代謝改変酵母のアルギン酸モノマー代謝能向上メカニズムの解明 -国産海洋バイオマス資源から代替ガソリンや合成ゴム原料を生産するための重要な第一歩-

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松岡史也 農学研究科修士課程学生、河井重幸 同助教、橋本渉 同教授、村田幸作 同名誉教授(摂南大学教授)らの研究グループは、海洋バイオマス資源(大群落を形成するコンブなどの大型褐藻)に多く含まれる高分子アルギン酸のモノマー体(アルギン酸モノマー)とマンニトール(コンブ表面にふく白い粉)を利用できるように代謝改変した出芽酵母が、どのようにしてアルギン酸モノマーの代謝能を向上させるのか、その分子メカニズムの一端を明らかにしました。本知見は、将来、日本の広大な管轄海域で栽培可能な国産海洋バイオマス資源を原料として、代替ガソリンや合成ゴム原料などのシェールガスからは生産し難い有用化合物を酵母発酵により生産する場合に、極めて有用な知見となります。これにより石油資源への依存度が下がると共に、水産業の振興、更には管轄海域の保全にも寄与できると期待されます。

本研究成果は、2017年6月23日午後6時に英国の学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

研究者からのコメント

河井助教

今後は、今回得られた知見を基に他の必要遺伝子も組み込むことにより、国産海洋バイオマス資源を原料とした、代替ガソリン(イソブタノール)や合成ゴム原料(2,3-ブタンジオール)等の有用化合物の酵母発酵による実用的生産を目指します。

一方、出芽酵母が本来は利用できないアルギン酸モノマーやマンニトールを利用できるようになったわけですが、このとき酵母細胞内で何が起こっているのか?といった疑問にも、補酵素NAD(P)H合成制御にも目配せしつつ答えていきたいと思います。

概要

出芽酵母(パン酵母)は強力な発酵能を示し、その名の通りパンやお酒づくりに欠かせない安全な食品微生物です。石油資源への依存度を減らすために、米国やブラジルではトウモロコシやサトウキビからの大規模バイオエタノールの生産に出芽酵母が利用されています。残念ながら、我が国では米国やブラジルほどにはトウモロコシもサトウキビも生産できません。しかし、海に囲まれ広大な管轄海域に恵まれている我が国では、潜在的には大量の国産海洋バイオマス(大型褐藻)の生産が可能です。そこで、藻場という大群落を形成するコンブなどの大型褐藻から出芽酵母の発酵能を活かして有用化合物を生産するという着想が生まれますが、酵母は褐藻の主成分アルギン酸とマンニトールを利用できないという問題がありました。

このような状況の中、本研究グループでは2012年より出芽酵母にアルギン酸とマンニトール利用能を付与する(強制的に出芽酵母がアルギン酸とマンニトールを利用できるようにする)研究を開始しました。必要な6つの遺伝子を2種類の出芽酵母のゲノムDNAに組み込んだだけでは、アルギン酸モノマー(モノウロン酸DEH)の代謝能は不十分でしたが、適応進化(アルギン酸モノマーを含む培地で160世代まで、30回までの継代培養をする)により両酵母のアルギン酸モノマー代謝能の向上に成功しました。すなわちアルギン酸モノマーとマンニトールを利用できる酵母の作出に成功しました。

さらに、アルギン酸モノマー代謝能の向上のメカニズムの一端を明らかにしました。すなわち、適応進化中に起こった変異による、アミノ酸置換によるアルギン酸モノマー還元酵素A1-R’の活性上昇がその一因でした。2種類の異なる出芽酵母を用いて適応進化を行いましたが、両方の出芽酵母の同じ遺伝子の同じ箇所に代謝能を高める変異が導入されていました。これは逆に言うと、NAD(P)Hの利用を伴うアルギン酸モノマーの還元反応が、アルギン酸モノマーの代謝にとって決定的に重要であることを証明したことになりました。

図:アルギン酸モノマー代謝能向上のメカニズム

2種類の代謝改変酵母の適応進化(160世代まで、30回までの継代培養)の結果、ともにアルギン酸モノマー還元酵素遺伝子( a1-R )の同じ箇所に変異が入った(左図)。その結果、同還元酵素(A1-R’)のNAD(P)H結合部位近傍の矢印箇所(右図)のグルタミン酸残基がグリシン残基に置換され、同酵素活性が上昇し、代謝改変酵母株のアルギン酸モノマーの代謝能が向上した。アルギン酸モノマーを資化できる代謝改変酵母を新たに構築する際、もう煩雑な適応進化をしなくても済む。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-017-04481-3

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/226165

Fumiya Matsuoka, Makoto Hirayama, Takayuki Kashihara, Hideki Tanaka, Wataru Hashimoto, Kousaku Murata & Shigeyuki Kawai (2017). Crucial role of 4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronate reductase for alginate utilization revealed by adaptive evolution in engineered Saccharomyces cerevisiae. Scientific Reports, 7, 4206.

  • 日刊工業新聞(6月29日 24面)に掲載されました。