令和2年度大学院入学者への祝辞(2020年4月7日)

 本日、京都大学大学院に入学した修士課程2,276名、専門職学位課程343名、博士(後期)課程855名の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんの入学を心からお慶び申し上げます。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者のみなさまに心よりお祝い申し上げます。

 本来ならば、本日は皆さんと対面し、お祝いの言葉を述べるはずでしたが、新型コロナウィルスの蔓延でこのようにビデオでお会いすることになってしまいました。誠に残念ですが、人々が集まることがウィルスの感染を助長するため、現在は大学に登校することも控えていただいている状況です。感染を止めることができるかどうかは、これからの私たちひとりひとりの自制とすべての人の緊密な協力にかかっています。どうかみなさんのご理解とご協力をお願いしたいと思います。

 さて、今日皆さんはさらに学問を究めるために、それぞれの学問分野へ新しい一歩を踏み出しました。京都大学には多様な学問分野の大学院が設置されており、合計23種類の学位が授与されます。18の研究科、13の附置研究所、14の教育研究施設が皆さんの学びを支えます。修士課程では講義を受け、実習やフィールドワークを通じて学部で培った基礎知識・専門知識の上にさらに高度な知識や技術を習得し、研究者としての能力を磨くことが求められます。専門職学位課程では、講義のほかに実務の実習、事例研究、現地調査などを含め、それぞれの分野で実務経験のある専門家から学ぶ機会が多くなります。博士後期課程では論文を書くことが中心となり、そのためのデータの収集や分析、先行研究との比較検討が不可欠となります。さらに、現代社会の課題に答えるべく、実践的な知識や技術の習得を目指した5つのリーディング大学院プログラム、2つの卓越大学院プログラムが走っています。

 大学院で高度な学問を修める皆さんは、これから急速に変動していく未来に向かっていかねばなりません。今、世界で脅威となっている新型コロナウィルス感染症は発生後、またたくうちに全世界へ広がりました。伝染力の強さもさることながら、これだけ急速な勢いで世界に広がったのは、グローバルな人の動きが強まって感染者が潜伏期間中に広い範囲を移動したからです。その対策として、感染地域の封じ込めや渡航の制限を各国が実施した結果、リーマンショックを超える経済危機が到来しています。これに似た感染症の大流行として、2002年に中国の広東省で発生したSARSがありますが、感染は中国を中心に比較的狭い範囲にとどまり、感染者数も1万人以下に抑えられました。それでも収束まで8か月近くかかっています。新型コロナウィルスに対しては、これからSARS以上の万全の対策で臨まねばなりません。

 新型コロナウィルスのパンデミックは、現代の科学技術と社会の在り方に警鐘を鳴らすことになりました。現在、世界各国で使われている先端機器の多くは世界的な分業のもとに製作されています。ソフトを作る会社とハードを作る会社は別々の国にあり、ハードの部品を作る会社も様々な国に散在しています。そのため、一つの製品が供給されるのに国をまたがるサプライチェーンが不可欠になります。今回の封じ込めや渡航制限によって、そのネットワークが寸断され、グローバルな経済が回らなくなったことが脅威なのです。これは現在のグローバルな資本主義経済の脆弱性であるとも言えましょう。

 世界は今、労働集約型、資本集約型社会から知識集約型社会へと舵を切りはじめています。これまでのように資源やエネルギーではなく、知識を共有し集約することで様々な社会的課題を解決し、新たな価値が生み出されます。経済も人の動きもより活発になり、分散や循環が社会や産業を動かす力となります。知識が集約されて大量の情報が分析され、市場動向が予測されると、その期待値にしたがって新しい科学技術が考案されます。しかし、そういった革新的技術は情報とその技術を生み出す機器が整っている先進地域でしか生み出されなくなります。すると、情報や技術の集積から取り残された地域では、安い労働力を提供してもっぱら資源供給とモノ作りに励むという結果になります。そうした世界的な分業体制が今回のような事態を招いたばかりでなく、国の間に格差を拡大することにつながっているのです。

 しかも、資本は短期的な利潤という観点からしか自然を扱うことができず、科学技術は高度になればなるほど大量のエネルギーを必要として地球の資源を浪費します。その結果、地球環境は劣化して回復不能に陥り、そのしわ寄せが将来の世代や発展途上国の人々に及ぶことになります。最近、スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんをはじめとする若い世代が、近年の気候変動に対する各国の対策が遅れていることに非難の声をあげていることや、急増する難民が国境を越え、先進国に押し寄せるという事態になっているのは、現代の社会や経済の仕組みと科学技術の適用がうまくいっていないことを示していると思います。

 昨年、不幸にして凶弾に倒れた日本人の医師、中村哲さんは、長年紛争の続くアフガニスタンで貧困と病にあえぐ人々を救うために渾身の努力を重ねてきました。当初、ハンセン病の医師として渡航した中村さんは、人々の健康を貶めている真の原因は干ばつによる食料難だと気づき、自ら井戸を掘る運動を始めます。そして、涸れ果てた大地に緑を取り戻そうと、大規模な灌漑事業を企画し、日本の伝統的な治水技術を導入して、現地の人々とともに運河を完成させました。そのおかげで農業が復活し、慢性的な飢えから解放されて、人々の顔に笑顔が戻ってきました。これこそが平和の源泉であると、中村さんは信じていたのだと思います。その中村さんの言葉が、所属していたペシャワール会による昨年7月発行の会報に載っています。その文章の一部を紹介したいと思います。

 "我々の一般的な考え方の根底にある近代的な人間中心主義は、しばしば技術文明への絶対的な信頼に裏づけられている。しかし、ややもすれば、技術だけが先行し、「温故知新」とは逆に、旧きを完全に否定して新しきを作り出せるような錯覚がなかったとは言えない。一口に自然科学と言っても、自然のどの相を対象にするかでずいぶん異なってくる。例えば原子の世界を問題にするなら、画一的に数学のような法則で割り切ることができるが、時間・場所によって千変万化する河川科学はそうはいかない。

 科学技術の危険性はその限界を忘れたところから生まれ、人間の欲望・願望と科学信仰とが互いに高め合いながら、恩恵の大きさと比例して、危険をも生み出していく。例えば、我々が優れた堰を作り、強力な護岸法を確立すると、安定した灌漑で村の生活面積と食糧生産が増える。分配の問題はさておき、人口が増えて全体の富が増し、豊かさをもたらした技術が抵抗なく受け容れられていく。だが一旦得たものは手放せない。維持に、より大きなくのエネルギーを投入せねばならない。当たり前のことだが、自然との関係から見ると、ここに人間の運命的な矛盾がある。技術は基本的に人間の都合を優先するもので、必ずしも自然の動きに適うものではない。

 河川に関わった者なら、このことは良くわかっている。自然史を大きく見れば、プレートが動き、海底が隆起し、地震や洪水で山が均され、私たちの住まう場所ができた。日本列島の平野ができたのは、たかだかここ一万年ほどのことで、川は地表を削る彫刻刀だ。洪水がなければ我々が住まう場所もなかったのである。洪水制御とは、天体の運行を制御することに等しい。気の遠くなるような長い自然史の中の、瞬時を私たちは生きている。だが大きな動きは人間には見えにくいので、近視眼的になりやすい。自然の生成―発展―消滅のサイクルの中で、人間だけが無限に発展するかのように思ってしまうのだ。"

 そして、中村哲さんは文章の最後で科学技術の未来に対してこう語ります。

 "自ら省みない技術は危険である。神に代わって人間が万能であるかのような増長、自然からの暴力的な搾取、大量消費と大量生産――これらが自然環境の破壊や核戦争の恐怖を生み、人間の生存まで脅かしている現実は動かしがたい。

 かつて我々の世代は、学校で次のように教えられた。

 「東洋の文化は自然と融和し、西洋は自然を征服する」

 河川に関する限り、現在は逆転してしまった。過去の文明の反省から、自然と同居する努力が最も行われているのはヨーロッパであり、日本はやっと伝統工法の見直しが、それも西欧の動きを流行的に模倣し始めたばかりなのだ。今、気候変化による河川災害の現場で暴れ川と対峙し、温暖化(=沙漠化)による干ばつ対策に奔走していると、否が応でも「技術の倫理性・精神性」について考えざるを得ない。伝統に帰るとは過去の形の再現ではない。その精神の依るところから現在を見、自然と和し、最善のものを生み出す努力である。我々に遺し得る最大のものがこの精神のように思われてならない。"

 これは中村哲さんの遺言になってしまいました。この言葉を重く受け止めたいと思います。科学技術の粋を凝らして国を発展させたはずの日本が、今数々の自然災害に苦しんでいます。東日本大震災に続く熊本地震や北海道胆振東部地震が次々に起こり、近い将来もっと大きな南海トラフ地震が起きることが予想されています。台風による災害も深刻で、各地に強風や大雨による被害をもたらしています。昨年の台風でも千葉県で多くの家屋が壊れて大規模な停電が長期間続きました。これらの自然災害の増加が地球温暖化による気候変動に端を発していることは疑いないと思いますが、それを大規模な災害にしてしまったのは人の住む場所を拡大し、災害が起こりやすい居住区を作ってしまったことにも起因します。

 私が京都大学の学生だった1970年代は、人口が都市に集中し、海岸地帯を埋め立てて工場を新設し、山を切り崩して住宅地を広げた時代でした。都市を結ぶ幹線道路が整備され、ダムやトンネルがあちこちにできて、新たな水路や道路が網のように張り巡らされました。しかし、そのころに建設したインフラが今は老朽化し、各地で災害を起こしかねない懸念要素となっています。かといって今日、財政難の日本にはそれを一斉に修理したり建替えたりする余裕がなく、維持する期間を延ばす長寿命化計画が進行中です。京都大学も例外ではありません。私はこの2年間、国土交通省のインフラメンテナンス大賞の選考委員長を務めてきました。この賞は、日本国内の社会資本のメンテナンスに係る事業者、団体、研究者等の優れた取組や技術開発を表彰し、好事例として広く紹介することを目的としています。受賞者の多くはインフラの保守点検に係る技術開発や、災害や汚染を防ぐための予防的取り組みを行っている方々でした。財政難の中、いかに日本がインフラの整備に苦慮しているかがよくわかります。この50年にわたる大掛かりなインフラ整備の恩恵を見直すとともに、気候変動による地球の動きが変わった時にもそれが機能するかどうか、かえって災害を拡大しないかどうか、その負の側面にも目を向けなければならない時代だと思います。アカデミズムの世界にいる私たちはこうした将来の予測に敏感に対応し、その解決策を真剣に考えていかねばなりません。

 ただ、科学技術は資源を浪費し、自然を破壊するとは限りません。昨年ノーベル化学賞を受賞された吉野彰博士は、本学の工学研究科で修士課程を修了された後、旭化成に就職されて研究に従事し、リチウムイオン電池を開発されました。軽くてエネルギー効率が高く、充電と放電のサイクルを幾度となく繰り返せるという利点を持つこの電池は、携帯電話やノートパソコン、デジタルカメラから電動バイク、ハイブリッド車に至るまで広く世界に普及しています。また、太陽光や風力などの再生可能エネルギーと組み合わせることで、地球環境にやさしい持続可能なクリーンエネルギーを活用する技術としておおいに期待されています。京都大学の高等研究院の北川進特別教授が開発した多孔性材料は、石油を精製する際の分離材料や、水の浄化用材料などに広く使われています。将来的には、環境中の汚染物質を取り除いて地球環境を改善したり、あるいは大気中から特定の分子を分離して資源に変えたりすることが期待されています。また、二酸化炭素を排出しない次世代の燃料電池自動車は、水素を燃料として使います。これまでは化石燃料から水素を取り出す方法が一般的でしたが、今は大量にある水から安価に水素を取り出す技術の開発へ向けて、様々な企業や大学の研究者がしのぎを削っています。このように、科学技術も新しいエネルギーを開発して人間の利便性をただ拡大するのではなく、地球環境との共存という方向に舵を切り始めています。

 ここ2年あまり、私は内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の非常勤議員を務め、日本の科学技術政策に関する様々な議論に参加してきました。そこで最近大きな焦点になっているのは、2021年から5年間を見据えた第6期科学技術基本計画の策定と研究力の強化です。1995年に制定された科学技術基本法には、「人文科学のみに係るものを除く」という条文がありましたが、今回改訂される案ではそれが削除されることになりました。その理由は、政府が将来の社会の目標としているSociety 5.0では科学技術だけでなく、人間や社会の在り方を考えることが不可欠だからです。とりわけ、VUCA (Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)という予測困難な時代を迎えて、これからの時代にふさわしい社会の倫理を作ることが重要と思われるからです。それを受けて、第6期科学技術基本計画では、2030年、2050年の日本の将来像を様々な視点から見通した上で、科学立国としての日本の理想的な立ち位置を示すことにしています。私が会長を務める日本学術会議もこのほど声明を出し、「社会が解決を求める様々な課題に学術が貢献するためには、人間と社会の在り方を相対化し時に批判的に考察する人文・社会科学の特性を踏まえつつ、自然科学と人文・社会科学とが緊密に連携し、総合的な知の基盤を形成することが不可欠である。」としています。また、この1年をかけて「日本の展望2020」委員会を何度も開催し、日本の将来の見取り図を描いたうえで、これから学術が果たす役割は何かを検討しています。これは近々、「未来からの問い―日本学術会議100年へ向けて」と題して公表されるので、ぜひ皆さんにもお目通しいただきたいと思います。

 CSTIでも、日本学術会議でも、そして今日本中で大きな関心を呼んでいるのが、日本の研究力の低迷です。21世紀に入ってからノーベル賞受賞者の数はアメリカ合衆国に次いで2位となり、これには京都大学が大きく貢献していますが、論文数など現在の研究力を表す指標では大きく後退しています。この理由は、2004年の国立大学法人化以来、国立大学の運営費交付金が毎年削減されて研究者の数が減ったこと、大学改革を目的とする補助金が増えて教員がその対応に振り回され、研究時間が減ったことが主たる原因だと私は思っています。

 では、日本の研究力を回復させ強化するにはどうしたらいいのでしょうか。日本学術会議でも2000人以上の会員、連携会員に広く問い、その意見をまとめてCSTIに提出して議論しました。その結果、若手の研究者を支援する、産学の連携を強める、国際的な頭脳循環を促進する、といった対策を打つことが有効であるとの結論に至りました。とくに、博士課程への進学率が先進国の中で日本のみ落ちていることが問題視され、「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」が文部科学省より提案されています。博士後期課程は欧米がそうであるように、教育課程というよりプロの研究者の最初の働き場所として見なされるべきです。そのためには、現在1割の学生しかいない日本学術振興会特別研究員DC1やDC2の割合を増やすことを目標としています。あるいは、創発研究という若手の公募型研究費を新たに創り、これまで3~5年だった研究助成期間を7~10年にする。さらには、産業界が大学院におけるインターンシップを積極的に行い、博士学位取得者の採用を増やす。そういった案が盛り込まれています。分野の枠を超えた学際的研究を産官学の連携によって増やすべきという意見も出ており、とくに人文・社会科学と自然科学との連携が期待されているところです。

 これから大学院に進む皆さんは、ぜひこうした最近の動きに気を配り、自分が活躍できる道を選択してほしいと思います。社会や産業界が研究者に求める課題はますます多くなることが予想されますが、京都大学は社会にすぐ役立つ研究だけを奨励しているわけではありません。開学以来、対話を根幹とした自由の学風を伝統とし、独創的な精神を涵養してきました。それは、多様な学びと新しい発想による研究の創出につながり、未来の課題を解決することにつながってきました。専門性の高い研究の入り口も、狭き道をまっしぐらに進んだ先にだけあるわけではありません。多くの学友や異分野の研究者たちと対話を通じて自分の発想を磨くことが、真理の道へ通じるのです。今日、入学した皆さんも、いつかは自分の専門を離れて別の学問領域や社会的課題に目を向け、活躍する日が来るかもしれません。それも自分の学問分野で成功するのに匹敵する輝かしい飛躍であり、新たな可能性を生み出す契機となると私は考えています。どうか失敗を恐れず、自分の興味の赴くままに、学問に没頭してください。京都大学はそれにふさわしい環境を提供できると思います。

 皆さんの学びの場は京都大学のキャンパスだけではありません。社会に出る前に産業界の現場を経験し、自分の能力や研究内容に合った世界を知る機会を増やすことも必要です。本学でも産学協働イノベーション人材育成コンソーシアム事業として、多くの企業に参加してもらい、中長期のインターンシップやマッチングを実施しています。また、国際的な舞台で活躍できる能力を育成するために、海外のトップ大学とダブル・ディグリーやジョイント・ディグリーを増やしています。現在、京都大学はハイデルベルグ、バンコク、ワシントンDC、サンディエゴ、アジスアベバに海外拠点をもち、世界の大学との連携を強めています。すでに京都大学の多くの部局は世界中に研究者交流のネットワークや拠点をもっており、その数は59に上ります。今後これらの拠点を活用しながら、共同研究や学生交流を高め、国際的に活躍できる機会と能力をいっそう伸ばしていく所存です。

 今しばらくは、新型コロナウィルスへの防止対策として、大学へ登校せずにオンラインで授業を行うなど、これまでとは違った方式で学習の機会を設けることになります。課外活動も大幅に制限され、不自由な日々を送っていただくことになりますが、これを乗り切れば楽しいキャンパスライフが目の前に開けると思います。人類は、これまで、感染症の災厄に繰り返し襲われ、その都度、危機を克服してきました。今私たちが直面している危機も、全世界の人々の協力によってきっと乗り越えることができるはずです。そして、その人々の連携が新しい世界の創造につながるのだと思います。それこそ、みなさんが活躍する舞台に他なりません。どうかそれまで健康に十分な配慮をして自学自習に励んでください。

 本日は、まことにおめでとうございます。

令和2年4月7日
京都大学総長
山極壽一

(“ ”は、中村哲「水のよもやま話(4)「治水」と「洪水制御」東洋における水」(「ペシャワール会報」 No.140、2019年)より引用)

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