冷却原子系を用いて超高精度電流源の基本原理を実証

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中島秀太 理学研究科特定助教と高橋義朗 同教授、L. Wang 博士(スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH))らのグループは、レーザー光を組み合わせて作る光超格子と呼ばれる特殊な周期ポテンシャルを実現し、そこに極低温の原子気体を導入した系で、「Thoulessの量子ポンプ」を観測することに世界で初めて成功しました。

本研究成果は、1月18日付の英国科学誌「ネイチャーフィジクス」誌に掲載されました。

研究者からのコメント

中島特定助教

本研究で用いられた光格子中の冷却原子系は、これまでにない自由度と制御性で実験条件を設定可能な人工量子「物質」(量子シミュレータ)です。今後もこの系の制御性を生かし、今回のThoulessポンプのように、従来の物質系では実現・観測が不可能であった物理現象に対して、その本質を抽出した普遍的かつユニークな研究を進めて行きたいと考えています。

概要

「Thoulessの量子ポンプ」は、物理学者D. J. Thoulessにより考案された電子を輸送するシステムで、空間的に周期的なポテンシャルを時間的にも周期的に変化させることで、1周期あたり決まった数の電子を輸送(ポンプ)することが出来ます。このシステムの特長は、輸送される電子の数が「トポロジカル不変量」と呼ばれるもので決まることです。トポロジカル不変量とは、ある空間上の「曲面」を連続的に変形しても変化しない量で、例えば、コーヒーカップとドーナツは同じトポロジカル不変量(この場合は「穴の数」)を持つため同じトポロジーを持つと言います。コーヒーカップをドーナツに変形しても「穴の数」という量は変わらないように、トポロジカル不変量は物の詳細な形には依存しません。つまり、輸送される電子の数が「トポロジカル不変量」だけで決まるということは、この輸送現象がノイズなどに対して非常に安定であることを意味します。Thoulessがこの電子ポンプを考案したのは1980年代ですが、これまでの半導体ナノデバイスを用いた電子ポンプの研究では、Thoulessの提案したような「空間的にも時間的にも周期的な構造」を実現することが難しく、検証には至っていませんでした。

今回、本研究チームは、電子の代わりにレーザー冷却された極低温のイッテルビウム原子を、周期ポテンシャルとしてレーザー光線の定在波が作る光格子を用いることで、Thoulessの量子ポンプを実現し、実際にこのポンプの輸送する原子の量がパラメータの変化に対して影響されず安定であることを実証しました。今回の成果は、Thoulessの提案が正しいことを証明し、実際の電子系でも構造さえ構築できれば超高精度の電流源が出来る可能性を示したと言えます。

ポンプが1周期T回ると光格子中の原子が1格子長さdだけ進む(a)。「光格子ポテンシャル全体がスライドするポンプ(b)」と、「格子全体はスライドせずポテンシャルの谷が交互に上下するポンプ(c)」はトポロジカルに同じであるため、同じポンプ量を示す(t>6Tでずれ始めているのは、原子が逃げ出さないようにす るための閉じ込めポテンシャルの影響)

詳しい研究内容について

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nphys3622

Shuta Nakajima, Takafumi Tomita, Shintaro Taie, Tomohiro Ichinose, Hideki Ozawa, Lei Wang, Matthias Troyer & Yoshiro Takahashi
"Topological Thouless pumping of ultracold fermions"
Nature Physics (2016), Published online 18 January 2016

  • 京都新聞(1月30日 9面)に掲載されました。