スフィンゴ脂質代謝異常から不育症の原因の一端を解明 -自然免疫抑制療法の応用へ期待-

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水岸貴代美 医学部附属病院 血液・腫瘍内科研究員、山下浩平 医学研究科講師らの研究グループが、医学部附属病院産婦人科、足立病院と共同で行った研究により、スフィンゴ脂質代謝に異常があり、不育症と同様の症状を呈するモデルマウスやヒトの組織を用いて解析を行った結果、母親と胎児の間に存在する自然免疫系の制御機構が破綻すると不育症を発症する可能性が示されました。

本研究成果は、2015年1月23日付で米国科学誌「The Journal of Biological Chemistry」誌に掲載されました。

研究者からのコメント

左から水岸研究員、山下講師

不育症とは、妊娠は成立するものの流死産を繰り返し、最終的に健康な生児を持てない状態と定義され、習慣性流産とほぼ同義に用いられています。不育症は全妊娠の約3~5%で一般の認知度に比べて非常に高率です。今回の研究成果は、原因不明の不育症の病因解明、治療法の開発につながることが期待されます。また、現在の日本では少子化が問題になっていますが、不育症が原因という方も少なからず含まれていると推察します。このような社会的問題の解決の一助になればと願っています。

概要

不育症は、全妊娠の3~5%と高率にみられる難治性です。不育症のリスク因子として、子宮形態異常、甲状腺異常、夫婦の染色体異常、抗リン脂質抗体症候群などが挙げられますが、50%以上は原因不明とされています。

スフィンゴ脂質代謝は、血管形成や免疫機能に重要な役割を果たしており、近年、非常に注目を集めています。多発性硬化症の治療薬として承認されている、新規免疫抑制剤FTY720は、スフィンゴ脂質代謝経路の中の重要な酵素であるスフィンゴシンキナーゼによってリン酸化されて免疫抑制作用を示します。興味深いことに、スフィンゴシンキナーゼの欠損マウスは、ヒトの不育症と非常によく似た症状を示します。そこで本研究グループは、スフィンゴ脂質代謝に着目して基礎研究を行いました。

胎児は父親の遺伝子を半分受け継いでいます。胎児が「移植片」として母体内で拒絶されずに平和的に共存するためには、免疫系の制御が必要になります。正常マウスの妊娠初期では、スフィンゴシンキナーゼは胎児を取り囲む脱落膜領域に過剰に発現し、母親の免疫系による攻撃から胎児を保護しています。一方、スフィンゴシンキナーゼが欠損したマウスの妊娠初期では、胎児は免疫系の攻撃から保護されず、胎児を囲む脱落膜領域にCXCL1、CXCL2などの好中球遊走因子が過剰に発現していました。

その結果、同部位に大量の好中球が浸潤して組織障害を引き起こし、ほぼ全ての胎児は妊娠早期に死亡しました。さらに、好中球浸潤を抑制する薬剤をマウスに投与することにより、流産を減少させることにも成功しました。また、自然流産・人工妊娠中絶により得られた、ヒトの脱落膜組織から脱落膜細胞を単離・精製し、スフィンゴシンキナーゼ阻害剤を投与したところ、マウスと同様に好中球遊走因子であるCXCL1、IL-8が大量に分泌されました。

以上により、スフィンゴ脂質代謝は、自然免疫系を制御することにより母児免疫寛容に重要な役割を果たしており、その代謝異常により不育症と同様の症状が出現することが明らかになりました。これらは、不育症の原因究明・新規治療法開発に道を拓く研究成果であると考えています。

詳しい研究内容について

スフィンゴ脂質代謝異常から不育症の原因の一端を解明 -自然免疫抑制療法の応用へ期待-

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1074/jbc.M114.628867

Kiyomi Mizugishi, Takuya Inoue, Hiroshi Hatayama, Jacek Bielawski, Jason S. Pierce, Yukiyasu Sato, Akifumi Takaori-Kondo, Ikuo Konishi, and Kouhei Yamashita
"Sphingolipid Pathway Regulates Innate Immune Responses at the Fetomaternal Interface during Pregnancy"
The Journal of Biological Chemistry Vol. 290 No. 4 pp. 2053–2068 January 23, 2015

掲載情報

  • 日本経済新聞(1月30日 38面)に掲載されました。