光を受けて働く有機硫黄ラジカル触媒で化学反応を制御する -サステイナブルな有機合成のさらなる発展に期待-

ターゲット
公開日

2014年7月14日

橋本卓也 理学研究科助教、川又優 同博士課程学生、丸岡啓二 同教授は、不斉有機分子触媒の新技術として、ラジカル反応を促進・制御する不斉有機硫黄ラジカル触媒を実現しました。

本研究内容は、英国化学誌「Nature Chemistry」に、2014年7月13日(英国時間18時)に掲載されました。

研究者からのコメント

従来の不斉有機分子触媒では、基本的にイオン反応による有機合成しか実践することはできず、不斉金属触媒の汎用性に匹敵するものではありませんでした。今回、不斉有機分子触媒の新技術として、ラジカル反応を促進・制御する不斉有機硫黄ラジカル触媒が実現しました。ラジカル反応はイオン反応と相補的な関係にある反応形式であり、これまでの不斉有機分子触媒では使えなかった原料を使って、作れなかった分子が作れるようになります。

将来的にはこの研究を拡張していくことで、不斉有機分子触媒がより汎用性の高い有機合成ツールになると期待されます。しかし現状では未熟な技術であるので、(1)触媒の単純化、(2)触媒量の低減、(3)触媒概念の一般化を検討し、さまざまな化合物の効率的供給ができる技術になるよう、研究を推し進めます。また本研究で得られた知見を基に、有機分子触媒と太陽光を組み合わせた新しい環境調和型不斉触媒の発展にも努めていきたいと考えています。

ポイント

  • 光を当てることで生じる有機硫黄ラジカルを有機合成の優れた触媒にすることに成功
  • 金属を含まず、地球上に普遍にある元素のみからなる有機分子触媒の新技術
  • これまでの有機分子触媒にはない機能として、不斉ラジカル反応の促進・制御が可能
  • 光源としては無限の資源である太陽光が利用可能
  • 精緻な立体構造を有する低分子医薬品などの効率的合成を、有機分子触媒と太陽光を使うことにより、サステイナブルな形で実践できる可能性

概要

農薬や医薬品などに使われる分子は、実際には立体的な構造をしており、その空間的な広がり方が薬としての作用に決定的な役割を果たします。構造が単純で安価な分子から医薬品等に使えるような、複雑で付加価値の高い分子を作るには、そのような空間的配置をコントロールしながら、分子と分子を繋げることのできる不斉触媒を用いることが効果的です。このような触媒としては金属を活性中心に持つものが多用されていますが、資源量・環境毒性などが懸念されています。そこで今世紀にあるべき持続型・環境調和型の不斉触媒として、炭素・窒素・酸素といった地球上どこにでもある元素を巧みに利用したメタルフリー有機分子触媒が注目され、目覚ましい発展を遂げています。しかしこの十数年、盛んに研究されてきた不斉有機分子触媒は簡単な「イオン反応」という形式でしか分子を繋ぐことができず、原料に使える分子・作られる分子(生成物)ともに金属触媒の汎用性には遠くおよんでいません。

今回本研究グループでは、この現状を打開する手段として、従来の不斉有機分子触媒では利用されてこなかった、ラジカルという化学種を使うことに着目しました。具体的には有機分子である「有機硫黄ラジカル」に、不斉触媒としての機能を持たせ「ラジカル反応」をコントロールしながら、分子を繋ぐ技術の開発です。ラジカル反応はイオン反応と相補性のある反応形式で、アクリル樹脂のような日用品に含まれる高分子を作る際に工業的に使われる反応です。これまでは、ラジカルが元来高い反応性を示す化学種であることから、ラジカル反応を触媒の力で制御し、医薬品など複雑な立体を持つ低分子の合成に使う研究はほとんど行われていませんでした。

有機硫黄ラジカルは不安定な化学種であり、安定なジスルフィドという分子に光(紫外線)を当てて、硫黄と硫黄の結合を均一開裂させることで発生させます(図a)。光の照射を止めると、ジスルフィドに戻ってしまうため、この有機硫黄ラジカルを触媒として使うには反応を行っている間、光を当て続けることが必要です。通常の実験では光源として水銀ランプを用いていますが(図b)、環境調和の観点から太陽光を利用することもできます。

図:(a)有機硫黄ラジカルの発生(図中Sは硫黄、Rは任意の有機分子) (b)実験の様子

詳しい研究内容について

光を受けて働く有機硫黄ラジカル触媒で化学反応を制御する -サステイナブルな有機合成のさらなる発展に期待-

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nchem.1998

Takuya Hashimoto, Yu Kawamata & Keiji Maruoka
"An organic thiyl radical catalyst for enantioselective cyclization"
Nature Chemistry Published online 13 July 2014

掲載情報

  • 中日新聞(7月14日 3面)および日刊工業新聞(7月14日 15面)に掲載されました。