年謎に包まれていたシロアリの兵隊アリへの分化を抑制するフェロモンを世界で初めて特定し、さらにこのフェロモンが、働きアリを兵隊アリの側に引き留めておく機能と、昆虫病原菌の成長を抑える機能も併せ持つことを明らかにしました。今回の研究成果は、社会性昆虫のシロアリにおいて、巣内の役割分業がどのように制御されているのか、それに関わるフェロモンがどのように進化してきたのかを理解する上で、極めて重要な意味を持ちます。

     本研究成果は、2017年7月26日に英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)にてオンライン掲載されました。

    研究者からのコメント

     シロアリにおける兵隊アリへの分化抑制フェロモンの存在は30年以上前から予想されていました。フェロモン成分の特定には、人工的に合成した候補物質でフェロモン活性を再現することが必要不可欠ですが、これまで合成した物質で兵隊フェロモンの活性を再現した研究は存在しませんでした。最終的に兵隊フェロモンの成分特定に成功した研究は、本研究が初めてとなります。

     また、シロアリの兵隊アリが、天敵を物理的に攻撃することにより巣を防衛する「門番」としての役割を担うだけでなく、病原菌が蔓延るのを化学的に防ぐことで巣内の衛生環境を維持する「衛生兵」の役割を担うことも、本研究によって強く示唆されました。

     今後は、兵隊アリが持つ多面的機能について深く掘り下げて研究を進めていきたいと考えています。

    概要

     動物の世界において、同じ種の他の個体に対して、ある特定の行動や生理的変化を引き起こす化学物質はフェロモンと呼ばれています。動物の中でも、嗅覚や味覚に大きく依存した生活を営む昆虫では、フェロモンは極めて重要な物質であり、交尾相手の探索や、同種同士の集合、天敵からの逃避など、様々な場面においてフェロモンが用いられています。特に、社会性昆虫(アリ・ハチ・シロアリ)は数多くの種類のフェロモンを用いていることが知られており、採餌や繁殖、巣の建設、カースト(特定の役割に特化した個体の集まり)分化の制御など、全ての社会活動にフェロモンが関わっていると考えられています。

     社会性昆虫の巣内では、各カーストが異なる仕事に従事する分業体制がとられていますが、シロアリでは、巣の防衛は兵隊アリと呼ばれるカーストによって行われています。シロアリの兵隊アリは働きアリから分化し、体内で幼若ホルモン(昆虫の脱皮・変態を制御する重要なホルモンの一つ)濃度が上昇した働きアリが2回の脱皮を経て兵隊アリに分化します。興味深いことに、巣内で兵隊アリの割合が増加すると、働きアリから新しい兵隊アリが分化するのが抑制されるということが知られており、昔から「シロアリの兵隊アリは、新しい兵隊アリの分化を抑制するフェロモンを分泌しているのではないか」と予測されてきました。しかし、今までこの「分化抑制フェロモン」の特定に成功した研究はなく、実態は未解明のままでした。

     本研究グループは、日本に広く分布するヤマトシロアリの巣から兵隊アリと働きアリを取り出し、それぞれのカーストの体表面にある物質を有機溶媒で抽出しました。そしてその抽出液に対し、GC-MS(揮発性のフェロモンの成分を特定する際に広く用いられている、ガスクロマトグラフ質量分析計)分析などを用いて成分分析を行った結果、(−)-β-エレメンと呼ばれる、炭素数15個の揮発性のテルペン類(植物や昆虫、菌類などで広く生合成されている生体物質)が兵隊アリでのみ大量に検出されました。

     次に、幼若ホルモンの類縁体を経口摂取させることで人工的に兵隊アリへの分化を誘導した働きアリに、この(−)-β-エレメンを与えた結果、(−)-β-エレメンには兵隊アリへの分化を抑制する効果があることが明らかとなりました。さらにこの物質には、兵隊アリの分化を抑制するだけでなく、働きアリを集合拘束させる効果や、黒きょう病菌(メタリジウム菌)や白きょう病菌(ボーベリア菌)といった昆虫病原糸状菌(昆虫に感染し死に至らしめる菌類)の成長を抑制する効果もあることが明らかとなりました。ちなみに、ヤマトシロアリの巣内の卵塊には、シロアリの卵に物理的にも化学的にも擬態している菌(卵擬態菌核菌ターマイトボール)がしばしば紛れ込んでいますが、(−)-β-エレメンはこのターマイトボールの成長は抑制できないことも明らかとなりました。

    図:本研究で明らかとなった兵隊フェロモンの機能の概念図。兵隊アリ特異的に分泌される(−)-β-エレメンは、働きアリから前兵隊アリへの分化を抑制する。一方で、兵隊アリは自力で餌を食べたり、グルーミングしたりすることができないため、働きアリに世話してもらう必要がある。その際に(−)-β-エレメンを分泌して働きアリを呼び止めると考えられる。さらに、(−)-β-エレメンは昆虫病原糸状菌の成長も抑制する。ただし、(−)-β-エレメンはシロアリ卵擬態菌核菌の成長を止めることはできないことから、シロアリ卵擬態菌核菌は(−)-β-エレメンに対して耐性を持っていることが示された。

    詳しい研究内容について

    書誌情報

    【DOI】 https://doi.org/10.1098/rspb.2017.1134

    Yuki Mitaka, Naoki Mori, Kenji Matsuura (2017). Multi-functional roles of a soldier-specific volatile as a worker arrestant, primer pheromone and an antimicrobial agent in a termite. Proceedings of the Royal Society B, 284.


    世界で初めて兵隊フェロモンを特定 -衛生兵としての役割も担う兵隊シロアリ-
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