世界で初めて、溶液反応の超高速時間・角度分解光電子分光に成功 -溶液化学反応の機構解明に前進-

ターゲット
公開日

2014年4月22日

鈴木俊法 理学研究科教授(理化学研究所光量子工学研究領域分子反応ダイナミクス研究チームリーダー)とRoland Mitric Wurzburg大学教授の共同研究グループは、世界で初めて、液体表面近くで起こる電子移動反応をリアルタイムに観測するフェムト秒時間・角度分解光電子分光(TARPES :Time and angle-resolved photoemission spectroscopy)に成功しました。

本研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」で近日中に公開されます。

研究者からのコメント

鈴木教授

分子は電子と原子核からできており、電子の運動が化学反応の道筋を決めます。水溶液中では、電子運動は回りの水分子の影響を受けるため、裸の分子や有機溶媒中での運動とは異なります。これが反応の制御に繋がります。こうした溶液化学の核心である、電子のエネルギーや運動状態を直接調べられないか? 例えば、化学反応が起こるスピードよりも速く光のフラッシュを当て、電子を飛び出させて観測することは可能か? ただ、水溶液中で飛び出した電子は、溶液中で水分子に衝突するため、減速されたり速度方向がめちゃくちゃになって、実験は失敗するのではないか? この研究は「重要だが難しい」からこそ面白くて、10年以上取り組んできました。

ポイント

  • 水溶液中の化学反応機構を解明する新しい研究手法を開発
  • 水溶液の表面近くで起こる電子移動反応を解明
  • 水溶液の表面に捕捉された電子の探索

概要

あらゆる化学物質は電子と原子核からなる原子の集合体である分子によって構成されています。化学反応は分子衝突や光吸収によって分子内の電子の運動状態が変化し、原子に働く力が変化して化学結合が切断または新たに形成される過程です。分子は電子の雲で覆われているため、溶液中に溶け込んだ状態では、周りの環境から電子運動に大きな影響を受けます。この影響は水や有機溶媒などの液体の性質によって異なるため(溶媒効果)、これを利用して、化学者は溶液化学反応の制御を行ってきました。しかし、溶液中の分子の電子状態が溶媒の影響を受けながら高速に変化する様子を実験的に捉えることは困難であり、溶液化学の理解は不十分でした。

そこで、京都大学の研究グループは、水溶液表面近くに存在する、かご状のアミン分子(DABCO(1,4diazabicyclo[2.2.2]octane))やヨウ素原子負イオンに、60フェムト秒(フェムトは千兆分の1)の時間幅をもつ紫外域のレーザー光パルスを照射し、これらの分子や原子の電子が溶媒である液体の水中へ移動する反応を開始させ、その過程を第2の紫外線パルス(60フェムト秒)を用いてリアルタイムに測定しました。第2のパルスを照射するタイミングを変えることで、液体から放出される電子の時間的変化を捉え、速度と角度を詳細に測定することで分子や原子のまわりの溶液環境や電子移動反応の速さや移動方向を解明しています。

さらに、Wurzburg大学の研究グループによる溶液中のDABCO分子の電子状態や電子移動反応の理論モデル作成と、その量子力学的計算により実験結果を定性的に再現したことで、京都大学グループの実験結果を理論からも裏付けることに成功しました。本成果は液体表面や液体内部にある分子の化学反応を明らかにする新手法を提案したものであり、基礎科学的に極めて価値の高いものと言えます。

図:フェムト秒領時間分解能光電子分光装置の概略図

真空中に液体ノズルから液体ビームを噴射し、二つのレーザーパルスを照射し、生じる電子(光電子)の量を測定する。第一レーザーバルス(励起光)を照射後に遅延時間をおいて、第二レーザーパルス(イオン化光)で光電子を発生させる。イオン化光の偏光の電場ベクトルと光電子の速度ベクトルのなす角をθとし、光電子強度のθ依存性を遅延時間の関数として観測した。液体ビームは、装置の真空度を保つために、液体窒素温度に冷却された液体回収装置で凍結させて回収される。

詳しい研究内容について

世界で初めて、溶液反応の超高速時間・角度分解光電子分光に成功 -溶液化学反応の機構解明に前進-

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.112.187603

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/187024

Yo-ichi Yamamoto, Yoshi-Ichi Suzuki, Gaia Tomasello, Takuya Horio, Shutaro Karashima, Roland Mitríc, and Toshinori Suzuki
"Time- and Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy of Hydrated Electrons Near a Liquid Water Surface"
Physical Review Letters 112(18), 187603 Published 8 May 2014

掲載情報

  • 中日新聞(5月11日滋賀版 21面)、日刊工業新聞(4月23日 19面)および科学新聞(5月2日 6面)に掲載されました。